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涙と甘いキス

目が覚めると、いつものようにエヴァンさんに抱きしめられていた。まだ少し起きるには早いみたいだけど、今日が結婚式だと思うと二度寝する気にはなれなかった。


ああ、それにしても昨日のクリスマスパーティーは楽しかったな。ツリーの下に置かれていたたくさんのプレゼントも、みんなで交換したプレゼントも、そして、サンタさんからのプレゼントもどれも素敵な思い出になった。それを見るたびにあの楽しかったクリスマスパーティーのことを……みんなと笑い合った時間を思い出すんだろうな。


母さんと二人で過ごしたクリスマス……小さい時は、自分のところにだけサンタさんが来ないのも、いつもと変わらない質素な食事も嫌でたまらなかった。


どうしてうちにはサンタさんが来ないの? そう言って母さんを困らせたこともあった。

それでも母さんはごめんねというだけで怒ったりはしなかった。


今ならわかる。あの時の母さんの気持ち。


今なら母さんがそばにいてくれるだけで幸せだよと言ってあげられるのに……。母さんを失ってから、そんなこと気づいても遅かったな。


笑い合えるだけで幸せだって、今ならちゃんとわかるのに……。


僕だけがこんなに楽しいクリスマスを過ごしたことが、母さんに申し訳なく思えて目に涙が溜まる。あんなに楽しい時間を過ごした後で、泣いてたら驚かせちゃうな。慌てて指で涙を拭おうとして布団から腕を出すと、しゃらっと不思議な感覚が肌を滑っていく。


見ると、昨日エヴァンさんにつけてもらったサンタさんからのブレスレット。


「うっ……ぐすっ……うっ、うっ……」


僕はサンタさんに贈り物をもらえるような良い子じゃないのに……そう思ったら、拭おうとしていた涙が一気に溢れ出てきて、止まらなくなってしまった。


「ユヅル? どうして泣いてるんだ?」


僕が突然泣き出したから、驚かせてしまったみたいだ。


「え、ゔぁ、んさん……っ、ご、めっ……」


起こしてしまったことを謝りたいのに、うまく話せない。


「ユヅル……結婚を、辞めたくなったか……? 私との、結婚が……泣くほど、嫌だったか?」


「えっ? ちが――っ」

「悪い、ユヅル……。ユヅルが嫌でも、もう手放せないんだ……。もう、私には……ユヅルなしの人生など、考えられない……。結婚式は中止でもいい、だが……離れるのだけは……」


「エヴァンさんっ!!」


「んんっ!!」


エヴァンさんに勘違いさせてしまったことを説明したかったけれど、うまく言えそうになくて必死で唇を重ね合わせた。エヴァンさんの言葉を止めたかったんだ。


しばらく重ねてからゆっくりと唇を離すと、エヴァンさんは目を丸くして僕を見つめていた。エヴァンさんにとっては訳がわからないだろうな。


「結婚が嫌で、泣いてたんじゃないんです……」


なんとかその言葉だけを絞り出すと、


「そう、なのか……?」


エヴァンさんの口から、ホッとしたような、小さな声が漏れた。


「昨日の、パーティーが楽しくて……そうしたら、母さんと過ごしていた時のクリスマスを思い出しちゃって……母さんなりに一生懸命楽しませようとしてくれていたのに、僕は気づくどころか、サンタさんが来ないって文句言ったりして……申し訳ないなって……思ってたら、これが目に入って……」


「ああ、ブレスレット……」


「はい。僕はサンタさんからプレゼントをもらえるような良い子じゃなかったのに……って思ったら、急に涙が出てきちゃって……」


「そうだったのか……」


「ごめんなさい、朝から驚かせて……」


嫌な朝の目覚めをさせてしまった。


「ユヅル……お前は良い子だよ」


優しい声をかけられ、ギュッと抱きしめられる。


「エヴァンさん……」


「アマネが自分の部屋に大切に保管していたものを覚えているか?」


「えっ? あっ、僕があげた折り紙とか……」


「そうだ。大好きなお母さん、いつもありがとう。ずっと仲良く暮らせますように。そう書かれたものがたくさんあったろう? アマネはそれを大切に持っていたんだ。アマネはユヅルとの日々を大切に思っていたのだと思うぞ。ユヅルが怒ったり、泣いたり、笑ったりしたのも全部、アマネにとっては幸せな時間だったんじゃないか?」


「エヴァンさん……」


「ユヅルが幸せに過ごすことを何よりも幸せだと感じていたアマネが、自分のことを思ってユヅルが泣いていると思ったら、どう感じるだろうな? アマネは泣き顔よりも笑顔を見せてと笑うんじゃないか?」


――ほら、弓弦。笑って……笑顔は人を幸せにしてくれる力があるの。お母さんは弓弦の笑顔が大好きよ。


僕が泣いた時、いつもそう言ってくれていた。


「え、ゔぁん、さん……ぼ、く……」


「わかったか? 私にもユヅルの可愛い笑顔を見せてくれないか?」


「えゔぁん、さん……っ」


僕は子どものように泣きながら、エヴァンさんに抱きついた。


「えゔぁんさん……っ、だ、いすきぃっ」


「ああ、私もユヅルが大好きだよ。絶対に離さないからな」


「はな、さないでぇ……っ」


エヴァンさんに抱きついて、泣いていたら僕は知らない間に眠ってしまっていた。


「あれ、これ……」


「ああ、起きたか?」


「エヴァンさん、これ……」


目の上に置かれていた冷たいタオル。


「ユヅルが泣いていただろう? 目が腫れないようにしておいたんだよ。今日は結婚式だからな」


「迷惑かけちゃってごめ――」

「謝らなくていい。ユヅルの世話ができるのは私にとって幸せだからな。それに涙を増やしてしまったのは、私が勘違いしたせいもあるのだからな」


「えっ?」


「ユヅルが泣いているのを見て、私と結婚したくなくて泣いていると勘違いしてしまったことだ。いつもなら、そんなこと思ったりしないが、どうやら私もユヅルとの待ちに待った結婚式で緊張していたようだ。だが、結婚の前にユヅルの思いを聞けてよかった。ユヅルからキスもしてもらえたしな」


「あっ……あれは、夢中で……」


「どんな理由でもユヅルからのキスは最高だよ。ユヅル、もう一度してくれないか?」


そう改めて言われてするのは少し恥ずかしい。でも朝からこんなに心配させちゃって、お世話もしてもらったんだもんね。


「じゃあ、目を瞑って……」


エヴァンさんは嬉しそうに目を瞑った。


いつ見てもかっこいい。目を瞑ってもこんなにかっこいいなんて、ほんとずるい。


僕はゆっくりと顔を近づけて唇を重ねた。それだけで終わるつもりだったのに、身体をギュッと抱きしめられて驚いた拍子に僕の口内に舌が滑り込んできた。甘いキスに蕩けそうになりながら、僕もエヴァンさんの舌に絡みついた。


「続きは今夜、たっぷりな」


ゆっくりと唇を離されながら耳元で囁かれ、一気に顔が熱くなる。


結婚式もドキドキだったのに、ああ、もう緊張が止まらなくなっちゃったな。


身支度を整え、ダイニングルームに連れて行ってもらうとパピーが出迎えてくれた。


『おはようございます。ユヅルさま。よくお眠りになりましたか?』


『おはよう、パピー。よく眠れたよ。ねぇ、これを見て!』


『まぁ、美しいブレスレットですね』


c'est un c(サンタさんからの)a deau du(クリスマス) père noël(プレゼントだよ)!』


『まぁまぁ! それは素敵ですね』


目を細めて嬉しそうに僕の話を聞いてくれる優しいパピー。

まだまだ拙い僕のフランス語だけど、こうやってパピーと話ができることが嬉しいんだ。


『パピーもサンタさん、見た? 優しい……えっと……』

「エヴァンさん、雰囲気ってフランス語でなんて言うんですか?」


「なんて伝えたいんだ?」


「えっと、昨日来てくれたサンタさんの優しい雰囲気がパピーに似てて安心したって……」


「――っ、そ、そうか。ちょっとユヅルにはまだ難しいかな」


そういうと、エヴァンさんは滑らかなフランス語でパピーに僕の言いたかったことを伝えてくれた。


Père Noël(サンタさん)』とか『Douce(優しい)』とか、そういう単語はなんとか聞き取れるけど、やっぱり自分の言いたいことを伝えるにはまだまだ勉強が必要だな。

パピーともっともっと話せるように頑張らないとな!


『Ce fut un hon(光栄です)neur』


「えっ? なんて言ったの?」


「Père Noëlに似ていると言われて光栄だって言ってるんだ」


「そうなんですね。本当によく似てましたよね。プレゼント貰った時に感じた匂いが違ったから、パピーじゃないってわかりましたけど……」


「ああ、そうだな」


そんな話をしていると、


「おはようございま〜す!」


と佳都さんがダイニングルームにやってきた。もちろん綾城さんも一緒だ。


「おはようございます、佳都さん。よく眠れました?」


「ありがとう。クリスマスパーティーが楽しすぎて眠れないかもって思ったけど、やっぱり疲れてたのかな。すぐにぐっすり寝ちゃった」


「そうなんですね。よかったです」


僕たちが話をしている間に、エヴァンさんは綾城さんと二人でお話中。昔からの付き合いだって言ってたし、やっぱり一番仲が良さそう。


「ねぇ、弓弦くん。アレ……ちゃんとまだ内緒にしてるよね?」


「アレって……ああっ! もちろんです! だって、結婚式を挙げた夜に着るんですよね?」


「そうそう。忘れないようにね」


「はい! ありがとうございます」


――エヴァンさんを僕がいっぱい喜ばせるから楽しみにしていてくださいね。


エヴァンさんにそう言っちゃったから、頑張らないとね!!


それからすぐに理央くんや秀吾さん、そしてミシェルさんとリュカが次々とパートナーさんと一緒に現れて、最後に空良くんと悠木さんが来て、全員がダイニングルームに揃った。


こんなに大勢で食べる朝食は初めてだ。


だから、今日のダイニングルームはいつもエヴァンさんと使う部屋と違って、ものすごく広い。


そこにたくさんの料理が並んでいるからまるでお店みたい。


「さぁ、全員揃ったことだし、そろそろ食事にしよう」


エヴァンさんの声かけでみんなが一斉にテーブルに近づいた。この家の主人の席は決まっているらしく、僕とエヴァンさんは悩むことはなかったけれど、誰かどこに座るってどうやって決めるんだろう。


ジャンケンとかしたりするのかな? なんて思ったけれど、意外とすんなりと決まっていて驚いた。ミシェルさんとリュカは僕たちから離れた場所に。すぐ近くには空良くんと悠木さん、そして理央くんと観月さんが座った。


「今日の結婚式の段取りでも話しながら朝食にしようか」


エヴァンさんのその言葉に納得した。ああ、そっか。なるほど。いろいろ話しておくことがありそうだもんね。


と言っても、打ち合わせするのはエヴァンさんと悠木さんと観月さんの3人。僕たちは美味しい食事を楽しみながら、今日の結婚式について漠然と楽しみだねという話で盛り上がってしまっていた。


「今日、結婚式をするお城までここからどれくらいかかるの?」


「確か、車で1時間くらいだってエヴァンさんが言ってたよ」


「そうなんだ! じゃあ、フランスの街も見られるね」


「うん。僕もこの辺以外はまだ行ったことがないから楽しみなんだ。途中で美味しいお菓子とショコラショーのお店があるからそこに寄っていってくれるんだよ」


「ショコラショー?」


「あっ、えっとホットチョコレートのことでね、甘くて美味しいんだ」


「えっ? チョコレートがあったかいの? えー、不思議。ねぇ、理央くん」


「うん。僕、チョコレートも最近知ったばかりだけど、冷たくて硬かったよ」


「僕も最初はびっくりしたけど、すごく美味しいんだよ!!」


二人は驚きながらも目を輝かせて楽しみにしてくれた。ああ、早く飲んでもらいたいな。僕の大好きなショコラショー。

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