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<閑話> 高嶺の花

ちょっと脱線して、彼らの凱旋門観光に居合わせた日本人観光客視点のお話です。


「ああー! 今日は最高の観光日和じゃない?」


「うん。寒いけど、青空出てるしね。フランスでこの時期に青空が見られるのは珍しいらしいよ」


「やっぱり日頃の行いがいいからねー、私」


「どの辺がよ」


「ああー、ひどいっ!」


「はははっ」


社会人三年目の私・笠井(かさい)莉緒(りお)は、大学時代からの親友で同期の亜子(あこ)と念願だったフランス旅行に来ていた。


旅の目的は凱旋門やエッフェル塔、ルーブル美術館とオルセー美術館を巡り、ヴェルサイユ宮殿を見に行ってオペラ座でオペラを観ること。そして、もちろんシャンゼリゼ通りにあるハイブランドのお店を巡るのも楽しみの一つ。


大学時代、フランス語を第二外国語で取っていたおかげで、日常会話くらいはなんとかできる。あの時必死に勉強しておいて本当に良かった。


「まずは凱旋門からの眺めよね。パスを買っているからいちいちチケットを買うのに並ばないのはいいよね」


「そうそう。いくつか見にいけば元は取れるし最高よね」


決して貧乏旅行ではないけれど、買い物と食事に予算を使いたいから、節約できるところはしっかりしておかないとね。


「うわっ!」


「わっ! 何、どうしたの? いきなり止まったらびっくりするじゃん」


キョロキョロとお上りさんのように周りの景色に見入っていた私の前を歩いていた亜子が、道端で突然止まるもんだから背中にぶつかってしまった。


「あ、あれ!」


「あれ?」


驚いた表情を見せる亜子の指し示す先をみると、二台の超高級リムジンが私たちの行く手に停まるところだった。


「すごーい! あれ、リムジンの中でも超高級車じゃない! しかも二台とか。一体どんな人が降りてくるんだろう?」


「テレビの撮影とかじゃない? もしかしたらフランスの芸能人に会えたりして!!」


思いがけないシチュエーションに興奮する。私たちだけじゃなく、周りにいる他の観光客や地元の人でさえ、誰が出てくるかを待ち侘びているようだ。それくらいすごい人ってこと?


きゃー! めっちゃラッキーじゃん!!


ドキドキしながら待っていると、一台目の車の扉が開き、めっちゃイケメンで長身の男性二人が出てきた。すごっ、この人たちコート着てても鍛えてるのがわかる。もしかしてSPとか? でもSPにしては片方の人が着ているコート、めっちゃ可愛すぎない? 似合ってるからいいんだけど。


次に出てきたのは、これまたすごいイケメンの……あれ? 日本人? どう見ても日本人だよね? 一緒に出てきたのはあのSPっぽい彼とお揃いの可愛いコートと手袋をつけた、日本人っぽい可愛い女の子、いや男の子かな? 親子にしては年が近過ぎだよね、兄弟?


でもその距離感の近さに違和感が募る。この二人が気になりつつも続けて降りてきた二人組に目をやると、周りにいた地元の人っぽい人が騒ぎ始めた。


何? やっぱり有名人?


気になって、近くで騒いでいた人に


『すみません、あの人たち誰ですか?』


と尋ねてみた。


『間にいる二人はわからないけど、最後に降りてきたのはロレーヌ総帥だよ。知ってるだろ? 大富豪のロレーヌ総帥。手前にいる二人は彼の専属護衛だよ』


「ええー!! ロレーヌ、総帥って……あのロレーヌ家の人ってこと? うそっ! 超金持ちじゃん!!!」


『何を言っているんだ?』


『ああ、すみません。つい興奮してしまって……あの人がロレーヌ家の人って本当ですか?』


『ああ、間違いないよ。きっと間にいる彼らはロレーヌ総帥の友人じゃないか? 同伴者が同じコートを着ているし間違いないな。まさか、こんな観光地に総帥がやってくるとは思わなかったが総帥自ら案内してやってるなら、あのアジア人の友人はかなりの権力者なのかもしれないな』


『えっ、じゃあ、総帥と一緒にいる子は?』


『知らないが、あれだけ総帥が寄り添っているんだ。大事な存在に間違いはないだろうな』


大事な存在って一体何? じっと見つめていると、総帥がコートの中にその子を包み込んだ。その甘くとろけるような表情に周りから感嘆の声が漏れる。


『ああ、やっぱり間違いないな。彼はきっと最近噂になっている総帥の伴侶だよ』


『えっ!! 伴侶って、恋人ってことですか?』


『結婚相手だと噂されているよ。あれは間違いないな。総帥もやるもんだな。あんな若くて可愛い子を捕まえるなんてな。いや、総帥だからあれだけ可愛い子を捕まえられたのか。ははっ』


どうみたって私よりも若い。あの子が世界的な大富豪の恋人? 男の子だか、女の子だかわからないけど、羨ましすぎる!!!


『きゃー!』

『可愛いっ!!』

『私も包んで〜!!』


じっと二人に見入っていると、周りの声が一段と大きくなったことに驚いてそっちを向いた。見れば、一緒に車から降りてきたあの日本人ぽい人たちも同じようにコートの中にあの可愛い子を包み込んでいた。


「どうだ? 理央、あったかいだろう?」


優しくて蕩けるような甘い日本語が耳に入ってくる。やっぱり日本人だ! っていうか、今……りお、って言わなかった? もしかしてあの子もりおっていうの?


うそー、こんな偶然ってあり? 同じりおなのに、この違いって何? 羨ましすぎじゃん。


『きゃー!! ミシェル・ロレーヌよ!』

『セルジュも一緒よ!!』

『きゃー! こっち向いて!! 可愛い!!』


もう一台の車からも次々と人が降りてきて、一際大きな歓声が上がったと思ったらどうやら有名人らしい。ミシェル・ロレーヌって詳しくないけど確か有名なヴァイオリニストだっけ。そっかロレーヌ家の人なんだ。お金持ちなのに、ヴァイオリンの才能もあるなんて羨ましい。


あ、せっかくだしサインとかもらえないかな。フランス旅行の記念に貰えるもんはもらいたい! カバンから手帳を取り出し、ミシェルに近づこうとした瞬間、前をさっと男の人たちに遮られる。


「ちょ――っ、邪魔なんだけど……って日本語じゃわかんないか」


ああ、もう面倒くさい! 

この間にいなくなっちゃうじゃん!!


結局近づけないうちに彼らは揃って凱旋門の地下道に向けて歩き出した。


なんだ、同じところに行くならまだチャンスはあるか。私と亜子は彼らの姿を追いかけるように地下道に入った。


「わぁー、僕こんなチケット持つの初めて!」


「うん、僕もだよ! なんかドキドキするね」


そんな声が聞こえてきて、思わず顔が綻んでしまう。なんて可愛い子たちなんだろう。女の子かもしれないと思っていたけれど、僕と言っているから男の子かもしれないな。それでも可愛いことに変わりはない。


周りにいる観光客たちは確実に日本語をわかっていないだろうけれど、それでも彼らの可愛さにみんな笑顔を向けながら静かに眺めていた。


凱旋門に上がる螺旋階段は大人一人分くらいの幅しかない。このイケメンたちは彼らをどうするだろうと思って見つめていると、当然のようにスッと彼らを抱きかかえた。その流れるような仕草と彼らの様子に、ああ、これは彼らにとっていつものことなのだと感じさせられた。


展望台まで300段近い階段を上るというのに、イケメンたちは辛さなど微塵も見せずまるで何も持っていないかのようにスタスタと上がっていく。こっちは日頃のデスクワークのせいですでに足がパンパンなんですけど……。


イケメンってそんなところまでイケメンなのね……。


途中で休憩しようと思ったけれど、誰も休憩する人がいない。みんな彼らの後に続くようにひたすら上を目指している。


きっと彼らを見たくて仕方がないんだ。そういう私もその一人だけれど。


「何? あの人たちだけ平坦な道を歩いてるの? 人一人抱っこしているのに、あんなにスタスタ歩けるってバグってる?」


亜子が驚きながら見上げているけれど、休憩するそぶりもない。


「もうこうなったら観光ついでに彼らも観察するしかないよね!」


ヒィヒィ言いながらも必死に階段を上り切ると、妙な達成感と共に周りの人たちとの一体感が生まれた。


『ハーイ! やったわね』


なぜか目の前を歩く女性たちとハイタッチをしてしまう。でもなんだか爽快だ。薄暗い螺旋階段から外に出ると、爽やかな青空が私たちを待ち受ける。


あの人たちはどこ行ったのかな?


キョロキョロと見回さなくてもすぐに見つかった。


なぜなら、観光客でいっぱいのはずの屋上が彼らの周りだけすっぽりと空いているのだから。もはやみんな景色よりも彼らを見ることに必死になっているようだ。


でも、その気持ちはよくわかる。彼らが纏う空気が妙に神々しく見えて、目が離せない。


なんて素敵なんだろう。絵になるとはこういうことを言うんだろうな。


「わっ!」


総帥と可愛い彼がキスをしてる! 多分。ここからは、いや、どの角度からも可愛い彼の顔は見えないけれど、確実にキスしていそうな距離感。もしかして、誰からも可愛い彼の顔が見えないように計算している? そう思わずにいられないほど計算し尽くされたキスに思わず感嘆の声が漏れる。


可愛い彼のキス顔が見えなくても、重なり合う二人のシルエットを見ただけで、今日この場に居合わせた価値はある。他の可愛い彼らとも合流して、写真を撮り合う姿すら様になっていて、もうここにいる観光客たちは誰も景色を見ようとしていない。


誰かがそんな彼らの可愛い様子を写真に収めようとスマホを取り出すと、さっと目の前を妨害するように邪魔が現れる。あっちでもこっちでも同じような妨害が行われていて、私はさっきのことを思い出す。


そういえば、さっき手帳を取り出した時もこうやって邪魔が現れたっけ。もしかして、これって……。


私がそう気づくと同時に私の隣にいたおじさんが


『ヒュー。さすがだな、ロレーヌ家専属警備隊。隙がないな』


と笑っている。


『ロレーヌ家、専属、警備隊、ってなんですか?』


聞きなれない言葉がどうしても気になって尋ねてみた。


『知らないのか? パリ警視庁の中にあるんだよ。パリ警察の中でも精鋭だけが入れる特殊警備部隊がな。彼らは絶対にロレーヌ総帥に近づくことは許さないんだよ。ほら、ロレーヌ総帥の近くにいる鍛えている男わかるか?』


おじさんが視線を向ける先にいたのは、総帥と同じ車から最初に降りてきたあのイケメン。


『彼がその警備隊の隊長だよ。彼がいる限り総帥に近づける奴はいねぇな』


このおじさんがなんでこんなに詳しく知っているのかわからないけれど、もしかしたら総帥の追っかけだったり? 日本でも皇室の人を追っかけていく先々に現れる人っているもんね。


それにしても警備隊長があんなイケメン……。総帥自身もめっちゃイケメンだし、連れている子は男だか女だかどっちでもいいと思ってしまうほどの可愛い子。


あそこだけ顔面偏差値がすごすぎない? 写真を撮ることは叶わなさそうだからとりあえず可愛い彼らとイケメンたちの顔を目に焼き付けておこう。

じっと見つめていると、近くにいた女性が


『ミシェルー!! 可愛いー!! こっち向いてー!!!』


と無謀にも声をかけると、ミシェル・ロレーヌがこっちを向いてくれた上に、にっこりと笑って手を振ってくれたではないか。


「――っ!!!!!」


その瞬間、ズキューン!!! と胸を撃ち抜かれたような衝撃が私を襲った。


今、確実に私をみてたよね? 絶対私だよね!! ああ、もう私死んでもいい。


私の横でバタバタと人が崩れ落ちているけれど、そんなことどうでもいい。


あのミシェルの微笑みを私は一生忘れない。ああ、もう私……結婚できないかもしれないな。

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