第1話 奇妙な同居生活
僕の名前はケイン。
今年で18歳を迎える成人だ。
成人というが自分は純粋な”人”というわけではない。
いわゆるハーフヴァンパイアという存在である。
ハーフヴァンパイアと言われて何かと思うかもしれないが、結局は人間と吸血鬼のハーフというだけであり、人間とほとんど変わらない。
太陽がある時間でも外に出ることができるし、ニンニクや十字架が致命傷になることもないし、血が主食だということもない。
そんな僕だが、村に一人で住んでいる。
ハーフヴァンパイアということもあり、町に住むと奇異な目で見られてしまう。
しかし、この村なら奇異な目で見られることなく過ごすことができる。
村で一人暮らしだと気楽で楽しそうというイメージがあるだろう。
しかし、一人暮らしというのは存外厳しいと感じる。
なにせ食事を自分で用意しなくてはいけないからだ。
このような生活をずっと続けているため、とっくに慣れているものだと思っていたのだが、今日食糧庫の中身が空だったことを知り、酷く絶望したものだ。
そのため森にある果実を取りに向かっている。
数時間が経過し、籠いっぱいの果実を採取することができた。
これで、何日か食糧庫が豊かにはなるだろうが、やはり肉が食べたいと思う。
肉はいいものだ。
みずみずしく甘酸っぱい果実では味わえないあの旨味を味わいたい。
今度村の人たちと一緒に狩りをしてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると視界の右端に動く影のようなものを見た気がする。
そう気づいた瞬間には魔物に襲われていた。
襲ってきた魔物はブラックスネークだ。
体長5m、黒い鱗に覆われた蛇であり、よく旅人を襲っているという噂を聞く。
まさかここで襲われるとは一切考えていなかったこともあり、対処が遅れてしまった。
本来なら見つけたら即座に逃げなければいけない存在だったが足が震えてしまう。
怖かった。
足がもたついてしまうが何とか魔物から逃げようと走り出す。
後ろから木がバキバキと折れるような大きな音を立てており、魔物が近づいてきているのが分かる。
ふと恐怖心からか後ろを振り返った直後に吹っ飛ばされていた。
大きく吹っ飛ばされ、僕は地面に仰向けに倒れる。
吹っ飛ばされた影響で意識が朦朧としており、そんな弱った自分を蛇が丸呑みしようとしている。
もはやどうにもならず、意識が少しずつ遠のいていった。
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「やあ。はじめまして。死にかけているようだね」
急に話しかけられた。
ここはどこなのだろうか。
あたり一面が白くぼやけた空間であり、死後の世界にでも来てしまったのかと思えてしまう。
「俺は吉田亮って言うんだ。君の名前は」
聞いたことないような変な名前だ。
僕も自己紹介しようと思ったのだが、驚いているせいか上手く口が回らない。
「君は今、生と死の狭間にいると思っていいよ。魔物に襲われたせいでね。」
「えっ」
「厳密にはここは魂の世界だ。魂だけしか存在しない空間。ここにいてもいずれ君の肉体は魔物に食われてしまい死んでしまう」
「ということはまだ死んではいないということでしょうか?」
「そういうことになるね」
唐突に現れた人物はそう告げた。
僕はまだ死んでいないことに安堵しつつも、まだ危険な状態であることに内心穏やかではなかった。
このままでは死んでしまう。
そうは言ってもこの状況下でどうしたらいいか分からなかった。
「そんなに暗い顔するなよ。俺が折角だから助けてやるからさ」
「本当ですか!」
その提案に自分でも驚くぐらい飛びついてしまった。
しかし、これも仕方のないことかもしれない。
なにせ、命がかかっているのだから。
彼は優しさと慈愛を感じさせるような表情で、しかしどこか作り物めいた笑顔を浮かべて言った。
「いいよ。代わりに… 」
「君の体を貰うよ」
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ケインは困惑していた。
死んだと思ったら急に見知らぬ場所で知らない人に話かけられて、助けてほしいと思ったら今度は自分が死にかけている光景を見下ろしていた。
理解が追い付いていないが、吉田亮という男が先ほど言っていた言葉を思い出す。
『君の体を貰うよ』
その言葉を反芻していると、ケインが急に立ち上がった。
「めっちゃ体痛いけど、まあなんとかなりそうだ。ようやく体を動かせるのにすぐ死ぬとか嫌だしね」
死にかけていたケインがそう口にした。
そこでケインも理解した。
今ケインの体にはきっと吉田亮の魂があるのだ。
魔物は死にかけていたはずの存在が急に立ち上がったことから露骨に警戒していた。
ケインと魔物はじっと睨みあう。
先に動いたのは魔物だった。
警戒し、立ち止まっていたが予備動作もなく急に噛みつこうとしている。
それに対しケインは動かなかった。
棒立ちだった。
見ていたケインも危機感を覚えるものであり、急に心配になってしまう。
しかし、気づいたときには魔物は大きな音を立てて倒れていた。
魔物の胴体に風穴があるのを見て、瞬時にカウンターを決めたのだということが辛うじて分かる。
一瞬の出来事にケインは理解できずにいた。
ただ、助かったのだということだけ理解できた。
こうしてケインは何とか一命を取り留めた。
体に魂が2つあるという奇妙な状況になったが。
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