友人たちとの楽しい時間
食事を終えると、エヴァンさんたちはまたさっきのテーブルに集まって話をし始めた。だから僕たちは僕たちでクリスマスマーケットについて話を始めたんだ。
「ねぇ、弓弦くん。クリスマスマーケットってそんなに楽しいところなの?」
「うん。僕もこの前行っただけだけど、イルミネーションがとっても綺麗で大勢の人で賑わっててすごく楽しかったよ。外はすごく寒かったけど、外で飲むショコラショーは格別だったよ。身体がじわじわあったまって、幸せーって感じるんだ」
「うわぁ、いいな。美味しそう!」
「理央くん、すっかりショコラショーが気に入ったみたいだね」
「うん。今朝も弓弦くんとお揃いでショコラショーとクロワッサン食べたんだよ」
「理央くんも食べたんだ! あれ、最高の組み合わせだよね!」
「うん、うん」
目を輝かせて頷く理央くんを見ていると、自然に笑顔になってしまう。やっぱり理央くん、可愛いな。
「ねぇ、そういうときってロレーヌさんは何を飲むの? 一緒にショコラショー?」
「えっとね、確か……ああ、ホットワインを飲んでたよ。フランスでは[[rb:Vin Chaud > ヴァンショー]]って言ったかな」
「えっ? あったかいワインってこと?」
「うん。赤ワインにスパイスとかフルーツとか入っててすごくいい匂いがしたんだ。エヴァンさんも身体が温まって美味しいって言ってたよ」
「へぇー、じゃあ凌也さんも飲めるかも」
「うん、きっと好きだと思うよ」
「ねぇ、ねぇ、それを注文する時ってフランス語でどう言ったらいいの? 僕も凌也さんのために注文してみたいな」
理央くんからの思わぬ質問に驚いたけれど、
「それはきっとミヅキさんも喜びますよ」
とリュカが満面の笑みで理央くんに声をかけた。
「そうだね、理央くんがフランス語で注文したら観月さんもきっと驚くだろうな」
「ええ、だから驚かせましょう」
いたずらっ子のような笑みを浮かべてリュカと秀吾さんがそういうと、理央くんは嬉しそうに笑っていた。
「いいですか? 『Un vin chaud, s'il vous plaît.』これでヴァンショーをくださいという意味です」
「えっと……『あん、ゔぁん、しょー、しる、ぶ、ぷれ』」
「わぁ、上手! 上手!」
「ほんと?」
「うん、僕が初めて話したよりもずっとずっと上手だよ。ねぇ、リュカ」
「そうですね、とてもお上手ですよ。ユヅルさまが以前ショコラショーを注文なさっていたのが耳に残っていたのかもしれませんね」
「あっ、そうかも! あの時の弓弦くん、本当のフランス人さんに見えたよ」
「それならきっとリュカのおかげだよ」
リュカは絶対に否定したりしない。いつも褒めてくれるから、頑張って覚えようっていう気になるんだ。
『あん、ゔぁんしょー、しるぶぷれ。あん、ゔぁんしょー、しるぶぷれ』
呪文のように何度も何度も繰り返し呟く、理央くんの真剣な姿に僕もリュカも秀吾さんも顔が綻ぶ。
「理央くん、記憶力がすごいからすぐに覚えられるね。注文するの楽しみだな」
「うん、頑張る!! びっくりしてくれたら良いなぁ」
「大丈夫、絶対に驚くよ!」
なんて話をしていると、パピーがリュカと秀吾さんに近づいて何かを話している。
なんだろうと思っていると、
「佳都くんとミシェルさんたちが来たみたいですよ。ほら」
と秀吾さんが手を差し出して教えてくれた。
「話をしていたから気づかなかったな」
その方向に視線を向けると、当然のように綾城さんに抱っこされた佳都さんと、隣にはセルジュさんに抱っこされたミシェルさんの姿があった。どうやら入ってきてそのままエヴァンさんたちとお話をしていたみたいだ。
「佳都さん、ミシェルさんもこっちでお話ししましょうよ!」
理央くんの呼びかけに気づいてくれて、綾城さんとセルジュさんが僕たちのいるテーブルに佳都さんとミシェルさんを連れてきてくれる。空いている席に佳都さんとミシェルさんを座らせると、ほっぺたにちゅっとキスをしてエヴァンさんたちのテーブルに去っていった。
「みんな早かったんだね」
「楽しい時間を過ごしたようで何よりです」
リュカの言葉に佳都さんは少し頬を赤らめていたけれど、その表情は幸せそうだ。
「それでなんのお話ししてたの?」
「あのね、エヴァンさんにクリマスマスマーケットにみんなで行きたいって言ったんだ。そうしたら、連れていってくれるって言ってくれたんだよ。今は、その話をしてくれているみたい」
「ああ、なるほどー。だから、こっちにきてすぐにセルジュたちがあっちのテーブルに行ったんだ」
「そうなんだよ。警護のために相談し合うって言ってた。エヴァンさんがお出かけするといつも警護とか大変みたいなんだよね」
『いえ、総帥が出かけるからというよりはユヅルさまがお出かけになるからだと思いますが……』
「えっ? リュカ、なんて言ったの?」
「あ、いいえ。なんでもありません。皆さんでお出かけになるとどうしても目立ちますからね。対策は立てておくに越したことはないですよ」
突然の流暢なフランス語に僕が聞き取れるはずもなく気になったけれど、にこやかなリュカの笑顔にそれ以上聞くことはできなかった。
「確かにこんなに大勢で行くと迷子になっちゃいそうだもんね。特に理央くんは離れないようにしないと!」
「はい。僕、絶対に凌也さんから離れません!」
「理央くん、可愛い」
でも確かにあの人混みで逸れたら怖いかも。一度実際に行っているから大丈夫かななんて思っていたけど、僕も絶対にエヴァンさんから離れないようにしようっと。
「それでクリスマスマーケットで何――」
『お待たせしてすみません』
突然、佳都さんの声に被さるように流暢なフランス語が耳に入ってきて、その方向に目を向けると悠木さんが空良くんを抱っこして立っていた。
「あっ、空良くん来たんだぁ!」
理央くんの嬉しそうな言葉とは裏腹に、みんなが静かに悠木さんと空良くんを見つめている。
何? 一体どうしたんだろう? 気になって僕もじっと二人の姿を見ていると、あれ? そういえば空良くん、全然動かないな。そんなことに気がついた。
「もしかして、空良くん……まだ寝てる?」
理央くんの言葉に悠木さんはなぜか少し焦ったように、
「そ、そうなんだ。だけど、もうすぐ起きると思うんだけどね」
と言いながら、空良くんに声をかけていた。
すると、今まで全然動いてなかった空良くんが悠木さんの腕の中で動き始めた。
「ああ、よかった。空良、目が覚めたか?」
「んーっ、ふふっ。ひろ、とさん……まだ、するのー?」
「――っ、空良。違う、違う!」
空良くんの寝ぼけた声がしんと静まり返ったコンサバトリーに響いて、悠木さんはすごく焦っているみたい。
まだするの? ってどういうこと?気になって理央くんを見たけれど、理央くんもよくわかっていないみたい。
だから、佳都さんや秀吾さんたちに目を向けると、なぜかみんな真っ赤な顔で悠木さんと空良くんを見つめていた。
「ねぇ、秀吾さん。今の、空良くんの言葉ってどういう意味?」
「えっ? あっ、えっと……その、今までずっと、愛し合っていらしたみたいですね。それで……」
歯切れの悪い秀吾さんの言葉を頭の中で考えて、ようやく
「あっ!! そういうこと?」
と気づいた時には、僕も顔が熱くなっていた。
すごいなぁ。空良くん……あれからずっと悠木さんと愛し合ってたんだ……。
「空良くん、すごいなぁ……」
僕と秀吾さんの会話に理央くんもどういうことか気づいたらしく、真っ赤な顔で空良くんを尊敬の眼差しで見つめていた。
静まり返ったコンサバトリーで、エヴァンさんがパピーに何か指示をして、その後悠木さんともフランス語で話をしている。あまりにも流暢すぎて僕には何を言っているのかわからない。
「秀吾さん。エヴァンさん、今なんて言ったんですか?」
「あ、えっと……ジュールさんには空良くんのために椅子にもっとクッションとブランケットを用意してあげるようにと頼んだみたいですね。悠木さんには……用意した椅子に空良くんを座らせてあげるように言ったみたいです。まだ空良くんが疲れていそうなので、ロレーヌさんの優しい配慮ですよ」
「そうなんだ……」
すぐにそんな指示を出せるって、エヴァンさん……本当に優しいな。
パピーはすぐに僕たちが座っているテーブルに、少し大きめの椅子とそこにたくさんのクッションを乗せて運んできてくれた。
『ユウキさま。ソラさまをこちらにどうぞ』
これくらいのフランス語ならわかるようになったな。そんなことを思いながら、悠木さんが空良くんをその椅子に座らせるのをじっと見ていた。
上からさっとブランケットをかけたおかげで僕たちからはほとんど顔しか見えていない。その顔はまだほんのりと赤くて、ちょっと疲れているように見えた。
悠木さんは
「空良、大丈夫か? ここでみんなと話をしておいてくれ」
と声をかけ、髪にチュッとキスをして、何度か振り返りながらエヴァンさんたちの席に向かっていった。
「空良くん、大丈夫?」
理央くんの声かけに、空良くんは弱いけれどニコッと笑いながら
「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけだから」
と返してくれた。
「ねぇねぇ、もしかして今までずっとベッドにいたの?」
「「「「――っ!!!!」」」」」
「うん、僕もそれ聞きたかった!」
「だよね!」
小声ながらもミシェルさんのド直球な質問に僕はびっくりした。けれど、佳都さんも楽しげにその話に加わって、僕や秀吾さん、リュカと理央くんは顔を真っ赤にしながらそれを見つめていた。
「ついさっきまで、ご飯食べてました。あの、クロワッサンとショコラショー」
ああ、なんだ。よかったと何故かホッとする自分がいた。
「あのクロワッサン、空良くんも食べたんだね。僕と理央くんも食べたんだよ。ねぇ、理央くん」
「サクサクして美味しかった。ショコラショーにつけて食べるのがとってもおいしかった」
「あれ、最高だよね」
なんて話をしている横で、
「もしかして、それが今日初めての食事?」
と佳都さんに尋ねられて、空良くんは頷いていた。
その返事にハッと気づいて、僕も理央くんも驚いてしまう。
だって、今は夕方のもうすぐ5時くらい。ついさっき僕たちが朝食に食べたクロワッサンを食べたってことは……。
「……そういうことだよね?」
こっそりと理央くんに耳打ちすると、理央くんは何度も頷いていた。
やっぱりずっと愛し合ってたんだ……。すごいなぁ。空良くん、僕たちと同じ新婚さんなのに、一歩も二歩も上をいっている気がする。
「えー、すごい! 空良くんすごいよ! ねぇねぇ、あのベビードールは着てくれた?」
少しテンション高めな佳都さんがそう尋ねると、空良くんはまだ赤い顔をさらに赤く染めて、
「寛人さん、すごく興奮してくれました。本当にすごいですね、あのベビードール」
というと、佳都さんは嬉しそうに笑っていた。
「やっぱりね、悠木さん。あれ絶対に気に入ってくれると思ったんだ。ちなみにみんな興奮してくれたんだって。ね、理央くん」
「えっ? あっ」
突然話を振られた理央くんは驚きながら、ブンブンと顔を縦に振っていた。
「そうなんだ……やっぱり、佳都さんの選ぶものはすごいんですね。前もメイド服の時……」
空良くんの言葉に
「えっ? メイド服って何、何?」
とミシェルさんが興味津々で佳都さんに聞いていた。僕も正直気になるなぁ……なんて思いながら話を聞いていると、佳都さんは嬉しそうにスマホを取り出した。
「うん。これなら怒られなさそう。ほら、これだよ、見て見て!」
そう言って見せられたスマホの画面には、佳都さんと空良くん、そして理央くんがメイドさんの服を着て、頭にうさぎさんや猫ちゃんの可愛い耳をつけている。
「わぁー! 可愛いっ!!」
僕が声をあげると、ミシェルさんもリュカも、そして秀吾さんも同じように可愛いと声をあげていた。
「ケイト、これも可愛いね! どうやってこんな服を探しているの?」
ミシェルさんのそんな質問に佳都さんは
「これはね、新婚旅行でホテルに泊まった時に見つけたんだ。こういうの探すのって楽しくて……」
と笑顔で返していた。
「ええー、すごい。ケイト、これはもう天職だよ! これからもいっぱい探して教えてー!」
「ミシェルさんがそんなにハマってくれるなんて嬉しい! 任せておいて!」
楽しそうに盛り上がっている二人を見ながら、僕たちも思わず笑ってしまった。こういう時間ってなんだか楽しいな。




