最初の一歩
「空良くんのベール、素敵。それにティアラも可愛いっ!」
「このベールもドレスも太陽に当たるとピンクになるんだよ!」
「ええーっ、すごいっ! 後でみんなでお庭に行こう!」
「みたい、みたい!」
「寛人さん、お庭に行ける?」
「ああ、そうだな……」
悠木さんはエヴァンさんに視線を送ると、エヴァンさんは
「問題ないよ。外でみんなで写真を撮るつもりだったからな」
と笑顔を見せてくれた。
「わぁ、みんなで撮れるんだ! それも楽しいね」
みんなでキャッキャと話をしていると、パピーが声をかけてくれた。
「ユヅル、準備が整ったようだぞ。ミヅキ、ユウキ。これから中に入るが、どちらから入る?」
その言葉に観月さんも悠木さんもまずは理央くんと空良くんに尋ねた。
「理央、どうする?」
「あの、僕最初がいいです。あとの方が緊張しちゃいそう」
「そうか。悠木、いいか?」
「空良、大丈夫か?」
「はい。僕は大丈夫です」
「なら、ミヅキたちからにしよう。今日の司祭は私の友人を呼んでいる。日本語も多少話せるから心配しなくていい。リオとソラ、そしてユヅル。聞かれた通りに返事をしたらいいからな」
エヴァンさんの口調が優しいのは、緊張している僕たちを和ませるためだろう。やっぱりエヴァンさんの声は落ち着く。
「じゃあ、ミヅキ。ユウキ。『Bonne chance !』」
エヴァンさんの言葉に、三人でハイタッチを交わす。なんだかその様子がものすごくかっこよくて思わず見惚れていると、理央くんと空良くんも同じように見惚れているのがわかる。
うん、やっぱりそうだよね。
かっこいい人たちがハイタッチしてるのって、何だかドキドキする。でもやっぱり一番かっこいいのはエヴァンさんだけど。きっと理央くんも空良くんも、自分の旦那さまが一番だって思ってるんだろうな。
パピーが観月さんと理央くんを入り口の前に呼び寄せる。僕たち四人は邪魔にならないように見えない位置に隠れた。
二人の名前が呼ばれて扉が開けられる。
「わぁーっ! 綺麗っ!」
『素敵っ!!」
そんな声が漏れ出てくるけれど、僕たちのいるところからは全然見えない。本当、理央くんの言っていたように後からの方が緊張しちゃうかも。
「空良くん、ドキドキするね」
「うん。弓弦くん、最後だから頑張って!」
「うん、頑張る!」
僕たちもさっきのエヴァンさんたちと同じように小さくハイタッチすると、僕と空良くんの腕につけられたあのブレスレットが煌めいた。
「サンタさんも頑張れって言ってくれてるみたいだね」
「うん。こうなったらいっぱい楽しもう!」
空良くんの言葉に僕は大きく頷いた。扉が閉められ、今度は悠木さんと空良くんが前に立つ。
緊張してる空良くんの頬を優しく撫でている悠木さんの表情が優しい。これで緊張もほぐれたかな。
「ユヅル、大丈夫か?」
「はい。緊張してますけど、でもエヴァンさんと一緒だから……」
「――っ、ああ、そうだな。私たちはずっと一緒だ」
そんな話をしている間に空良くんたちの名前が呼ばれて、中へと進んでいく。さっきよりももっともっと大きな声で出迎えられて、一瞬だけ空良くんの顔が見えたけれど、目にうっすら涙が見えた気がした。気持ちわかるなぁ。笑顔とか嬉しい言葉とかに迎え入れられるって、幸せだもんね。
二度目の扉が閉められ、今度はとうとう僕たちの番だ。
「ユヅル、行こうか」
ずっと抱っこされていたから歩くのに慣れていないけれど、
「歩くときは前の裾を少し蹴るような感じで歩くと踏まないで歩けるそうだよ」
とエヴァンさんが教えてくれたからなんとか大丈夫そう。
ふぅーっ。緊張に深呼吸すると、エヴァンさんが優しく僕の頬に触れる。
「大丈夫だ、みんな私たちを祝福してくれている者たちばかりだからな」
エヴァンさんの優しい笑顔に安心する。
『エヴァン・ロレーヌさま。ユヅル・エナミさま。ご入場です』
その声にバーンと目の前の大きな扉が開いた。
開いた瞬間、僕の目にまず飛び込んできたのは、眩い光の中、美しいドレスを着て演奏をするミシェルさんの姿。その果てしなく美しい演奏に心を奪われる。そして、その隣でピアノを弾く佳都さんの綺麗な姿。笑顔でこっちを見ながら、指は動いているからすごい!
僕たちの行くさきに満面の笑顔を浮かべて立っている理央くんと観月さん。そして空良くんと悠木さん。
僕たちの歩く両端には秀吾さんやリュカ、そして将臣さんたちが笑顔で拍手してくれている。
こんなにも大勢の人に迎え入れられてるって思った瞬間、途轍もない喜びの感情が全身を包み込む。あまりの嬉しさに足が動かない。
どうしよう……っ。そう思った瞬間、僕の耳元に優しいエヴァンさんの声が聞こえる。
「ユヅル、みんなのところに行こう。私が支えるから大丈夫だ」
「はい。エヴァンさん」
僕は一歩踏み出した。
「弓弦くん、エヴァンさんおめでとう!」
「すごく綺麗ですっ!」
淡い空色のドレスに身を包んだ秀吾さんとリュカがお祝いの言葉をかけてくれる。
「ありがとう! 二人ともとっても素敵!」
そういうと、二人は顔を見合わせて笑っていた。
エヴァンさんに支えられながら、長いトレーンを引きずって司祭さまがいる場所へ向かう。この広い礼拝堂は天井が驚くほど高くて、壁にも天井にも天使や神さまの絵がたくさん描かれていて、圧倒される。ミシェルさんのヴァイオリンと佳都さんのピアノの音がこの空間に共鳴するように美しく響いて言葉では言い表せないほどの感動を与えてくれる。
秀吾さんたちがいる場所より三段ほど階段を上がり、司祭さまの前に立つ。両端には先に入場した理央くんと観月さん、空良くんと悠木さんがいて、二人の嬉しそうな顔を見ると安心する。
ヴァイオリンとピアノの演奏が止まると、真っ白な衣装に金色のストールみたいなものをかけている司祭さまが口を開いた。
最初はフランス語で聖書のお話をしてくれて、意味は全くわからなかったけれど、穏やかな司祭さまの声と表情が僕たちを祝福しているのがわかってとても安心した。
しばらく聖書のお話を読んでから、司祭さまはパタンと本を閉じ僕たち全員に視線を向けたあと、理央くんたちに言葉をかけた。
「キョウ、このバに、アツマってくれた、みなサマの、シュクフクを、ウけ、あなたガタは、シアワせに、ならな、ケレバ、イケマセン。リオ、あなたのエガオは、リョウヤの、イきるカテ。あなたがいつも、エガオを、たやさぬヨウニ。そして、リョウヤは、リオの、このエガオを、ケッして、くもらせないヨウニ。おタガイを、ソンケイしあって、イきるコト、がダイジ」
「はい。僕……いつでも笑顔でいます」
涙を浮かべながら、司祭さまとそして隣にいる観月さんを見上げる。
観月さんはそんな理央くんをギュッと抱きしめながら、
「理央に決して悲しい思いはさせないと誓うよ。理央、愛している」
と返した。
司祭さまは嬉しそうに微笑むと、今度は空良くんたちに声をかけた。
「ソラ、あなたの、スナオなコトバは、ヒロトの、ココロを、イやす、チカラが、アリマス。いつまでも、ウソイツワりの、ない、コトバで、ヒロトのイやし、となるヨウニ。そして、ヒロトは、ソラに、アイするキモチを、いつでも、いつまでも、ツタエつづけるヨウニ。おタガイに、コトバをかける、コトをワスれず、アカルい、カテイを、ツクるコト、がダイジ」
「はい。僕……寛人さんへの思いをいつも伝えます。寛人さん、大好きです」
空良くんは嬉しそうに隣にいる悠木さんに愛の言葉を告げた。
悠木さんは嬉しそうに空良くんを抱きしめながら、
「私も空良を愛しているよ。これから先もずっと一生愛してる」
と愛の言葉を返した。
そして、最後に司祭さまは僕たちに視線をむけ、声をかけてくれた。
「ユヅル、あなたの、ソンザイ、そのものが、エヴァンの、ゲンドウリョク、とナル。イッショウ、エヴァンの、そばで、エヴァンの、ササえ、となるヨウニ。そして、エヴァンは、ユヅルを、イッショウ、アイし、シアワセ、にするヨウニ。おタガイに、シンジあい、ササえあって、イきるコトが、ダイジ」
「はい。僕……エヴァンさんのそばで一生支え続けます」
そう言って、隣にいるエヴァンさんを見つめると、エヴァンさんもまた僕を抱きしめながら、
「ユヅルと出会えたことが私の人生で最高の幸運だ。ユヅルを一生愛し続けるよ」
と言ってくれた。
その瞬間、大きな拍手が巻き起こった。大好きな人に嬉しい言葉を言ってもらえて、祝福してもらえて、僕は本当に幸せだ。
「ソレデハ、ユビワの、コウカンを、しましょう」
司祭さまがそういうと、さっと秀吾さんと、リュカと、佳都さんが僕たちの元に駆け寄ってきて、それぞれ観月さんとエヴァンさんと、悠木さんに小箱を手渡した。
豪華な宝石箱のようなものを開けると、中には綺麗な指輪が並んで入れてあって、小さくて細い方には一周ぐるっと宝石がついている。
「わぁ、綺麗っ!」
思わず声が出てしまう。
「ユヅルのために私がデザインしたんだ。気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「エヴァンさんが? わぁ、僕、嬉しい!!」
指輪の交換はさっきのようにまず理央くんたちから。理央くんたちが向き合った瞬間、ミシェルさんの美しい演奏が流れ始めた。理央くんは緊張して上手く入れられないと言っていたけど、なんとか観月さんに嵌めることができてとっても嬉しそうだった。
空良くんたちは、悠木さんの方が少し緊張しているように見えた。なんだか可愛い。
そして、今度は僕たちの番だ。
「ユヅル、左手を」
差し出すと、エヴァンさんが優しく指に嵌めてくれた。キラキラと輝く結婚指輪。これは一生外さない。
そして、今度は僕。
小箱から取り出した、シンプルだけど上品な指輪はエヴァンさんの大きくて逞しい左手の薬指にピッタリと嵌まった。その瞬間のエヴァンさんの嬉しそうな表情を僕は一生忘れないだろう。