第10話 1年ぶりの誕生日の準備
「やばい、忘れていた」
ニコは朝起きて唐突にそう呟いた。
今日は休日ということもあり、学校は休みである。
学校は休みだが隣のベッドを確認してもシャーリーの姿はない。
恐らく生徒会の活動があるのだろう。
学校が休みであるというのに学校で仕事をしなくてはいけないとは心から同情する。
私だったら仮病を使っているところだ。
学校が休みということは、ぐーたら過ごすことのできる免罪符を得たということである。
それなのに部屋で休まずに外に出て働いている人達はきっと私とは根本的に違う存在なのかもしれない。
そんなことはさておき。
私は一つ重大なことが間近に控えていることをすっかり忘れていた。
それは何だろうか。
試験?
あんな面倒事はどうでもいいよ。
そう、シャーリーの誕生日だ。
彼女が今年で18歳となる誕生日が目前に控えていた。
私はそれをあろうことか思いっきり忘れていた。
今日の夢で誕生日パーティーをしているところを見て思い出したくらいだ。
シャーリーの誕生日を忘れているとはつまりどういう状況であるか。
答えは簡単である。
何も準備していないのである。
誕生日パーティーも誕生日プレゼントもケーキも何もかも用意されていない。
このままではシャーリーは誕生日を迎えてもケーキの一つも食べられないかもしれない。
いや、生徒会の人たちから祝われるかもしれないがそれはそれとしてもまずい。
私は青い顔をしながら急いで朝の支度をして部屋から飛び出した。
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私は食堂にいた。
部屋から飛び出したがすぐにお腹が空いてしまったので、まずは朝食をいただくことにした。
さっさと食事を済ませてすぐ街にいって誕生日プレゼントを買うべきだって?
甘いよ。
プロはまず情報収集をするのだ。
というのも私はシャーリーと一緒の部屋で暮らしているが、彼女が欲しいものが正直分かっていない。
可愛いものを送れば喜ぶ気もするが、それだと他の人の誕生日プレゼントと被ってしまいそうな気がする。
ということもあって私は秘かに情報収集をすることにする。
「あれニコじゃん。朝から食堂にいるなんて珍しいじゃん」
見つかった。
声のしたほうを見ると、赤髪の生徒がこちらに近づいてきていた。
ファルマンだ。
「ファルマンじゃん。そっちこそなんでここにいるの?」
「朝飯食いに来たに決まっているだろ。お前こそいつも休日は起きてくるのが夕方なのに珍しいじゃねーか」
「私は試験に向けて優等生になったの」
「お前がか?寝言は寝て言えよ」
ファルマンは笑いながら私の対面の席に座る。
彼が持っていた朝食はパンとスープとハンバーグだった。
なぜ朝からそんな脂っぽいものが食べられるのか理解できない。
だがここでファルマンに会えたのは僥倖だった。
「せっかくだからファルマンに聞きたいことがあるんだけどいい?」
「お前が面と向かって聞いてくるときは碌なことがないからな。やっぱり別の席で食おうかな」
彼は急に立ち上がろうとし始めたため、ニコは彼の手をがっちりと掴む。
痣ができそうなぐらい強い力でだ。
「ちょ、いてーよ!分かったから。話ぐらいなら聞いてやるから!」
「それでいい」
ニコはぱっと手を放し、ファルマンは先ほど掴まれた手を痛そうにしながら改めて座りなおした。
「それで、話ってなんだよ」
「シャーリーのことをどう思っているの?」
「…は?」
ファルマンは困惑した表情をしていたが、若干頬が赤い気がする。
しかし、ファルマンはすぐに表情を引き締めた。
「どうって、気の合う友人だと思っているよ」
「それは私もそう思う。けど私が話したいのはそういうことじゃない」
「そういうことじゃないって、じゃあ何が知りたいんだよ」
「ファルマンなら分かると思ったんだけど、分からない?」
ファルマンとシャーリーは仲が良い。
よく学園内で話しているところを見かけるため、ファルマンならシャーリーの好きなものを知っていると思ったのだ。
「お前、本当は知っていて聞いているのか?」
「私が何を知っているって?」
「いや、それはだな…」
彼は口を噤み黙ってしまった。
若干ソワソワしているように見える。
何を急に恥ずかしがっているのだろうか。
「ファルマンならシャーリーの好きなものとか今欲しがっているものくらい知っているでしょ。茶化さないでいいから早く教えて」
「………。お前。ああもういいわ…」
彼は急に気の抜けた顔に変化した。
ファルマンの顔が短時間でここまで変化するのは久しぶりに見た気がする。
「ニコ。改めて何を知りたいかちゃんと教えてくれないか?」
「私は最初から聞いている」
「…」
睨まれた。
何を怒っているのだろう。
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そこからファルマンと一緒にシャーリーが今欲しがっているものや好きなものを話し合った。
それと誕生日が近いから、誕生日パーティーを開催しないかと相談もしてみた。
「シャーリーの誕生日ってあと数日だったんだな。初めて知ったぜ」
「ファルマンはシャーリーの誕生日知らなかったんだ。あんなに仲良さそうなのに」
「いや、なんか誕生日聞くのって地味に勇気がいるんだよ」
何を言っているのだろうか。
誕生日を聞くぐらい誰でもできるのにと思ってしまう。
彼は私が思っていた以上に口下手なのだろうか。
「それでどう?サプライズで誕生日パーティーやってみない?」
「うーむ」
ファルマンは腕を組んで考え事を始めた。
そして数秒が経過して、彼は腕組を辞めると
「今から準備するのは少し厳しいな。場所も人員も食べ物も今から準備するには遅すぎる。パーティーは諦めて自室でサプライズぐらいにしたほうがいいんじゃないか?」
「それはそうかも。分かった、そうする」
パーティーを開きたい気持ちはあったが、現実的に考えて日数が足りな過ぎた。
これも私が忘れていなければよかったのだが、忘れていたものはしょうがない。
切り替えていこう。
「あとはシャーリーの誕生日プレゼントだね。何か案はない?」
「そうだな。ちょっとした小物とかでいいんじゃないか」
「もっと具体的に教えて」
「おいおい。俺にそんなの聞かれても困るぜ。それにニコ。お前自身でそれは考えて決めなきゃダメだろ」
「私はセンスが死んでいる自信がある。だから教えてほしい」
「たとえセンスが終わっていたとしても、真剣に考えたプレゼントなら大丈夫だろ」
そんなことを言われても私には本当にセンスがないのだ。
センスがない人間でも他の人に聞いて、そこから無難なプレゼントを選べばまず外れないと思う。
しかし、ファルマンの言う通り自分自身で考えなくてはいけない気もしてきた。
「…分かった。考えてみる」
「おう。そうした方が良いと思うぜ」
「早速街に行ってプレゼントを探してみる。ファルマンも一緒に探す?」
「俺はこのあと少し用事があるんだ。悪いが一人で見てくれや」
そう言って彼は立ち上がった。
いつの間にか彼の朝食は無くなっていた。
私はまだ朝食が残っているのに。
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私は朝食を食べ終えて、街に向かった。
学術魔法都市の街は学校を囲むように大きな街が広がっている。
多くの人が学校で魔法を学び、卒業後は街のお店に就職するためこのような外観になったとされている。
私は現在、学校から少し離れた位置にある商店街に足を運んでいた。
様々な商品が売られており、見ているだけでも楽しめてしまう。
私はその中でシャーリーが喜べるものがないか自分なりに考えてみる。
しかし、これが思いのほか難しく感じる。
自分だったら嬉しいかもしれないと思ったものでも、他の人だったらどう思うか。
ましてやシャーリーだったら嬉しいのだろうか。
そんなことを考えていると、良い候補はいくつか見つかっても決断できずにいた。
街で探し始めてから1時間くらいが経過したと思う。
未だこれだと思うものが見つからない。
日を改めるべきかと悩み始めたところ後ろがなにやら騒がしい。
なにやら悲鳴のような、絶叫のような、とにかく聞いていて嬉しいものではなかった。
振り返ると街の街路にはおびただしい量の血がまき散らされており、大きな影がこちらに近づいてきていた。
体長10mほど、全身が大きな黒い毛で覆われており、毛の中心にいる生物が見えないほどだった。
一本一本の毛は驚くほど鋭く、毛先には大量の血が付着していた。
正体不明。
目の前の化け物が魔物だとすぐには判断できなかった。
というよりも目の前の生物は本当に魔物なのだろうか。
分からない。
とりあえず分かるのは、目の前の怪物が街中にいる人々を殺しまわっているという事実だ。
そして、その大きな化け物はニコに急速に近づいてきた。
私は咄嗟に魔法を使おうと魔力を練ったが、遅い。
魔法を放つ前に吹き飛ばされ、私はいつの間にか廃屋と思わしき場所に勢いよく叩きつけられた。
私はその吹き飛ばされた衝撃からか徐々に意識を失ってしまった。
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