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昔の思い出と可愛い癒しのカフェ

「じゃあ、そろそろ出かけるとしよう」


とうとうお城に出発だ。今日は僕たちだけじゃなく、お屋敷で働いてくれている使用人さんたちの半分が一緒にお城に着いてきてくれることになっている。もちろんパピーも一緒。


だから車は数台に分けて向かうみたい。


僕たちが乗る車には理央くんと観月さん、空良くんと悠木さん、そしてジョルジュさんが一緒だ。結婚式の話をしながら行けるから楽しみ。パピーは僕たちの車の助手席に乗ってくれるんだって。


「わぁーっ! すごくおっきな車っ!!」


ここに来た時に乗った車より大きな車に気づいた空良くんが目を丸くしている。でも、僕も同じだ。この間のでも大きいなと思ったのに、今度のはさらに全長が長い。


一体このお屋敷にはどれくらいの数の車が用意されてるんだろうな……。驚くのが怖いから聞かないけど……。


「ユヅル、おいで」


手を引かれて乗り込むと、中はゆったりとしてまるで部屋のソファーで寛いでいるみたい。座席に置かれているクッションもふわふわで気持ちがいい。


「大丈夫か? 狭くないか?」


「こんなに広いから大丈夫です」


そう言ったけれど、エヴァンさんは少し心配そうだ。


「休憩したくなったらすぐに言うんだぞ」


「わかりました。あの、今日ショコラショー、飲みに連れて行ってくれるんですよね?」


「ああ、途中で寄るから楽しみにしていてくれ」


優しく僕の頭を撫でてから、エヴァンさんは自分の席に腰を下ろした


いつもならずっと隣にいるから不思議な感じだ。でも、理央くんや空良くんとおしゃべりしながらドライブするのも楽しみで仕方がない。


理央くんを真ん中に僕たちは席についた。その場所からでも大きい窓からは外の景色が見えるから問題ない。でもね、実はこれ、マジックミラーなんだって。こっちからは外の景色が見えるけど、外からは見えないって不思議だよね。


こんな大きな車だからかな。いろんな仕掛けがしてあって、これに慣れちゃったら普通の車に乗れなくなっちゃうかも……なんて。それはないか。



「わぁーっ! 綺麗な建物がいっぱい!」


「ここに来たときも思ったけど、本当に絵本の世界だよね。いいなぁ、弓弦くん。こんな綺麗なところに住んでるなんて」


「日本ではすっごい田舎に住んでたから、差があり過ぎてびっくりしちゃうよ」


「弓弦くんって、そんなに田舎に住んでたの?」


「うん。だから、この髪とか、目の色とか目立っちゃって……でも、こっちだとみんないろんな髪色の人がいるから気にならなくなったよ」


「確かにそうだね。ミシェルさんもリュカさんもそれにパピーもみんな違う色だもんね。それにその色、弓弦くんにすごく似合ってる」


「ありがとう! この髪色も目の色もお父さんと同じ色なんだって。ほら、秀吾さんがくれたプレゼントでヴァイオリン弾いていた人」


母さんとお父さんが一緒にヴァイオリンを弾いていたあの映像は僕の一生の宝物だ。まさか秀吾さんのお母さんが僕の両親の姿を撮っておいてくれたなんて……本当に奇跡だよね。


「ああ、そっかっ! あの人、お父さんだったよね! すごくカッコよくて、ロレーヌさんに似てる!!」


「お父さんとエヴァンさんは親戚だからね。でもほんとすごく似てるよね」


「ってことは、弓弦くんと弓弦くんのお母さんは好みのタイプが同じってこと?」


「――っ、えっ?」


「だって、そう言うことでしょ? お父さんとエヴァンさんそっくりだったし」


まぁ確かにそうかも。お母さんが惹かれた人と、僕が好きになった人の顔が似てるってことだもんね。でも……エヴァンさんは、もしお母さんと出会ってても好きにならなかったと思うし、お母さんも……お父さん以外は好きにならなかったんじゃないかな……。


「顔は似てるけど、でも……僕はエヴァンさんじゃないと好きにならないかな」


「弓弦くん、顔赤いよ」


「えっ? もうっ! からかわないでよ」


「ごめん、ごめん」


空良くんの揶揄いに恥ずかしくなって、エヴァンさんに視線を向けるとすぐに気づいて僕に笑顔を向けてくれる。ああ、やっぱりエヴァンさんが好きだな。


「ねぇ、そういえばさっきショコラショーの話をした時、理央くん……チョコレートを最近初めて食べたって言ってたよね? それまでは食べたことなかったの?」


「うん、そうなんだ。チョコレートだけじゃなくて、ケーキとかクッキーとかも凌也さんに初めて食べさせてもらったんだ。施設にいたときは、お菓子を食べることはほとんどなくて……時々ね、お菓子が配られることもあったけど、僕より小さい子がたくさんいたから、分けてあげてたんだよ」


「えーっ、どうして?」


「甘くて美味しいものを知っちゃうと、食べたくて我慢できなくなっちゃうでしょ? 味を知らなければ、また食べたいなんて思わずに済むもん」


「理央くん……」


「でもね、今は毎日美味しいもの食べさせてもらえて本当に幸せなんだ。事務所で勉強している時もおやつ時間があってね、秀吾さんがみたこともないような綺麗なお菓子を毎日分けてくれるんだよ。何も知らなかったから、今は毎日が幸せ」


そう話す理央くんは本当に幸せそうに見えた。

僕は、ずっといじめられて……信頼できる人が母さんしかいなくて、サンタさんだって来ないし、ケーキだって、一年に一度しか食べられないし……ずっと辛い人生だと思ってた。でも、僕にはずっと母さんがいた。チョコレートの味だって知ってたし、楽しいことだってあった。


理央くんは僕なんかよりずっとずっと辛い境遇にいたんだ。


なんか……観月さんが理央くんを溺愛する気持ち、わかるなぁ。理央くんになんでもしてあげたい気になるもん。


「これから飲みに行くショコラショーもすっごく美味しいから、幸せになれるよ」


「うん! そうだね。あったかいチョコレート何てどんなのか想像もつかないけど、すっごく楽しみだよ」


僕も楽しみだよ。理央くんの初めてのショコラショーを飲んだ感想が早く聞きたくてたまらない。


「さぁ、降りるぞ」


エヴァンさんが僕のそばに近づいてきてくれる。車の中なのに、エヴァンさんみたいな大きな人が動き回れるって本当すごいことだよね。


理央くんと観月さん、空良くんと悠木さんが出たのを確認して、僕たちは車から降りた。


「ねぇねぇ、弓弦くん! ここ?」


「えっ? わっ! すごいねっ!」


少しはしゃいでいる空良くんの声に前を見ると、花でいっぱいに溢れたお庭の先に絵本の中に出てきそうな可愛らしい木のお家が見えた。緩やかな三角形の屋根からは煙突が伸びていて、今にもサンタさんがそこから入ってきそうなくらい。


「エヴァンさん、ここ……」


「うちのコックをしていたエミールが、結婚を機にここでカフェを始めたんだよ。私に最愛の人ができたから連れて行こうと思っていたんだ」


「そうなんですか。すっごく可愛いお店ですね」


「ああ。みんなが癒されるカフェを作りたいと言っていたからな」


癒されるカフェ……。この外観だけで癒される。こんな絵本の世界みたいな可愛いカフェでみんなでお茶できるなんて思わなかったな。


「わぁーっ!! 可愛いっ!!」


佳都さんと秀吾さんが着いたみたいだ。やっぱり同じ反応しちゃうよね。わかる、わかる。


「あっ、でもこんな大人数でお店に入れますか? 他のお客さんの邪魔になっちゃうかも」


「それは気にしないでいい。ほら、あのドアにかかっているプレートが見えるか?」


「プレート……あっ、réservé(貸切)


「そう、よく読めたな。だから、大丈夫だ」


エヴァンさんに褒められて嬉しくなる。僕も少しずつフランス語が上達しているのかな。


「じゃあ、中に入ろうか」


僕の手を引いて連れて行ってくれるエヴァンさんを先頭にみんな並んで、門から玄関までの道を歩いていく。その時も綺麗な花や、その脇に置かれた動物さんたちの置き物に目が奪われる。入るまでにこんなに癒されるカフェなんだから、中はもっとすごいんだろうな。


扉を開けて中に入ると可愛らしいドアベルの音が響いた。


『いらっしゃいませ。お待ちしておりました』


『ああ、エミール。今日は大人数で押しかけたが、みんな楽しみにしているぞ』


『それはそれは……光栄にございます。あ、あの……こちらのお方は……』


『電話でも話していたが、彼が私の最愛の伴侶・ユヅルだ。どうだ、驚くほど可愛らしく美しいだろう?』


『ええ、本当に……。ですが、どこかでお会いしたような……』


『ああ、それはそうだろう。この子はアマネの息子だからな』


『えっ? アマネさまの? どおりで……このお優しい目の感じも、そっくりでいらっしゃる。この髪色はもしや……?』


『よくわかったな。ニコラと私にそっくりだろう?』


『ああ、なんということでしょう。まさか、ニコラさまとアマネさまの御子さまにお会いできる日が来ようとは……』


感慨深そうに僕を見つめて、うっすらと涙を潤ませているこのエミールさんはお父さんと母さんのことを知ってくれているんだな。母さんがフランスにいた時期はそんなに長くはなかったはずだけど、こんなにも覚えていてくれるなんて……息子としてこんなに嬉しいことはないな。


『エミール、感動してくれるのはありがたいが、そろそろ席に案内してもらってもいいか? 他の友人たちも待っているからな』


『ああ、失礼いたしました。今日は貸切にしてございますから、どうぞご自由にお寛ぎください』


そう言って案内された店内は、まるで友達の家に招待されたようなそんな温かみのある部屋だった。見るからに座り心地の良そうなソファーに吸い寄せられるように向かう。


「ユヅルたちはここでのんびりお菓子とショコラショーを楽しむといい。セルジュ、私たちはあちらに座ろう」


エヴァンさんにそう言われて。僕と理央くん、空良くん、秀吾さんが横並びで座り、その向かいに佳都さん、ミシェルさん、リュカが腰を下ろした。


『いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。今日のお菓子は事前に用意させていただいておりますので、飲み物だけお好きなものをお選びください』


滑らかなフランス語が流れていく。


僕の隣にいる理央くんや空良くんはポカーンとしてどうしていいかわからないみたい。うん、わかるよ。僕もこっちにきたばっかりの時はそうだったもん。


お菓子は決まってるから、飲み物を選んでって言ってるよね、多分。自信はないけど。


ちらっと秀吾さんを見ると、普通に頷いていたからきっと理解しているんだろう。さすがだな。


「みんな、飲み物を選んでって。ユヅルは何にする?」


ミシェルさんがそう言ってくれて、理央くんたちの顔に笑顔が溢れた。


「僕たちはショコラショー飲むんだ。弓弦くんが一緒に飲もうって言ってくれたの」


「そうか、じゃあ僕もショコラショーにしよう。リュカもケイトもそれでいい?」


「わっ! 僕も飲んでみたい!!」


「私もそれにします。久しぶりですね」


「じゃあ決まりね。ユヅル、注文お願い!」


秀吾さんやリュカ、ミシェルさんとフランス語が上手な人の前で注文するのは少し恥ずかしいけど、でも練習しないと上手くならないもんね。


「えっと…っ『sept chocolat chaud s'il ブプレ』


『おおっ! 可愛らしい。ショコラショーを7杯ですね。少々お待ちください』


わっ、やった! 今回は一度で通じたっ!!」


前にクリスマスマーケットで注文した時は聞き取ってもらえなかったんだよね。あの時は外だったから、周りの声で聞こえなかったのかも。注文できるって嬉しいな。


「弓弦くん! すごいね! 本物のフランス人みたいだったよ。ねぇ」


「うん。本当に上手だった!」


「ありがとう」


目を輝かせて褒めてくれる理央くんと空良にお礼を言って、そっとリュカに目をやるとリュカもまた笑顔で返してくれた。


僕がこんなにフランス語上手になれたのはリュカのおかげだよ。ありがとう。

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