可愛い天使
キラキラと輝くクラウンティアラを箱に戻し、大切に抱きしめながら、僕たちはカフェを出た。
来た時と同じ車に乗り込んで、今日の目的地であるお城に向かう。
「さっきのキラキラの飾り、すっごく綺麗だったね」
「うん。弓弦くんにすごく似合ってたよ。さすがロレーヌさんが作ってくれたものだよね」
「ありがとう」
「僕もあんな綺麗なの、付けてみたいな」
「あっ、理央くん。ちょっと付けてみる?」
「えっ? ダメだよっ! それは弓弦くんのだから」
ちょっとくらい構わないと思ったけど、やっぱり遠慮しちゃうかな。もし、僕が理央くんでもやっぱり遠慮しちゃうかも。うーん、どうしたらいいかなぁ……。
そう思っていると、エヴァンさんたちの座っている方から、
「理央、心配しなくていいよ。弓弦くんが持っているものと同じものというわけにはいかないが、今日の理央のドレスに合う飾りは用意しているから」
という観月さんの声が飛び込んできた。
「空良もだぞ。だから、心配するな」
続けて悠木さんの声も飛び込んできて、理央くんも空良くんも嬉しそうだ。
「凌也さんっ! 嬉しいっ!」
「寛人さんっ! 僕も嬉しいっ!」
感情溢れさせて喜ぶ二人を見て、観月さんも悠木さんもとっても嬉しそう。でも本当、よかったな。
「理央くん、空良くん。よかったね」
「うん、弓弦くん。ありがとう」
「結婚式がさらに楽しみになってきたね」
やっぱり自分の旦那さまになる人が用意してくれたものの方がいいに決まってるもんね。僕もこのクラウンティアラ……付けるの楽しみだな。
「うわっ! 見てっ! お城が見えてきたよ」
空良くんの声に理央くんと窓に近づくと、山の上にびっくりするほど大きなお城が見える。この距離でこの大きさって……相当大きいよね?
「えっ? まさか……今日結婚式あげるのってあそこ、とか言わないよね?」
「でも、そっちに向かってぐんぐん進んでるよ」
「じゃあやっぱりあのお城?」
「うそっ! こんなにすごいところで挙げるの?」
僕たち三人は近づいてくるそのお城の凄さに茫然としてしまう。お城で結婚式を挙げるとは聞いていたけれど、ここまでおっきくて本格的なお城とは思ってなかった。だって、目の前に現れたお城は、まるで絵本の世界そのものといった感じで、今にも王さまとか王子さまとか出てきそうだ。
こんな素敵なお城がエヴァンさんたち一族のもので、しかもそんな場所で結婚式を挙げられるなんて思わなかった。車がお城のかなり近くまで到着した時はもう圧倒されてしまっていた。
「ふぇーっ、す、すごいね……」
「う、うん……」
「いいのかな……こんなすごいところで……」
三人でボソボソと呟いていると、エヴァンさんたちがさっと僕たちに近づいてきた。
「急に静かになったな。どうした?」
「え、エヴァンさん……ここが、その……今日の、お城?」
「んっ? ああ、そうだがどうした? 気に入らないか?」
「ちが――っ! 凄すぎて驚いちゃって……びっくりすると言葉が出なくなるって本当なんだなって……」
「そうか。それならよかった。あまりにも古くて嫌になったのかと思って驚いたよ」
「そんな、古いなんて……っ、すっごく綺麗ですよ」
「じゃあ、中に入ろうか」
僕がエヴァンさんと話している間に理央くんも空良くんも同じように優しい旦那さまたちと話をして、車から降りていた。
エスコートされながら車を降りると、目の前に聳えるお城に目を奪われる。やっぱりこのお城、すごいなぁ。僕たちの後から続いてやってきた車から降りてきた秀吾さんも目を丸くして驚いている。秀吾さんがこんなに驚くのは初めて見たかも。やっぱりそうなっちゃうくらいすごいよね、このお城は。
「わぁーっ、直己さん。やっぱりここ、綺麗だよね。ほんの数ヶ月前なのに、なんだか懐かしい気がする」
「ああ。そうだな。また佳都とここに戻ってこられて嬉しいよ」
そういえば、新婚旅行でお城に泊まったっていってたっけ。それがここのお城だったんだ。
「アヤシロとケイトが泊まったのは、あっちの観光客エリアで手を入れているが、こちらはかなり昔の面影を残しているから雰囲気もかなり違って見えると思うぞ。ここにいる者たちなら、自由に城内を散策してもらって構わないから、思う存分、楽しんでいってくれ。特に挙式をする我々以外は、時間を持て余すだろうからな」
「おお、ロレーヌ、ありがとう」
「ありがとうございます、ロレーヌ総帥」
佳都さんたち、秀吾さんたちもすごく嬉しそう。でもこのお城の散策……僕もすごく興味ある。後でエヴァンさんにお願いしてみよっと。
「ユヅル、おいで」
エヴァンさんにエスコートされながら豪華で重厚のある大きな扉の前に立つと、ジョルジュさんとパピーが扉を開けてくれた。
「わぁーっ!!」
エヴァンさんのお屋敷もとっても大きいけれど、こっちはさらに広い空間が広がっていた。壁も天井も隙間がないほどに絵や装飾で埋め尽くされて、高い天井から吊るされた大きな大きなシャンデリアはキラキラと輝いている。太い柱も大きくて広い階段も何もかもが美しい。あまりにもすごい光景に言葉が出ない。
「本当に、絵本の世界だ……」
理央くんがぼそっと呟く声が聞こえる。
本当にそうだ。こんな世界が現実にあるなんて信じられないくらい。
「日本はシンプルな空間に美を作り出す才能があるが、こちらはいかに装飾をして美しさを表すかということが重要なんだ。どこをみても、また見る角度によって絵画も装飾も印象が変わるから、一生ここで暮らしても飽きることはないよ。ほら、天井のあそこをみてごらん」
エヴァンさんが指差す方に目を向けると、理央くんたちも一斉にそっちを見上げた。
「ほら、何か見えないか?」
「えっ……なんだろう……あっ!! わかったっ!! あそこの端に可愛い天使がいるっ!!」
「えっ、どこどこ?」
「ああっ、本当だっ! 佳都さん、ほら、あそこ」
「ああーっ! 本当だ!! 可愛いっ!」
「ねぇねぇ、セルジュ。ちょっと思ったんだけど、あの天使……ちょっとユヅルに似てない?」
「えっ? そうだな……確かに、少し似ているな」
ミシェルさんとセルジュさんの声に驚いてもう一度見てみると、なんとなく似ている気がしないでもない。そっと隣にいるエヴァンさんを見上げると、驚いた様子で天使と僕を交互に何度も繰り返し見ている。
「エヴァンさん?」
「あっ、悪い! あまりにも驚いて……本当にユヅルに似ているな。あれはわがロレーヌ家に全ての幸運を与えてくれるとされている天使なのだよ。だから、この城にある絵画の至る所にあの天使がこっそりと描かれているんだ。ユヅルに初めて出会った時、身体の奥から何か騒めき立つような感情を沸き上がったのは、もしかしたらずっとここで出会っていた天使にようやく出会えたからかもしれないな」
「そんな……僕が天使なんて……」
「いや、絶対にそうだ。やはり私たちは疾うの昔から出会い、愛し合う運命にあったんだよ。まさか結婚式を挙げるその日にその事実を知ることになるとはな……。ああ、これも運命だな」
エヴァンさんはものすごく嬉しそうに、そして何度も何度も頷いている。
「なぁ、セルジュもそう思うだろう?」
「ええ、確かにそうかもしれませんね。そんな運命のお相手との結婚式の時間が迫っておりますよ。お話はまた今度にして、皆さまをお支度部屋にご案内なさった方がよろしいかと存じます」
「ああ、そうだったな。悪い。つい感動してしまって……。」『ジュール、アヤシロたちを支度部屋に案内してくれ。ミヅキとユウキは私が案内する』
『承知いたしました。皆さま、こちらへどうぞ』
パピーが佳都さんたちを連れて、階段を上っていくのを見ながら
「ミヅキ、ユウキ、こっちだ」
と反対側にある階段へと案内してくれる。
「佳都さんたちのお部屋とそんなに離れているんですか?」
「いや、フロアは同じだが、ケイトたちは皆で何かを考えてくれているようだから、分けた方がいいと思ったんだよ」
「わぁっ、サプライズですか?」
「そうらしい」
「理央くん、サプライズだって!」
「サプライズって、驚かせるってことだよね?」
「そうそう、きっと僕たちのために何か楽しいことを考えてくれているんだよ」
「わぁーっ、楽しみだね」
嬉しそうな理央くんと空良くんと一緒に階段を上がると、どこまでも続く廊下とそれに沿って扉がいくつも見える。
「わぁーっ、雑巾掛けしたら大変そう……」
理央くんがぼそっと呟いたのが、エヴァンさんにはよくわからなかったようで、
「ユヅル、ゾウキンガケとはなんだ?」
と真剣に尋ねられてしまった。
「掃除の時に濡れたタオルで床を拭くんですよ。学校の廊下とか端から端まで手を乗せて思いっきり走ったりしてましたよ。でも流石にここだと途中で息が切れちゃいそうですね」
「子どもが……そんな修行のようなことを普通にするものなのか?」
エヴァンさんが初めて聞いたとでもいうように目を見開いて驚いている。
えっ? なんで? 僕、そんなおかしなこと言ったっけ?
「フランスに限らず、海外では学校で子どもたちが掃除をすることはないんだよ。掃除をしてくれる人を専門に雇っているからね。だから、ロレーヌ総帥は驚いているんだよ」
「へぇー、そうなんですか……そっちにびっくりですね」
悠木さんが優しく教えてくれて、今度は僕が驚いてしまった。やっぱりそれぞれ文化って違うんだな。