涙が止まらない
そこからは、本当に宝探しでもしているかのように、どれにしようかと箱を選んでは中身を見て、驚き、喜びの歓声をあげ、また箱を開けていく。
いつの間にか僕の周りには、素晴らしいものたちで溢れかえっていた。
スニーカーの他にコートやマフラーや帽子といったフランスの寒い冬に使えそうな防寒具。
これからの勉強に書きやすそうなシャーペンや万年筆といった文房具。
一度は読んでみたいと思っていた世界の文学作品。
美味しそうなクッキーやチョコレートの詰め合わせ。
エヴァンさんとお揃いのマグカップやグラス、それにお箸やお茶碗なんてものもあった。
理央くんや空良くんには、大学で使うためのリュック。
佳都さんには最新式の調理器具。
秀吾さんには将臣さんとお揃いの時計。
ミシェルさんとリュカには日本の温泉の効能が入った入浴剤の詰め合わせや和食器なんてものも入っていて、みんな大喜びだった。
一つ一つに可愛いクリスマスカードが入っていて、みんなのお父さんやお母さんから愛情たっぷりの嬉しいメッセージも書かれていた。なんだか、みんなが一つの大きな家族になったようなそんな気分で僕はとっても嬉しかった。
だって、生まれてからずっと母さんと二人っきりで過ごしてきて、母さんが亡くなったあの瞬間、この世界に大切な人が誰一人いなくなって、この世にひとりぼっちだという絶望と恐怖を味わったんだ。そんな僕がエヴァンさんと出会い、セルジュさんを通してミシェルさんと友達になり、綾城さんを通して佳都さんと友達になり、そこから理央くんたち、そして家族の人たちと増えていった。
血は繋がっていないけど、パピーのことはもう本当のおじいちゃんのように思っているし、お屋敷で働いている人もみんな優しくて大好きだ。
この中に母さんとお父さんもいてくれたら……なんて思うけれど、二人はいつだって僕のそばで見守ってくれているはずだ。
僕には大好きな人がいっぱいいて、その中でも比べようがないくらいエヴァンさんが大好きで……もう毎日が幸せすぎて怖いくらい。
「ユヅル、ずっとニコニコしているな。プレゼント、嬉しかったか?」
「はい。こんなにたくさんプレゼントもらえたことももちろん嬉しかったですけど……でもなにより、こうやってみんなで楽しい時間を過ごせるのっていいなって。エヴァンさんがそばにいてくれて幸せを再確認してました」
「そうか……。ユヅルが私のそばにいて幸せだと思ってくれるのは私も嬉しい。こんなに楽しいクリスマスを過ごしたのは私も初めてだからな」
「そうなんですか? じゃあ、僕と一緒ですね。エヴァンさんの初めて、貰っちゃいましたね」
「――っ、ユヅルっ!」
チュッと唇にエヴァンさんの柔らかな唇の感触がする。
一瞬理央くんたちにみられてるかも……とよぎったけれど、それでもエヴァンさんとのキスは心地良くて抗えなかった。
唇が離れてさっと周りを見たけれど、みんなそれぞれの恋人しか見えていないみたい。そうか、やっぱりあんまり気にすることはないだな。
そう思うとふっと心が軽くなった気がした。
「ねぇ、今度は僕たちのプレゼント交換しよう!!」
佳都さんの声に
「わぁっ!」
と声が漏れる。
「しよう、しよう!!」
「僕のプレゼント、どれだろう? ねぇ、エヴァンさん、僕のはどこにある?」
「ああ、ジュールに持って来させよう。みんなのもジュールたちが用意しているから待っていてくれ」
エヴァンさんはパピーを呼んでプレゼントを用意してくれた。それぞれ大きな箱を渡され、それにはみんなへのプレゼントが詰まっている。
「あっちに座ってやろう!」
ミシェルさんの呼びかけで、暖かい暖炉のそばに円になって腰を下ろした。
エヴァンさんたちは僕たちの様子が見える位置に座って、おしゃべりを始めたみたい。
人にものを贈るなんてことも初めてで選ぶのは相当迷ったけれど、あの時もエヴァンさんが一緒に来て選ぶのを手伝ってくれたんだよね。あのデパートも楽しかったし、クリスマスマーケットも感動した。
寒いところで飲むショコラショーも、とろとろのラクレットも美味しかったな。理央くんたちもフランスにいる間に、もう一回クリスマスマーケットに行きたいな。クリスマスが終わっても年内はやっているといっていたからもしかしたら行けるかもしれないな。
ばちばちと薪が燃える暖かな暖炉のそばで、僕はそんなことを考えていた。
「誰からプレゼント渡す?」
その声に僕はドキドキしてしまう。
僕が選んだものを渡してどんな反応をしてくれるか見たい気もするけど、喜んでもらえるかどうかわからないからみんながどんなものを選んでくれたのかちょっと見てみたい。
でも、みんなこっちまで来てくれたんだし、ここは僕からって言うべき?
どうしよう……と思っていると、
「最初は緊張するでしょうから私から渡しましょうか」
にっこりと笑顔を浮かべながら、リュカが声をあげてくれた。
「これはケイト、リオ、ソラ、シュウゴ、ミシェル。そして、これはユヅルさま」
一人一人手渡しながら名前を呼んでくれるけど、やっぱり少し気になる。だって、僕たち友達なのに……。
「リュカ、ありがとう! でも、僕のこともみんなと同じように呼んでほしいな」
「ですが……」
「今日は僕の家庭教師じゃなくて、お友だちとのクリスマスパーティーだよ」
そういうと、リュカは
「わかりました。ユヅル」
と言って笑顔を見せてくれた。
「リュカさんからのプレゼントなんだろう?」
嬉しそうに理央くんが箱を眺めてる。
「じゃあ、みんなで開けてみよう」
佳都さんの声にみんなで包装紙を開けていく。
僕も緊張しながら、箱を開けると
「わぁっ!! 綺麗っ!!」
そこには、大広間の照明を受けキラキラと輝いている二つ並んだグラスがあった。
細長くて綺麗なグラス。これって前にパピーに教えてもらったことがある。
「リュカ……これって、シャンパングラス?」
「ええ。そうです。エヴァンさまとユヅルの名前を入れてますから、お二人で飲むのに最適かと」
「すごーいっ! 本当に名前が入ってる!!」
隣にいる理央くんのをみてみると、理央くんのは少しふっくらとしたワイングラス。
同じように名前が入ってる。
「あっ、リオがあんなにお酒が弱いと知らなくて、ワイングラスにしてしまったのだけど……」
「リュカさん! 僕、自分の名前が入ったこんな綺麗なグラス見たの初めて! ワインじゃなくても凌也さんとお揃いのグラスを使えるだけで嬉しいですよ! ありがとうございます!」
グラスに負けないくらいキラキラと目を輝かせていて、リュカも嬉しそうだ。
みんなそれぞれに似合いそうなグラスに名前が入れてあって、大喜びだった。
「じゃあ、次は僕……」
秀吾さんはみんなにプレゼントを手渡し始めた。
来年大学に入学するかもしれない理央くん、空良くんには色違いの時計。
社会人になる佳都さんにはネクタイピン。
リュカさんには紺色の、ミシェルさんには空色の綺麗な浴衣。
「そして、これは弓弦くんに……。気に入っても会えたら嬉しいんだけど……」
そう言って見せてくれたのは一枚のDVD。
「これ……?」
「もしかしたらもう知ってるかもしれないけど……ちょっと待ってて」
秀吾さんは突然、その場から離れパピーのところに向かった。そしてしばらく話をすると、パピーにあのDVDを渡して戻ってきた。
「あの、秀吾さん……」
「今、再生してもらうからちょっと待っててね」
秀吾さんの笑顔にそれ以上聞くことができなくて、そのまま待っているとふっと大広間の明かりが落とされ、ツリーの横に大きなスクリーンが降りてきた。
パッとと光が灯り、映し出された映像を見て僕は息を呑んだ。
「――っ、あ、あれ……もしかして、母さん?」
「そうだよ。よくわかったね」
僕の知ってる母さんとは随分と若いけれど、でもあの音色を聞いたら絶対にわかる。あれは母さんのヴァイオリンの音色だ。
「あれ? あの人……。」
「あの人は、ニコラ・ロレーヌ。弓弦くんのお父さんだよ」
「――っ!! あの人が……お父さん……。初めて弾いているところを見た」
力強くどっしりとしていて、それでいて優しい。そんな音がする。
「やぁ、懐かしいな。シュウゴ、この映像はどこからだ?」
いつの間にかエヴァンさんが僕の隣に来てくれて、ピッタリと寄り添ってくれている。僕は突然のお父さんと母さんの姿に、目に涙が溜まってきて何も話せそうにない。
「これはお二人が出会った、パリ国際ヴァイオリンコンクールの映像です。あの時、優勝した天音さんは審査委員長だったニコラ・ロレーヌと表彰式の後でコラボ演奏をしたんですよ」
「それは知らなかったな」
「ええ、知らなくて当然です。その時には全ての媒体は帰った後でしたからね。この映像は私の母が撮ったものなんですよ」
「君の母君が?」
「はい。友人を訪ねてフランスに行っていた時に、その友人に誘われてこのコンクールを観にいっていたんです。天音さんの演奏に感動した母はしばらく立ち上がることができず、席で放心していたら、ニコラ・ロレーヌが天音さんに演奏を持ちかけて、突然素晴らしい演奏会が始まったんです。母はもう無我夢中でビデオを回したと言っていました。まさか、その息子さんと知り合えるとは思ってなかったんですけど、先日母に弓弦くんとロレーヌさんの話をしたら、このビデオを出してくれて……それで、DVDにしてもらったんです」
「そうか……まさか、そんな縁があったとはな……」
映像の中の母さんとお父さん、すごく幸せそうだ。この時から二人は思い合っていたんだろうか……。
まさかクリスマスにこんな素敵な映像を見られるなんて思ってもみなかった。
「しゅう、ごさん……あ、りがとう」
嬉しすぎてお礼を言うのがやっとだったけれど、秀吾さんは
「観なきゃいけない人に観せることができて僕の方こそありがとうだよ」
と優しく言ってくれた。