花嫁の支度
「ミヅキたちの支度部屋はあの部屋、ユウキたちはその向かいの部屋。そして、我々は一番奥の部屋だ。『ミア、エミリー、クララ』
部屋の案内の後で、エヴァンさんが声をかけるとそれぞれの部屋の前に立っていた女性が駆け寄ってきた。
「彼女たちはこの日のために来てもらったヘアメイクのプロだ。必要であれば、声をかけてくれ。三人とも日常会話程度には日本語を理解しているから、意思疎通に問題はないはずだ。何か困ったことがあれば、内線でジュールを呼んだらいい。君たち、今日の新郎新夫だ。挨拶をしてくれ」
エヴァンさんの声に一番左に立っていた女性から挨拶を始めた。
「ミヅキさま、リオさまのお支度をお手伝いさせていただきますミアです。よろしくお願いします」
笑顔が優しそう。彼女なら理央くんも大丈夫そうかな。
そっと理央くんに目を向けると、自分からミアさんに挨拶しているのが見える。良かった。理央くんも気に入ったみたいだ。
「ユウキさま、ソラさまのお支度をお手伝いさせていただきますエミリーです。よろしくお願いします」
うん、彼女も優しそうでいいな。空良くんも安心しているみたい。ちゃんと挨拶できてるし。
「ロレーヌ総帥、並びにユヅルさまのお支度をお手伝いさせていただきますクララでございます。どうぞよろしくお願い致します」
わぁ、この人すっごく丁寧だな。やっぱりエヴァンさんが相手だと緊張しちゃうのかな。なんだか僕も緊張してきちゃった。
「あ、あの、えっと……ユヅルです。今日はよろしくお願いします」
ちょっとモゴモゴしちゃったけど、なんとか挨拶もできたよね。
「ミヅキ、ユウキ。式までは二時間あるから有意義に使ってくれ」
「「はい。ありがとうございます」」
観月さんたちはそのままそれぞれの部屋に入っていった。
「ユヅル、私たちも中に入ろうか。クララ、声をかけるまで少し外にいてくれ」
「承知しました」
頭を下げるクララさんをその場に残し、エヴァンさんは僕の手を引いて部屋の中に入った。
「ユヅル、疲れていないか?」
「大丈夫です。今から楽しみでしかないですよ」
「なら、良かった。ユヅルに先に今日の衣装を見せておこう」
「わぁっ! 嬉しいですっ!!」
エヴァンさんは満面の笑みを浮かべながら、奥の部屋の扉を開けた。
部屋の中に部屋があるって、ここにきてだいぶ慣れたけど……考えてみたらすごいことだよね。それだけ広いってことだもん。
扉を開けると、壁に大きな鏡が設置されていて思わず驚いてしまった。
「ここで全身いろいろな角度から自分の姿を確認できるぞ」
「すごいですね。こんなに自分の姿を見るなんて……緊張しそう」
「大丈夫だ。ユヅルは美しいのだからな」
「エヴァンさん……」
チュッと優しく唇が重なり合う。エヴァンさんとキスすると、緊張がおさまっていくなんて……変な感じだ。前はキスするだけでもドキドキして胸が震えていたのに。でも……きっと、それだけずっと一緒にいるって証なんだろうな。
「ユヅル、これがユヅルのために私が仕立てた今日のためのドレスだ」
部屋を分けるように閉じられていたカーテンを開けると、
「わぁーっ!! すごいっ!!!」
ふわふわの生地がたっぷりと使われたそのドレスは腰からスカートにかけてふんわりと大きく膨らんでいて、本当に僕の頭の中にあるドレスのイメージにぴったりだった。
上半身のデザインは正直ドキドキしていた。だって、僕は男だし、胸もないし、綺麗に着こなせるか心配だったけれど、薄いレースの生地が首まで覆い尽くしていて、袖も肘より少し長いくらいありそうだ。サンタさんからのブレスレットも綺麗に見えるのがいい。
「エヴァンさんっ! 僕、このドレス気に入りました!! 首も腕も隠れてるから安心して着られそう」
「言っておくが、ユヅルが男でそれを隠したいからこんなデザインにしたのではないぞ。ユヅルの肌を極力見せないようにしたのは、私がミヅキたちにユヅルの肌を見られたくなかったからだ。ユヅルの肌は全て私だけのものだからな」
「エヴァンさん……」
「ユヅル、呆れたか? 一生に一度のドレスでもこんなに狭量な私を嫌になってはいないか?」
ああ、もうなんでエヴァンさんはこんなに可愛いんだろう。いつもは頼り甲斐があって紳士的で、ものすごく大人なのに……。僕のことになると途端に子どもっぽく独占してしまう。でもね、僕……エヴァンさんが嫉妬してくれたり、独り占めしてくれたり……それがすごく嬉しくてたまらないんだ。
「クララ、支度を頼む」
「畏まりました」
クララさんを部屋の中に呼び寄せると、今日着る予定のドレスを見て
『Qu’est ce que c’est beau!』
とさっきまでの冷静な姿が一変して、その場で踊り出しそうなほどはしゃいでいた。
あまりにもさっきまでの姿と違いすぎてびっくりしてしまう。でも、なんかこういうのっていいな。
「クララ、そんなに褒めてくれるのは嬉しいが、ユヅルが驚いている」
「――っ、し、失礼いたしました。こんなにも素敵なドレスを初めて拝見しましたので、つい……」
真っ赤な顔で必死に頭を下げるクララさんがなんだか可愛い。まるで母さんを見ているみたいだ。見た目も母さんくらいの年齢っぽいし、なんだか親近感が湧くな。
「エヴァンさんが僕のために作ってくれたドレスをそんなに褒めていただいて、とっても嬉しいです。今日はよろしくお願いします」
「はい。このドレスにぴったりなヘアメイクをさせていただきますね」
やっぱりクララさん、いい人そう。
「では、こちらにどうぞ」
鏡の前に案内され、自分を見ると到底ドレスには似合いそうもない僕の短い髪が見える。
「あ、あの……こんな短い髪でもヘアセットできますか? やっぱり、えっとなんていうのかな……カツラ? つけ毛? とか必要ですか?」
結婚式を挙げることになって、少しでも長いほうがいいのかもと思い、整える程度で切ってはいなかったけれど、それでもイメージのお姫さまとは雲泥の差だ。やっぱり自分の髪じゃ無理なのかな……?
別に合わないなら仕方がないけど、エヴァンさんと、そしてお父さんと同じ髪色のままがよかったなという気持ちが拭えない。
「もちろんご希望であれば、つけ毛もウィッグもご用意できますが、せっかくこんなにお美しい髪をお持ちなのですから、この髪でヘアセットさせていただきますよ」
「えっ! 本当ですかっ! わぁっ、お願いします!!」
思っても見ないクララさんの返答に僕は胸が高鳴っていた。そこからのクララさんはまるで魔法使いのように見えた。カールアイロンとかいうやつで僕の短い髪がふわふわになっていく。
「ユヅルさまの髪は本当にお美しいですね。髪色もユヅルさまの柔らかな印象にピッタリです」
「ありがとうございます。僕……エヴァンさんと出会うまではこの髪色でずっといじめられてたんです。だから、鏡見るたびに嫌だったんですけど……でも、エヴァンさんと、そしてお父さんと同じ色だって知って、それからこの髪が大好きになったんです。だから、クララさんに褒めてもらえてとっても嬉しいです」
「ユヅル……」
少し離れた場所で自分の支度をしていたエヴァンさんが、僕のそばに近づいてきてくれる。
「この髪、私と一緒だから好きになってくれたのか?」
「はい。だって、エヴァンさんとお揃いですもんね。お父さんの息子だって証でもあるし、僕……幸せです」
「ああ。私も幸せだよ」
僕たちがそんな会話をするのをクララさんはずっと嬉しそうに笑顔で聞いてくれていた。
「あっ! エヴァンさん、僕……あのティアラもつけたいです!」
「ああ、そうだったな。クララ、これをユヅルにつけてくれ」
「承知いたしました――ええっ!!! こ、これ……っ」
クララさんは渡されたケースを開け、中を見た途端、驚きの声を上げた。
「あ、し、失礼いたしました」
「いや、驚くのも無理はない。私が作った世界にたった一つのクラウンティアラだからな。どうだ? 素晴らしいだろう?」
「ええ。とっても素晴らしいです。こんな素敵なクラウンティアラを間近で拝見できるなんて……ありがとうございます」
クララさんは何度も感嘆のため息を漏らしながら、僕の頭上にティアラをつけてくれた。ふわふわの髪とキラキラと輝くティアラがなんとも綺麗に合わさっている。
「素敵ーつ!!」
「本当にお美しいですよ。では続いてメイクをいたしましょう。と言っても、ユヅルさまは素肌が大変色白で綺麗でいらっしゃいますから、そちらを活かすようにナチュラルメイクにしておきますね」
元も色が白かったけど、こっちに来てあんまり外にも出ないせいか、さらに白くなった気がする。でも日焼けしているより、白いほうがドレスには合いそうだからいいか。こうやってみると、なんか本当に母さんそっくりになってきたな。鏡に映る自分の姿を見ていると、なんだか母さんを見ているような気になってきた。なんだか不思議な気分だな。
そんなことを思っている間に、目の周りやら、唇やらちょこちょこと何かされて、
「さぁ、できましたよ」
と見せられた時には、いつもの二倍くらいパッチリした目と、艶々の唇になっていて驚いた。
「こ、これが……僕?」
「はい。でも、ほとんど手を加えていないのですよ。元がお美しくていらっしゃるから」
「エヴァンさん、どう、ですか?」
「ユヅルっ! ああ、本当に美しいよ。いつも可愛らしいが、今日は一段と美しい」
「ありがとうございます」
「それでは、次はドレスをお召しいただきますので、ロレーヌ総帥。お手伝いいただけますか?」
「ああ、もちろんだ。任せてくれ!!」
クララさんの言葉に驚きつつも、エヴァンさんは何故か嬉しそうにやる気にみなぎっているように見えた。