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優しい愛に包まれて……

しばらく抱き合っていると、ジョルジュさんがエヴァンさんの耳元で何かを告げ、さっと足早に立ち去っていった。


「あの、エヴァンさん。ジョルジュさんは……?」


「ああ、急に動くのは危ないからここで少し休んでから車に来るようにって言っていたんだ」


「そうなんですね。ジョルジュさんにも心配かけちゃいましたね」


「気にすることはない。それより身体におかしなところはないか?」


「はい。大丈夫です。あの……僕の夢の話、聞いてもらえますか?」


そう尋ねると、エヴァンさんは優しい笑顔を向けながら、


「ああ、ユヅルの話を聞かせてくれ」


と言ってくれた。


「夢の中で、気がついたらこの場所にいて……エヴァンさんもいなくて一人で寂しいって思ってたら、突然この絵の前に誰かが立ってて……それがお父さんと母さんだったんです。僕と話したくて神さまが時間をくれたって言ってました」


「神さまが……。そうか……それで二人はなんだって?」


「結婚式も見てくれてたって。それで今日話をすることができたらもう思い残すことはないって……だから、今日が最後だったみたいです……」


もう二度と会えないんだと思った母さんとお父さんに会えて話ができて幸せだったけど、本当にもう最後なんだと思うと悲しくなる。僕ってわがままだ。


「ユヅル……二人に会えなくてもいつでも心の中にいるだろう? それに私がついている」


「はい。母さんも言ってました。エヴァンさんとお友達がたくさんいるから寂しくないでしょうって。日本にいた頃の僕なら、母さんも心配だっただろうけど、今は僕を愛してくれる人がたくさんいますもんね」


「ああ。みんなもユヅルを大切に思っているし、何より私はユヅルを誰よりも愛して大切にしているよ」


ギュッと抱きしめられて、エヴァンさんの匂いに包まれる。他の誰にも感じられないエヴァンさんだけの安心する匂い。


「うん、それがわかってるからかな。お父さんが、エヴァンさんと幸せになりなさいって……そう言ってくれたんです」


「ニコラが……そうか。私はニコラにユヅルを託されたのだな」


そのエヴァンさんの嬉しそうな声に僕も嬉しくなった。


「お父さんが、一度だけ抱きしめさせてほしいって言ってくれて、今のエヴァンさんみたいにギュッてしてくれたら、母さんと同じ匂いがしたんです。優しくて安心する……少しだけエヴァンさんと似てたかな。お父さん、大きな腕で僕と母さんを一緒に抱きしめてくれて……あの、誕生日の日にできなかった母さんとのハグもできたから僕、もう思い残すことはないです。これからずっとエヴァンさんと一緒ですよ」


「そうか……それなら、よかった。私はユヅルを失うんじゃないかと怖かったが、ユヅルがもう二度と離れることがないとわかったから安心だよ」


「心配かけてごめんなさい……」


「ユヅルが気にすることじゃない。ただ、ユヅルが私のものだという証をもらってもいいか?」


「証? 何かあったかな」


「これだよ」


「んんっ……」


甘い声で囁かれたと思ったら、エヴァンさんの唇が重なった。僕のことを心配してなのか、いつもよりも甘く優しいキス。それでもエヴァンさんからの思いはたくさん伝わってきた。


僕たちはモナ・リザの絵の前でしばらくの間、愛を確かめ合った。



そろそろ車に戻ろうかと抱き上げられ、出口までの道を進んでいく。


「もうみんな車にいるのかな? 待たせちゃって申し訳ないことしちゃったな」


「ユヅルは気にしないでいい。みんなも体調を崩したと聞いているはずだから、責めたりはしないよ」


「うん。みんな優しいもんね」


本当にみんな優しすぎるくらい優しい人ばかり。エヴァンさんがとっても優しいからそんな人たちが集まるのかな。僕もその中に入れてもらえて本当に嬉しいんだ。


「この後はクリスマスマーケットに行くつもりだが、ユヅルも行けそうか? 無理はしなくていいぞ」


「大丈夫です。でも……」


「んっ? 何か気になることがあるか?」


「エヴァンさんに抱っこしてもらえたら安心だなって……」


今日はずっと抱っこしてもらってばっかりでエヴァンさんを疲れさせてしまっているかなと思ったけれど、抱っこされていると安心感があって離れたくなくなってしまう。今日だけは少しわがまま言ってもいいよね。


少しドキドキしながら頼んでみると、


「――っ!! ああ、もちろんだよ。任せてくれ!」


と嬉しそうに言ってくれた。



車が停まっているのが見えて、もう少しだと思っていると突然後部座席の扉が開き、理央くんが駆け出してきた。もちろんすぐ後から観月さんも出てきてホッとしたけど、理央くんの突然の行動に驚いてしまった。


「理央くん。寒いのに……」


「だって……弓弦くんが心配で……もう、大丈夫なの?」


「理央くん……」


少し潤んだ瞳に気づく。ああ、僕のことを心配して泣いてくれていたんだ。


僕は本当に優しい友人に恵まれたんだな。母さん……お父さん……僕は、本当に幸せだよ。


「ごめんね、心配かけて……でも、本当にもう大丈夫だよ」


「そっか……それならよかった」


理央くんはまだ潤んだ瞳で優しい笑顔を見せてくれる。


「理央。ほら、こっちにおいで」


上着も着ずに走ってきた理央くんの身体を温めるように、理央くんを抱き上げて自分のコートの中で抱きしめながら


「弓弦くんのことを心配していたから、なんともなくてよかった」


と観月さんも優しくそう言ってくれた。


その優しさに心が温かくなる。


「心配をかけたがもう大丈夫だ。さぁ、これから最後の目的地に向かうとしよう」


エヴァンさんがそういうと、理央くんは嬉しそうに観月さんに抱きついていた。車に乗り込んだけれど、エヴァンさんは僕を膝に乗せたまま下ろそうとしない。


「車の中は大丈夫だよ」


「いや、私が離れたくないんだ。いいだろう?」


縋るような目で見つめられたらダメだなんて言えるはずもない。僕がお父さんと母さんに会えて嬉しい時間を過ごしていた間、エヴァンさんは僕の意識がないのを不安に思いながら苦しい時間を過ごしていたのだから。


「はい。じゃあ、もっとぎゅってしてください」


「――っ、ユヅルっ!!」


エヴァンさんが抱きしめてくれるその力が心地良い。そっと理央くんに視線を向けると、理央くんもまた同じように観月さんに抱きしめられて嬉しそうに微笑みあっていた。


車はしばらく走り続け、見覚えのあるイルミネーションが見え始めた。


「わぁ、だいぶ暗くなったからイルミネーションが綺麗に見える!! ほら、理央くんみえる? リュカもみてー!」


僕の声に観月さんが理央くんを抱きかかえたまま、僕たちの方に移動してくる。そして窓に顔を近づけると、理央くんは嬉しそうな声をあげた。


「わぁー!! 綺麗っ!! ねぇ、凌也さんも見える?」


「ああ、見えるよ。綺麗だな」


「うん、とっても綺麗!!」


理央くんは夜あまり出歩かないから、自宅とお父さんたちのいるお家に飾られたイルミネーションくらいしかみたことがないって言っていた。僕も日本にいる時は商店街でちょこっとやっている程度のイルミネーションくらいしかみたことがなかったから、こっちにきてあまりの綺麗さに感動してしまった。


フランスは元々、店が立ち並ぶ場所であっても夜は薄暗いらしいけど、クリスマスのこの時期はイルミネーションで彩られていて明るくて心が弾む。


前にエヴァンさんと一緒にクリスマスマーケットに来た時は今の理央くんと同じように驚いたんだよね。懐かしい。


「この時期のパリは本当に綺麗で私でもはしゃいでしまいますよ」


リュカがそういうと、


「うん、はしゃいじゃう気持ちすっごくわかる!!」


と理央くんも同意していた。


クリスマスマーケットの入り口に車が停まり、リュカたちと理央くんたちが降りた後、エヴァンさんが僕を抱きかかえたまま降りてくれる。


「ここではずっとユヅルを抱きかかえていたい。いいか?」


「うん。だって人がいっぱいだもんね。迷子になっちゃうと怖いし」


「そうか、良い子だな」


理央くんも空良くんも僕と同じだ。佳都さんや秀吾さんは腕を組んで歩いてる。やっぱり大人って感じがするよね。


「わぁー、間近でみても本当に綺麗!!」


「ほんと、絵本の世界にいるみたい!!」


キラキラと輝くこの不思議な空間が理央くんには絵本の世界に思えるみたい。理央くんは王子さまに抱っこされたお姫さまか……うん、すごくよく似合う。


「理央くん、抱っこされてると安心だよね」


「うん。僕……前に迷子になったことがあってね。あの時、すっごく怖かったからもう絶対に一人になりたくないんだ」


「えっ? そうなの?」


「うん。前に秀吾さんと周防さんに、凌也さんが行ってた大学に連れて行ってもらったことがあったんだけど、トイレから出てきたら誰の姿も見えなくて、それでパニックになって、わぁーって走ってたら全然知らない場所に着いちゃってね……本当、怖かったんだ」


「それでどうしたの?」


「すぐにとっても優しい先生が僕のことを見つけてくれて、秀吾さんたちがいる場所まで連れて行ってくれたんだよ。ねぇ、凌也さん」


理央くんが見上げると、観月さんはその時のことを思い出していたのか少し不安げな表情に見えた。


「ああ、あの時は心配したよ」


「でも凌也さんがお仕事が早く終わって会いに来てくれて……嬉しかったなぁ……」


「そっか、そんなことがあったんなら人混みは怖いよね。その時は観月さんも一緒だったんですか?」


「いや、榊くんと周防くんに理央を任せていたんだ」


「あ、そうなんですね。あれ? でもどうして理央くんがいなくなったってわかったんですか?」


「えっ?」


「あっ、そういえば……凌也さん、どうしてわかったんですか?」


僕の素朴な疑問に理央くんも気になったみたいで観月さんに尋ねていた。


「んっ? ああ、確か周防くんに連絡をもらったんだったな。理央がいなくなったって。それよりも、理央は鳴宮教授と緑川教授にもお土産買っていくんだろう? おしゃべりもいいがプレゼントを探した方がいいんじゃないか?」


「ああ! そうだった! 皐月先生も絢斗先生も可愛いのが好きって言ってたから可愛いの探しに行きたいです!! 弓弦くんも一緒に見にいこう! 空良くんも!!」


「うん、いこういこう!」


僕たちは理央くんに誘われるようにかわいい雑貨が並んだお店に向かった。

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