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不思議な夢

あっという間に車は美術館に到着した。


「わぁ! すごい! ピラミッドみたいなのがある!」


「あのガラスのピラミッドが入り口なんですよ」


「すごーい、あの中に入れるんだ!」


リュカが説明してくれると、理央くんは嬉しそうにはしゃいでいた。


「エヴァンさん、結構並んでいるけど大丈夫? 入れるかな?」


「心配はいらないよ。我がロレーヌ家はかなりの美術品を寄贈しているからね、その関係もあって並ばずに入ることができるんだ」


「ええー、すごいっ!!」


お屋敷にも、あのお城にも美術品はたくさん飾ってあったのに、この美術館に寄贈するものもあったなんて……。

今更だけど、本当にロレーヌ家ってすごいんだな……。


「価値のある美術品を寄贈だなんて素晴らしいですね」


「我が家の家宝として受け継いでいかなくてはいけないものは仕方がないが、本来美術品はたくさんの人に見てもらってこその価値があるからな」


「なるほど。確かにその通りですね」


観月さんが感心したようにいうと、エヴァンさんはなんだか嬉しそうだった。


コートと手袋をつけ、みんなが降りるのを確認して、僕とエヴァンさんが最後に車を降りた。


「わっ!!」


列に並んでいる人たちから一斉に見られた気がして、びっくりしてエヴァンさんに抱きつくと


「ユヅル、迷子になると危ないからこっちにおいで」


とまたコートの中に入れてくれる。


たくさんの人に見られてて恥ずかしいかなと思ったけど、ここで迷子になったら会える気がしない。僕はエヴァンさんのコートの中に入り、ギュッと抱きついた。


「そう、そのままでいたらいい」


ご満悦そうなエヴァンさんの隣で、理央くんも同じように観月さんのコートの中に入っている。これなら安心だよね。


後の車から降りてきた空良くんと佳都さんも僕たちと同じようにコートの中に入っている。ミシェルさんと秀吾さんはコートの中には入っていないけれど、腕を組んでギュッと寄り添っているのが何だか大人って感じがしてかっこよかった。


リュカに案内されて、ガラスのピラミッドの中に入るとたくさんの列の一番奥からそのまま中に通される。うわー、本当にそのまま入れるんだ。すごいっ!


そのままエレベーターで地下まで降りると広いホールに出た。そこでリュカが地図が書かれた冊子を持ってきてくれて僕たちに配ってくれる。


「ここにきた記念になりますよ」


そう言われて、理央くんも空良くんも嬉しそうだった。


「この美術館に来たら、まずはあれを見ないと意味がないからな。リュカ、案内を頼む」


「はい。承知しました」


あれってなんだろう? 気になりながらも連れて行かれてすぐにわかった。


モナ・リザだ!


すごーい! 教科書で見たことがあるのと同じものが、今僕の目の前にある。


なんともいえない感動に僕はしばらくの間、動くことができなくてじっと見つめていた。その間、ずっとエヴァンさんは僕と一緒に隣にいてくれて嬉しかった。


せっかくだからこのあとはこの美術館では見たいものをそれぞれ見に行こうということになり、モナ・リザの前でみんないろんな場所に散らばっていった。


でも、僕はずっとモナ・リザから離れられず、しばらく立ち尽くしていた。


「あっ……エヴァンさんは何度も見たことがあるのに……付き合わせてごめんなさい」


「何を言っているんだ。ユヅルと一緒にこの絵を観るのは私にとっても初めてだし、それに名画というものは何度観てもその時の気持ちで大きく感じ方も変わるものだ。だから、ユヅルは心ゆくまで鑑賞したら良い」


エヴァンさんの優しい言葉に安心して、たっぷりと目に焼き付けるまで鑑賞して他の作品を観にいった。フェルメールや、ドラクロアといった美術の教科書に載っていた有名な絵はもちろん、初めて観る絵もたくさんあって、何時間あっても足りないくらい楽しい。


絵画だけでなく、有名な彫刻を観てはため息が漏れる。


「ユヅルがそんなに美術品に興味があったとは知らなかったな。だが、ニコラも好きだったし、芸術的センスがあると美術品にも興味が出るのかもしれないな」


「お父さんも?」


「ああ、だからよく早朝にこの美術館に行っては、絵画を眺めていたそうだよ。心が落ち着くからコンサートの前はよく観にいっていたな」


「ああ、何だかわかる気がします……ここの絵を観ていると心が洗われるようなそんな不思議な感覚がします」


「きっとユヅルが素直な気持ちでここの絵を観ているからだろうな。ユヅルと一緒に観に来られて嬉しいよ。今日は数時間しか観られなかったが、私たちはいつだって来られる。またゆっくり観にこよう」


「はい! わぁー、嬉しいな」


エヴァンさんの嬉しい言葉にギュッと抱きつくと、そのまま抱きかかえられた。


「わっ! どうしたんですか?」


「美術館の中を歩き回って疲れただろう? その上、あれだけ真剣に観ていたから体力を消耗しているからな。出口まで抱きかかえて連れて行こう」


「あ、でも……エヴァンさんも疲れているのに……」


「気にしないで良いといったろう? それに私が疲れているように見えるか?」


僕が首を横に振ると、エヴァンさんは嬉しそうに


「じゃあ、行こうか」


と出口まで連れていってくれた。その振動の心地よさに僕は知らない間に眠ってしまっていた。



あれ?

ここ……


さっきの、モナ・リザ?


目の前にさっき観ていたモナ・リザの絵が見える。いつの間にこの場所に戻ってきたんだろう……。

それにしても、やっぱり綺麗だな。本当にこの絵なら何時間でも観ていられる。


って、あれ? そういえば、エヴァンさんはどこ? 確か抱っこされてたはずなのに……。


それに美術館にはたくさんの人もいたはずなのに……僕以外、誰もいない。急に怖くなってきて、後退りするとその足音が響く。


本当に自分以外がどこにもいなくなってしまったようなそんな寂しさに包まれる。気づけば、僕の見えるこの空間には僕と目の前で微笑むモナ・リザの絵しか存在しなくなっていた。


エヴァンさん……どこに行っちゃったの? 僕をひとりにしないでよ……。ずっと一緒だって言ったのに……。僕の目が涙に覆われた瞬間、モナ・リザの絵の前にぼんやりとしたものが現れた。


えっ? 何?


僕に背を向けているそれがだんだんと人の姿に変わっていくのが見えて、思わず


「誰?」


と呼びかけると、それが僕に振り返った。


「えっ……か、あさん……?」


――ええ、弓弦。母さんよ。


「な――っ、どう、して……?」


――弓弦が私をパリに連れてきてくれたんでしょう? おかげでこうしてまたニコラに出会えたわ。


「ニコラ……まさか、隣にいるのは、お父さん?」


――ああ、そうだ。ユヅル……私の愛しい息子……。アマネを私の元に連れてきてくれてありがとう。


「お父さん……本当に? 母さんも……これって、本当なの?」


――神さまが私たちに少しの時間を与えてくれたみたい。


「神さまが、時間を?」


――弓弦に会いたいっていう願いを聞き届けてくれたみたいね。あなたのドレス姿も素敵だったわ。


「えっ? 見ていたの?」


――ええ。あの時は見ていることだけだったけれど、今日はこうして話もさせてもらえた。もう思い残すことはないわ。


「そんな……っ、もう、会えないの?」


――あなたにはエヴァンさんも、そして仲の良いお友達もいっぱいいるから寂しくないでしょう?


「うん。それはそうだけど……でも、お父さんとも母さんとももっと……」


――大丈夫。私たちはいつでも見守っているわ。ねぇ、ニコラ。


――ああ、そうだ。私の愛しい息子……ユヅルのことはいつでも想っているよ。エヴァンと幸せになりなさい。


「お父さんっ!」


――ユヅル、一度だけ抱きしめさせてくれないか?


僕は、お父さんが広げてくれた大きな腕の中に飛び込んだ。ふわりと優しい匂いがして安心する。


――ああ……ようやく夢が叶ったよ。息子を我が腕に抱きたいという私の夢が……叶えてくれてありがとう。ユヅル。


「お父さんっ!! 僕も、僕も嬉しいよ!! ずっと、会いたかったんだ!!」


離れたくなくてギュッと抱きつくとお父さんの片腕がそっと離れて、母さんが近づいてくる。お父さんの大きな腕に母さんと僕とすっぽりおさまってそれが何とも安心する。


――今、私の腕の中にいるものが、私が心から愛するたった二つだけの存在。アマネ、ユヅル……愛しているよ。


チュッ、チュッと母さんと僕の額にお父さんの唇が触れた瞬間、


「ユヅルっ、ユヅルっ!!」


と僕を呼ぶエヴァンさんの声が聞こえた。


「えっ……え、ゔぁん、さん?」


「ああ、ユヅルっ!! 目を覚ましてくれたのか?」


「どうしたの?」


僕を強く抱きしめてくれるエヴァンさんの目に涙が溜まっている。


「腕の中のユヅルが急に軽くなって、声をかけても全く目を覚さないし心配したんだ。私を遺してどこかにいってしまったのかと思ったよ。ああ、よかった……っ」


抱きしめてくれるその力強さが、本当に心配していたんだと思わせてくれる。


「ごめんなさい、エヴァンさん……僕、多分夢を見ていたんです」


「夢? どんな夢だ?」


「母さんとお父さんが、モナ・リザの前に立ってて……それで」


「そうか……ニコラとアマネが……。なら、その思い出はユヅルの中だけに留めておきなさい」


「えっ? どうして?」


「せっかくの家族の思い出だろう?」


「でも……エヴァンさんは僕の家族ですよ! だから、思い出も共有したいです!」


「――っ!! ユヅル……っ」


エヴァンさんは何度もありがとうとお礼を言って抱きしめてくれた。

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