フェーヴの行方
『お待たせいたしました』
さっきのエミールさんが、もう一人の店員さんと一緒に大きなトレイに乗せて持ってきてくれる。
エミールさんが僕たちの前に次々とショコラショーを並べていく。
「わぁーっ! 甘い香りがする! 美味しそうっ!!」
「本当だ! 上にチョコレートが乗ってるよ!」
「わぁ、本当だ!! こんなチョコレート見たの初めて!!」
理央くんも空良くんも嬉しそう!僕も初めてみた時はあれくらいはしゃいじゃったもんね。
そして、もう一人の人は切り分けられたパイのようなケーキをテーブルの中央に無造作に置いて行った。
不思議な置き方に驚きつつも、シンプルだけどすごく香ばしい匂いを発するこのケーキに意識が奪われる。
「これ、パイ? すごく美味しそうっ!」
佳都さんが笑顔で声をあげるその隣で、
『あっ、これ! もしかして……』
『うん、そうだね。間違いないよ』
ミシェルさんとリュカはこれが何かわかったみたい。ボソボソと何かを話している。フランスで有名なお菓子なのかな?
「ああ、そうか。なるほど」
秀吾さんもわかったみたい。すごくニコニコしてる。えー、なんだろう?
『今日の特別なお菓子は、Galette des roisをご用意いたしました。どうぞお楽しみください』
エミールさんはにこやかな笑顔でそう話すと、嬉しそうに店員さんと一緒に戻って行った。
「リュカ、『がれっと、で、ろあ』って、なに?」
「ふふっ。このお菓子は本来はお正月に食べる特別なお菓子なんですよ。『Galette des rois』は王さまのケーキという意味で、このケーキのどれかに『fève 』という小さな陶器の人形が入ってるんです。それが当たった人は今日一日王様として扱われて、しかも一年間幸運が続くと言われているんですよ。ケイトさんたちがお正月まではこちらにいられないから、特別に用意してくださったんでしょうね」
「へぇー、すごいっ! 楽しそうっ!」
「ふふっ。fève が誰に当たるか楽しみですね」
「ねぇ、誰から選ぶ?」
「ここは一番年下からじゃない?」
「うん、そうだね。じゃあ、誕生日から言うと……えっと、弓弦くんかな?」
そうだ。僕も理央くんも空良くんも同じ歳だけど、誕生日は僕が一番遅い。僕より理央くんや空良くんの方が年下に見えるのに、なんだか不思議な感じがする。
お皿に乗ったケーキ、7つの中から1つを選ぶ。どれかに当たりがあると思うだけでドキドキする。
そこから理央くん、空良くん、佳都さん、秀吾さん、ミシェルさん、リュカの順番で次々とお皿を取っていく。
「ああ、せっかくのショコラショーが冷めるまえに、先にちょっといただきましょうか」
リュカの言葉に思わず頷く。
ケーキですっかり頭の片隅に追いやられていたけど、今日はこれを飲みにきたんだった。ショコラショーにごめんね、と心の中で謝りながら、ずっとショコラショーを楽しみにしてくれていた理央くんと空良くんが口をつけるのをじっと見守った。
「んっ! 美味しいっ!!」
「わっ、これっ! すっごく美味しいっ!!」
目を丸くして驚く理央くんと空良くんの唇の上にスーッとチョコレートの跡がついている。
ここのショコラショーには上に削ったチョコレートが乗せられていたから、それが溶けちゃったんだろうな。
「理央くん。空良くん、ここ、チョコレートついてるよ」
「えっ? どこ、どこ?」
「ふふっ。ここ、ここ」
空良くんは佳都さんから教えられてすぐにまでは小さな舌を出して、自分で舐めとっていた。可愛い。
理央くんは……といえば、同じように頑張っているけれど、なかなか難しいみたいだ。
隣にいる空良くんが
「ここだよ」
と一生懸命教えてあげているけれど、みんなに見られて恥ずかしいのか、理央くんは全然違う場所に指を当てている。
「りょーやさぁんーっ!!」
半分涙声で声を上げると、瞬く間に観月さんが理央くんの元に駆け寄ってくる。
「理央、どうした?」
「凌也さぁん、僕……」
「――っ!!!」
顔を上げた理央くんの顔を見て、観月さんの顔が一気に緩んだのがわかった。
チョコレートのお髭をつけた理央くんの顔、可愛いから当然かも。
「理央、大丈夫……ほら、取ってあげるから目を瞑って」
観月さんが来てほっとしたのか、理央くんは大人しく目を瞑った。観月さんはそんな理央くんにそっと唇にキスをして舌でチョコレートをさっと拭いとった。その流れるような仕草に、僕はただ見入ってしまっていた。多分みんなも同じ。
「理央、綺麗に取れたよ」
そっと目を開けた理央くんは自分がなにをされたのかもわかっていない様子で、
「わぁ、ありがとう。凌也さん」
と嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、俺はあっちに戻るから」
僕たちにシーッと内緒のポーズをしながらにこやかに戻っていく観月さんを見ながら、僕たちはただただ顔を見合わせて笑うしかなかった。
「でも、ほんとこのショコラショーだっけ。ココアみたいなものかと思っていたけど、チョコレートが濃厚ですごく美味しいっ」
佳都さんは唇についたチョコレートの跡を舐め取りながら感想を言ってくれるので、
「でしょう? 僕も初めて飲んだ時、あまりにも美味しくてびっくりしちゃって……。これにクロワッサンをつけて食べたらすごく美味しかったですよ」
というと、
「ああ、それ美味しそうっ! 試してみて、日本に帰ってからもやってみたい!」
と目を輝かせながら返してくれた。やっぱり料理が得意なだけあるな。こうやっていろんな味を食べていくことで、自分で再現できるんだろうな。
「じゃあ、今度朝食にお願いしようよ。ユヅル」
「そうですね」
パピーにお願いしたら、願いを叶えてくれそう。サクサクのクロワッサンにつけて食べるの、最高なんだよね。
僕はあの家で、初めて食べた時のことを思い出していた。
そういえばあの時……クロワッサンを食べるのも初めてで、唇についたパンの欠片をエヴァンさんがとってくれたんだよね。そのまま自分の口に運ぶから、恥ずかしかったけど……さっき、観月さんは手じゃなくて唇で舐め取ってたし、きっとこれが普通なんだろうな。そういえばあの時、セルジュさんもミシェルさんに普通にやってるとか話をしてた気がする。
理央くんと観月さんのをみてドキドキしてたけど、見慣れなかっただけで案外普通のことなのかもしれないな。
「じゃあ、そろそろケーキ食べてみましょうか。ケーキの中に陶器の人形が入っていますから、間違えて飲み込まないように気をつけてくださいね」
お兄ちゃんのようなリュカの説明に、
「「「はーい」」」
僕たち最年少組は元気よく返事をした。
「なんだか緊張するね」
「うん、でもこういうのワクワクする!」
「だね。楽しい」
ドキドキしながら、ケーキにフォークを差し込んだ瞬間、カンっ! と何か硬いものにフォークの先が触れた気がした。
あっ! もしかして……
そう思っていると、隣から
「あーっ! 何か入ってた!!」
とはしゃぐ空良くんの声が聞こえる。
ああ、なんだ。
勘違いだったと思っていると、
「僕にも何か入ってた!」
「僕も!」
「私もです!」
と次々に声が上がる。
もしかしてあの優しそうなエミールさんが僕たちを喜ばせようと全員に入れてくれたのかも……。
遠い日本から来たから、思い出作りをしてくれたのかな。うん、そうかも。
僕はそんなエミールさんの優しさに嬉しくなりながら、フォークでケーキを切ると中から白い陶器の小さな人形が現れた。
「僕もあった!!」
それを手に取り、みんなに見せると
「あれ?」
どうもみんなが持っているものとは違うものみたい。
「あっ! ユヅルが王さまだ!」
「わぁっ! 本当だ! 弓弦くんが王さまだ! おめでとう!!」
「えっ? でもみんな入ってたって……」
「僕たちのはこれだよ、見て」
理央くんの手のひらに載せられたものに目をやると、そこにはキラキラと輝く小さなコインがあった。空良くんの手のひらにも同じものが乗ってる。
見ると佳都さんのも、秀吾さんのもミシェルさんやリュカのものも同じものだ。
「本当だ……僕のだけ、違う……」
これってどういうこと?
不思議に思っていると、
「ああ、フェーヴはユヅルに当たったのか。さすが、私のユヅル。運を持っているな」
とエヴァンさんたちがみんな僕たちの元にやってきてくれた。
「エヴァンさん、これどういうこと?」
「せっかくみんなで初めてのガレット・デ・ロワを食べるのに、何も当たらないのは寂しいだろう? だからエミールに頼んで、一つだけ王さまのフェーヴ。他には金貨を入れておいたんだ。金貨は本物だぞ。そして、王さまに当たった人には……エミール、あれを持ってきてくれ」
「はい。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
エヴァンさんはエミールさんから少し大きめの綺麗な箱を受け取ると、ゆっくりとその箱を開けた。
「――っ!! わっ! すごいっ!!」
中から光り輝く冠が出てきた。
「わぁーっ!」
「綺麗っ!」
「本物の王さまみたい!!」
「お姫さまもつけてそう!!」
「ふふっ。たしかに。これはクラウンティアラですね」
「クラウンティアラ……綺麗っ!!」
「これは今回の記念に特別に作らせた世界に一つだけのクラウンティアラだよ。誰が当たってもいいと思っていたが、まさかユヅルに当たるとはな……これも運命だろうか」
そう言いながら、エヴァンさんは僕の頭にそっとそのクラウンティアラを載せてくれた。
「すごいっ、すごいっ! 弓弦くん、よく似合うよ!!」
自分のことのようにはしゃいでくれる理央くんたちを見て僕も嬉しくなる。
「エヴァンさん、ありがとうございます。あの、これ……今日の結婚式でつけてもいいですか?」
「ああ、もちろんだよ。つけてくれたら私は嬉しい」
「エヴァンさん……っ!!」
僕は嬉しすぎてエヴァンさんに思いっきり抱きついた。いきなりだったのにそれを物ともせず、そのままぎゅっと抱きしめてくれるエヴァンさん。ああ、本当に僕幸せだ……。




