大平 一貴(かづき)はホルン吹き
秋良とよく組んで演奏する同学年のホルン吹き
「なあ、秋良」
学食で一緒になった大平一貴が日替わり定食を平らげてから口を開いた。
「木管五重奏の方はどうだ」
「まだ練習始めたばかりだから」
「でも、メンバは実力者ぞろいだよな」
「そうだね」
「梅香崎もいるし」
「え?」
ドキッとした。
「いいなー。梅香崎とお近づきになれて」
「いや、そんな会話しないし」
「梅香崎ってさ、そんな美人なわけじゃないけど、かわいくて明るくていいよなー」
一貴は秋良の話など聞こえていないように話し続けた。
「お前好きなのか?」
「いやいや、うらやましいなーって話だよ」
一貴はちらりと秋良に視線を飛ばすとにまっと笑った。
「なんだよ」
「ま、その話は置いといて、もいっこうらやましい話がある」
「こんどは何だよ」秋良はじろりと目線を一貴に飛ばした。
「お前の音。なんであんなにいい音だせるんだ?」
「もともとホルンに転向してから音がいいとは言われてたな」
「でも、なんかお前の音違うじゃん」
「親戚のおじさんが、まあ、変り者なんだけどさ、ホルンのアトリエやってたんだ」
「ほう」
「また、そこが作ってた楽器がウインナ(※ウインナホルンのこと ほぼウイーンでしか使われていないホルン)なんだよ」
「え。ウインナホルン作ってたの。日本にそんなところがあるなんて知らなかった」
「うん。もうそのアトリエはないんだけどね。ただ本場のウイーンの人たちには使ってもらったりしてたんだ。なにしろ本場でもウインナホルンを作る職人がいなくなって危機的な状況だったらしい」
「そーなんだ。あ、でも日本のメーカーも作ってるよねウインナ」
「うん。結構使われてるみたい。で、楽器を作ったらテストしないといけない」
「おう」
「だから、テストできる程度に本場の演奏方法を習ってたんだ」
「へー。そりゃすごいな」
「で、そのおじさんから俺も吹き方教わったっんだ」
「なーるほど」
「それでか、お前の音どっかヨーロッパ的な感じがするのは」
「それはわからんが」
「納得だ」
一貴は満足したようだった。
「ただ、できるようになるとホルンを吹いているときの周りの人たちからの視線が違ってきたな」
「へー。それって俺も身につくかな」
「やればできると思う。ただ、今やっていることを無意識の部分も含めて一部変更する必要がある。それに順応するのに時間がかかると思う。人によるとは思うけど」
「そーか―。やっぱいいわ」
「おれ下吹き(※ホルンは主に高い音のパートを受け持つ上吹きと、低い音のパートを受け持つ下吹きに別れる)だし」
「はは。よろしくな相棒(※ホルンは上吹きと下吹き二人一組で曲が構成されていることが多い。4本のホルンの曲はそれが2つある)」
話が終わって立ち上がろうとすると、向こうから朱音が歩いて来るのが見えた。朱音は秋良を見つけると少し微笑んで、「今日は木管アンサンブルの練習日だよ。TUTTIのあと忘れて先に帰ったりしないでね」というと胸の前で小さく手を振って歩き去った。
「お、わかってる」ちょっと心臓に悪い。
視線を感じて振り向くと一貴がにまーっと笑っていた。
「なんだよ」
「なんだろーなー」
秋良がちぇっと舌を打ち、食べ終わった定食の乗ったトレイを持って歩き始め、一貴も席を立って「なあなあ、機嫌直せよ。相棒」と言いながら秋良を追った。