突然の呼びかけ
「そうだ! 弓弦くん、今日の夜はパジャマパーティーしよう!」
甘いメルヴェイユを食べながら、佳都さんが突然そんな提案をし始めた。
「パジャマ、パーティー?」
「そう! みんなで最後の夜を楽しく過ごしたいなと思って可愛い着ぐるみパジャマ、新しいのを日本から持ってきたんだー! 可愛いパジャマ着て、お菓子食べたりジュース飲んだりしながらいっぱいおしゃべりしよう!」
聞き慣れない言葉に聞き返すと、佳都さんは楽しそうに話してくれた。着ぐるみパジャマ着て、みんなでおしゃべり……それは、すっごく楽しそう!!
「わぁー! 楽しそう! ねぇ、理央くん!」
「うん、前に佳都さんのお家にお泊まりした時もやったんだよ。僕は白猫の着ぐるみパジャマ着てすっごく楽しかった! その時は着ぐるみパジャマ以外にもメイドさんの格好したりしてね、白猫ちゃんの耳つけて……すっごく可愛くて楽しかったよ」
「へぇー、そうなんだ。楽しそう!」
ああ、そういえば、前に佳都さんから可愛い犬の白い着ぐるみパジャマもらったことがあったな。
そうそう、あれは確かフランスに来たばっかりのころ。突然佳都さんと綾城さんから贈り物が届いて、開けたらふわっふわの犬耳付きの可愛いパジャマが入ってた。しかもエヴァンさんとお揃いで……お友達から贈り物なんて初めてですっごく嬉しかったんだよね。
でも、あの時嬉しくてすぐにそれ着たら、エヴァンさんが何故かすっごく興奮しちゃってそのまま朝までたっぷり愛されちゃって動けなくなっちゃったんだっけ。
そういえば、それからあのパジャマ見てなかったけど、どこ行ったんだろう? 帰ったらパピーに聞いてみようかな。
「そうそう、僕たちの家でした時は猫パーティーだったから、みんな猫ちゃんのパジャマだったんだよね、理央くんとこが白猫で、空良くんとこが黒猫、そして僕たちが三毛猫だったんだよ」
「えっ? 僕たちって……」
「その時は凌也さんも悠木さんも綾城さんもみんなお揃いのパジャマ着たんだよ!」
「ええーっ、それ絶対楽しい!!!」
「でしょう? だから、今回もちゃんとロレーヌさんやセルジュさん、ジョルジュさん、それに周防さんの分も用意してきたんだ!」
得意げな佳都さん顔がなんだかとっても可愛い。
あの時、届いてすぐに嬉しくて僕だけ着て見せたらあんなことになっちゃったから、結局エヴァンさんの白い犬の着ぐるみパジャマ見てなかったんだよね。それが今夜見られるなんて!!! それはすっごく楽しそう!!!
「エヴァンさん! 僕、パジャマパーティーしたいです」
僕がエヴァンさんにお願いする隣で、理央くんも空良くんも旦那さまたちにお願いしているのが聞こえる。
「うぅ…‥だが、今夜は……」
「だめ、ですか……?」
せっかくの楽しそうな提案だけど……エヴァンさんがダメだっていうなら仕方ないかな……。
「くっ――! ああ、わかった。そうしよう」
「――っ!!! エヴァンさん、本当?」
「ああ、本当だとも。私が嘘などつくわけないだろう!」
「わぁー!!! エヴァンさん、ありがとう!!!」
みんなで楽しい夜を過ごせる喜びに、僕は嬉しくなってエヴァさんに抱きついてちゅっとキスをした。
「ユヅル……」
「エヴァンさん大好きっ!!」
「ああ、もう。ユヅルには負けるな。じゃあ、早く買い物を終わらせて帰ろうか」
そう言ってくれるエヴァンさんが僕は本当に大好きなんだ!
「じゃあ、理央くん。さっき言ってたカップ探しにいこうか」
「うん! いく!!」
食事を早々に終えて、それぞれ残りの買い物に向かうことになり、僕とエヴァンさんは理央くんと観月さんをそのカップのお店に連れて行くことにした。
「ねぇ、そのカップあげる人。先生って言ってた?」
「そうなんだ。この前、秀吾さんと一緒に大学に行ってね。その時にすっごくお世話になった先生たちでとっても優しくしてもらったんだ」
「もしかして、あのクリスマスプレゼントで可愛いリースといい香りのするキャンドルくれた人?」
箱を開けたらお正月っぽい飾り物と小さな瓶に入った蝋燭みたいなのが入っててびっくりしてたら、エヴァンさんがリースとキャンドルだって教えてくれたんだよね。あれ、どっちもすっごく可愛かった。
「うん! そうだよ。あれは手作りなんだって。絢斗先生の部屋にはいっつも可愛いリースが飾られてるし、皐月先生の部屋はあのアロマキャンドルでいつもいい香りがしてるんだ」
「すごい! 理央くん、先生たちとも仲良しなんだね」
「だから、プレゼントしたくって」
「そっか。じゃあ、いいのが見つかるといいね」
その店に到着すると、理央くんは目を輝かせてカップを選び始めた。観月さんとも相談しながら選んでるみたい。いいのが見つかるといいな。
みんなそれぞれに買い物をしている中、もう僕の頭の中はみんなとのパジャマパーティーのことでいっぱいだ。
「ユヅル、楽しそうだな」
「はい。だって、パジャマパーティーですよ。こんなの初めてだからワクワクします。それに…‥」」
「それに?」
「佳都さんがエヴァンさんのも用意してるって言ってたから、エヴァンさんの可愛い姿見られるのが一番楽しみです!」
「――っ、ユヅルっ!」
エヴァンさんが抱きしめてくれるのが嬉しい。どんなパジャマなのかな? うーん、待ち遠しくてたまらない。
「弓弦くん! いいのが見つかったよ!!」
もこもこのコートを着て観月さんと一緒に駆け寄ってきてくれる理央くんが可愛い。
「わぁ、よかったね!」
「凌也さんがお揃いで僕たちのも買ってくれたんだ。日本に帰ってもそのカップを使うたびに今日の日のことを思い出すよ」
「うん、嬉しい!」
そうだ。もう明日の夕方には帰っちゃうんだもんね。それがわかっているけど、理央くんは帰ることは何も言わない。ただ今のこの時間を純粋に楽しんでくれているのが嬉しいんだ。
「お待たせー。弓弦くん、理央くん」
「あっ、佳都さん。贈り物、見つかりましたか?」
「うん、素敵なものがいっぱい買えてここに来られてよかったよ。ありがとうね、弓弦くん」
「喜んでもらえてよかったです」
「今日のパジャマパーティー楽しみにしててね」
「はい。僕、さっきからそのことで頭がいっぱいで」
「いっぱい写真も撮ろうね」
「わぁーい!!」
エヴァンさんにもらった僕のスマホには、ここ数日でたくさんの写真が増えた。写真の数だけ僕の思い出も増えていく。今日のパジャマパーティーもいっぱい写真撮って、何度も何度も見返すんだろうな。みんなが帰ってもきっとこれで寂しさは埋められるはずだ。
空良くんたちも、秀吾さんたちも戻ってきて、あとはミシェルさんたちだけ。
「どうしたんだろう?」
「まだ買い物が終わらないのかな?」
「きっといいものを探してるんだよ」
「うん、選びきれないのかもね」
「ここ、すっごく楽しかったし、見てるだけで時間が経っちゃうもんね」
「うん、すっごくわかる!」
そんな話をしていると、遠くの方から何やら綺麗な音が聞こえてくる。
「んっ? あれ……」
聞いたことある……っていうか、これって……。
「うん、そうだよ! 間違いない、ミシェルさんのヴァイオリンの音だ!」
僕の声にすぐに賛同してくれたのは秀吾さん。ミシェルさんのファンだって言ってただけあって、すぐにわかるんだ。
さすがだな。
「でも、なんでここでヴァイオリンの音が聞こえるんだろう? エヴァンさん、僕たちもあっちに行ってみたい」
「ああ、わかった。だが、絶対に離れてはいけないぞ」
僕たちはみんな旦那さまたちと寄り添うように、ヴァイオリンの音色が聞こえる方へ向かった。
「わぁっ!!!」
僕たちの視線の先には、階段の上に立って演奏をしているミシェルさんの姿があった。階段の下にはたくさんのお客さんで埋め尽くされているけれど、誰一人言葉を発することなく、ミシェルさんの演奏に聞き入っている。
「素敵……」
「ああ、ここまで魅了できる曲を弾けるのはさすがだな」
エヴァンさんの感心した声を聞きながら僕たちもその場に立ち止まり、ミシェルさんの演奏に聞き入っていた。演奏が終わると、その余韻を楽しんだ後で一斉に拍手と歓声が聞こえて、全然鳴り止まない。
「ああ、ミシェル・ロレーヌの演奏……本当に素晴らしいです。あの人と一緒に演奏したなんて……今でも信じられないな……」
感動に声を震わせて呟く秀吾さんの隣で僕も同じことを思っていた。
これだけ沢山の人をヴァイオリンで魅了できる……これがプロってことなんだな……。外で聞くとその凄さが余計にわかった。凄すぎて鳥肌が立つってこういうことを言うんだな。あまりの素晴らしい演奏にポーッと見惚れていると、階段の上にいるミシェルさんと目が合った。
「あっ! ユヅルーっ! シュウゴも一緒に演奏しようっ!! こっちにきてーーっ!!」
「「えっ――っ!!」」
突然大きな声で呼ばれて、僕と秀吾さんは言葉もなく顔を見合わせて驚くしかなかった。
「え、エヴァンさんっ……どうしたらいいですか?」
「全くミシェルは……セルジュは一体何をしているんだ!」
少し怒った様子のエヴァンさんの元にセルジュさんが駆け寄ってきた。フランス語で話しているから、全く何を言っているかわからないけれど、僕の隣にいる秀吾さんには全部伝わっているはずだ。
「ねぇ、秀吾さん。エヴァンさんたち、なんて言ってるの?」
こっそりと小声で尋ねると、
「ヴァイオリンの弓を売っているお店の店主さんがミシェルさんの恩人だったみたい。そのお礼で演奏することになったんだって」
と簡潔に教えてくれた。
ミシェルさんが恩人だって言うくらいだから、本当にお世話になった人なんだろうな。こんなところで偶然出会えるなんて……ほんとすごいな。