蕩けるメルヴェイユ
「わぁー! 弓弦くんのご飯、チーズがいっぱいで美味しそう!!」
空良くんが大きなソーセージを乗せたホットドッグを小さな口で一口パクリと食べた後で、僕のラクレットを見てそう言ってきた。
「これ、ラクレットっていうんだよ。好きな食材選んでチーズかけてもらうの。僕はね、ソーセージとじゃがいもと、後アスパラガスにしたんだ」
「えーっ、すっごく美味しそう!! 寛人さん……僕も、食べてみたいな……」
「――っ!!! ああ、じゃあすぐに買いに行こう!!」
可愛い空良くんのおねだりに悠木さんは空良くんを抱きかかえて、ラクレットのお店に駆けて行った。
「ははっ。やっぱり悠木も可愛い空良くんのおねだりには負けるみたいだな」
「ああ、そうだな」
綾城さんと観月さんが楽しそうに笑っている。深く知り合っている友人ならではの言葉って感じがして見ていると微笑ましく思ってしまう。
「佳都さんは何を食べてるんですか?」
「僕はプレッツェルだよ。こっちは甘いので、こっちのはベーコンとかトマトとか乗ってて惣菜パンみたいですっごく美味しいよ。一口食べてみる?」
えっ、いいのかな……と思っている間にも佳都さんはまだ食べていないプレッツェルを四等分にちぎって、僕と理央くんと空良くんのお皿に乗せてくれた。
「あっ、でも佳都さんのがなくなっちゃう……」
「大丈夫。佳都は俺のを一緒に食べるし、足りなければまた買いに行けばいい」
綾城さんの優しい言葉に理央くんと二人でお礼を言って、口に運ぶとものすごく美味しかった。
「んっ! 美味しいっ! ねぇ、理央くん」
「んっ! すっごく美味しいっ!!」
「良かった」
僕たちを見て笑顔を見せてくれる佳都さんにもう一度お礼を言って、
「ねぇ、エヴァンさんも食べてみて。すっごく美味しいよ。あっ、でも食べかけじゃいやかな?」
というと、エヴァンさんは優しい笑顔を浮かべながら、
「ユヅルの食べかけなんて、最高のご馳走でしかないよ」
と言って、嬉しそうに食べかけのプレッツェルを食べてくれた。
「どう?」
「ああ、今まで食べた中で一番美味しいプレッツェルだな」
「エヴァンさんったら」
みると、理央くんもわけわけしながら観月さんとプレッツェルや他のものも食べている。
「寒いけど、こうしてみんなで外で食べるのって楽しいね」
「うん。寒いところであったかいもの食べるとものすごくあったかくなる気がするし」
「確かに」
そんな話をしていると、
「美味しそうだったから、いっぱい買ってもらっちゃった。みんな食べて〜!!」
と空良くんたちが戻ってきた。
テーブルに置いてくれた器にはソーセージやじゃがいもにたっぷりとチーズがかけられている。
「わぁー! 美味しそう!! 空良くん、いいの?」
「うん、みんなで食べたくなっちゃったんだ」
「ありがとう!!」
理央くんも秀吾さんもミシェルさんも、それにリュカまでお皿に取り分けてもらったラクレットを食べて、美味しいー!と声をあげている。
「こういうのって、楽しいね」
「ああ、そうだな。じゃあ、私はみんなにデザートを振る舞おうか。ジョルジュ、『メルヴェイユ』をみんなの分、買ってきてくれ」
「ああ、わかったよ」
エヴァンさんの言葉にジョルジュさんが行こうとすると、リュカが何かフランス語で話しかけている。
いくつか言葉を交わしてから二人で買いに行ってくれた。
「リュカが選んでくれるそうだよ。ユヅルたちの好みは確かにリュカの方がよくわかっているだろうからな」
「あ、そうなんだ。それを話してくれてたんだね」
リュカってば優しいな。
「ねぇねぇ、エヴァンさん。『めるベいゆ』ってなに?」
「ははっ。聞き取れたのか。さすがユヅルだな。『メルヴェイユ』はクリスマスマーケットでよく売られている、フランス人には馴染みのあるスイーツなんだよ。不思議な食感が面白いからきっと気に入ってくれるはずだ」
「わぁー、楽しみ!!!」
なんだか夏祭りで売られているチョコバナナみたいなものを想像してしまっている。僕が住んでいた町でも毎年夏祭りをしていて、焼きそばやらたこ焼きやら香ばしい匂いをさせていたけれど、一度も食べたことはなかったな。お祭りで売られているものって意外と高かったし。
ここは冬だけど、あの夏祭りの時みたいに、こうしてみんなでワイワイいいながら美味しいもの食べられるって幸せだ。
「お待たせしました」
リュカがテーブルの上に置いてくれたのは、白と黒とピンク色をした丸いもの。
「リュカ、これが『めるゔぇいゆ』っていうもの?」
「ええ。そうですよ。メレンゲとホイップクリームにパリパリのチョコレートがトッピングされていて、口の中でとろけていくんです。とっても美味しいですよ」
「わぁー、説明聞いただけで美味しそう!!」
「こっちはホワイトチョコ、真ん中がミルクチョコ、そして、こちらはいちごチョコです。好きなものを召し上がってください」
「わぁー。いちごチョコだって! 理央くん、どれにする?」
「うーん、悩んじゃうな。空良くんはどれにする?」
「悩むけど……ミルクチョコにしようかな」
「いいよね! 美味しそう!!」
「僕はいちごにしよう!」
一番最初に佳都さんが一つとって口に入れた。
「んんーっ!! すっごく美味しいっ!!! 弓弦くんたちも食べてみて!!」
佳都さんの反応にどんどん期待が増していく。僕はドキドキしながらミルクチョコを手に取った。
小さいけれど僕の口には少し大きいそれを口に入れると
「んんっ!!!」
ふわっとした甘いものが口の中で夢のように蕩けていく。
「なに、これ! すごいっ! 美味しいっ!!」
僕は初めての食感に興奮しきりだ。
僕と佳都さんの反応を見て、理央くんと空良くんが
「せぇの」
と一緒にタイミングを合わせて口の中に放り込んで、顔を見合わせて目を丸くする。
「んんっ!! 美味しいっ!」
「溶けて無くなっちゃったっ!!」
その二人の可愛い反応に笑顔を見せながら秀吾さんとミシェルさんもパクリと口に入れる。
「本当に蕩けていきますね」
「うん、いちごすっごく美味しいっ!!」
「ホワイトチョコも最高ですよ!」
「わぁ、次はそれにしよう!」
そんな話をしながら二つ目のメルヴェイユに手が伸びていく。軽くて甘くてすっごく美味しいから何個でも食べられそう。ここが外で周りの騒めきなんかも全て忘れちゃうくらい、メルヴェイユの美味しさにすっかり嵌まってしまっていた。
「ユヅル、気に入ったか?」
「うん、すっごく美味しくてびっくりしちゃった! こんな食感初めて!!」
「そうか、ならもっと買ってきてもいいぞ。ジョルジュ!」
ジョルジュさんとエヴァンさんが話をしていると、少し離れた場所から誰かがずっとこっちを窺っているのが僕の視界に入ってきた。最初見つけた時はちょっと怖いと思ってしまったけれど、何か用事でもあるようなそんな気配がしてすぐにエヴァンさんに伝えた。
「エヴァンさんっ、あの人……」
「んっ? どうした?」
そう尋ねながら、僕の視線の先を見たエヴァンさんはハッと顔色を変えて、すぐにジョルジュさんにその人の元に行かせ僕を抱きしめた。守ってくれるのは嬉しいけれど、悪そうな人には見えないんだよね。
ジョルジュさんが近づいても逃げようともしてなかったし。しばらくその人と話をしたジョルジュさんがその場にその人を待たせて戻ってきた。そして、エヴァンさんとフランス語で何やら話をしている。
二人の滑らかすぎるフランス語は僕には全く聞き取れないけれど、『メルヴェイユ』という単語だけは耳に入ったような気がした。すっごく美味しかったから聞き間違いかな?
なんて思っていると、ジョルジュさんはエヴァンさんと話を終えて、あの人の元に戻っていった。
「エヴァンさん、何があったの?」
「何も心配は要らなかったよ。お礼だったんだ」
「お礼? それって、メルヴェイユが関係あるの?」
「なんだ、聞き取れていたのか?」
「ううん、それだけ耳に入ってきたような気がして……でも聞き間違いかなって思ってました。でも、メルヴェイユがなんだったんですか?」
「それがな……」
といいながら、エヴァンさんは理央くんや、空良くん、秀吾さんたちにもぐるっと視線を向けて、
「ユヅルたちがメルヴェイユを食べている姿があまりにも美味しそうで、メルヴェイユの店に人が殺到して完売してしまったそうだ」
「えーーっ!!!」
僕だけでなく、理央くんたちもみんな驚きの表情をしている。
けれど、観月さんたちは
「ははっ、それはわかるな。あんなにも可愛い顔で美味しそうに食べているところを見たら、食べたくなるのも無理はないな」
「確かに」
と納得の表情で話をしている。
「エヴァンさんもそう思いました?」
「ああ、あんなにも美味しそうにメルヴェイユを食べるのを見たことがないよ。私も食べたくなったくらいだからな。ユヅルたちのおかげで早々に完売したから、お礼を言いたくてやってきたらしい。あの人はメルヴェイユの店員だったんだよ。クリスマスマーケットで完売するほど売れるというのは本当にすごいことだからな」
エヴァンさんのその言葉にちらっとさっきの人に視線を送ると、
『Mille mercis .』
と大声で叫んでくれているのが聞こえて、僕は嬉しくなって笑顔で手を振ると、今まで騒がしかった周りが一瞬で静かになり、あの人は地面に倒れてしまっていた。
「え、エヴァンさん……っ」
「大丈夫、気にしなくていいと言っただろう? みんなユヅルの可愛さに心を奪われてるんだ。誰にも渡さないけどね」
「エヴァンさんったら」
「ほら、私にもメルヴェイユを食べさせてくれ」
エヴァンさんからそう言われて、僕はメルヴェイユを一つ掴みエヴァンさんの口に運んだ。パクリと僕の指まで咥えられて、指にエヴァンさんの温もりが伝わってくる。
「んんっ!」
「本当に甘いな。美味しいよ」
そう言ってくれるエヴァンさんはとっても優しくて、メルヴェイユのようにとろける笑顔を見せてくれた。




