楽しい演奏会
理央くんたち全員が中に入るまで真っ暗な舞台の上でじっと息を潜めて待つ。
真っ暗な部屋に理央くんの怯えた声がほのかに聞こえる中、ミシェルさんの合図でリュカがパッと舞台に照明をつけた。
「理央くん!」 「空良くん!」
「「「「「合格おめでとう!!!!!」」」」」
声を合わせて、おめでとうの言葉を送り、佳都さんの伴奏で演奏が始まる。
「わぁーっ!!」
理央くんと空良くんの感嘆の声が聞こえる中、まずは一曲目の
『Vive le ve nt!』
これ知ってる! と目を輝かせながら演奏を聴いてくれるのがとっても嬉しい。
こうやって嬉しそうに聴いてくれる人の前で弾くのって本当に気持ちがいいな。
そういえば、このサンタさんの格好はエヴァンさんは喜んでくれているかな?
弾きながらエヴァンさんの方に視線を送ると、スマホを片手に真剣に演奏を聴いてくれているのが見える。
僕の視線に気がついたのか、にこりと笑顔を向けてくれるのが見えてたまらなく嬉しい。
それがヴァイオリンの音に乗ってしまったようで、妙に浮かれたVive le ventになってしまった。
続けてそのまま二曲目、『Douce nuit, sainte nuit』の演奏を始めると、ヴァイオリンとピアノの音色の中に、滑らかで美しいフランス語が耳に入ってきた。
「あっ!」
リュカが舞台の端で口ずさんでいるのが見えて、僕はすぐに隣にいるミシェルさんに視線を送った。
ミシェルさんはリュカの姿を捉えると、演奏しながらリュカの元へ移動し何やら声をかけている。すると、リュカは横からマイクを取り出しそれを持って歌い始めた。
僕たちの演奏とリュカの美しい歌声がものすごく綺麗に調和していて、うっとりしてしまう。しっとりとしたリュカの声に合わせるように僕の音色もしっとりとした深みの音を奏でているように思えた。
このまま曲は三曲目の『Le Petit Renne au nez rouge』に入った。
さっきのしっとりとした曲調とは違って、ヴァイオリンを弾きながら踊ってしまいそうな楽しい曲だ。
リュカも楽しそうに歌ってくれている。
視線を送れば理央くんも空良くんも、口が動いているのが見える。
ああ、一緒に口ずさんでくれているんだ。そう思うだけでさらに楽しい気分で弾くことができた。
あっという間に三曲の演奏を終えて、ヴァイオリンの音色がふっと止んだ瞬間、
『Bravo !』
「ブラボー!」
「素敵ーーっ!」
という称賛の声とものすごい拍手に包まれた。
こんなにもたくさんの人に心から喜んでもらえる演奏ができたなんて!!! 僕はあまりの嬉しさに涙をこぼしてしまっていた。
「ユヅルっ!!」
僕の涙にいち早く気づいたエヴァンさんが客席から飛び込んでくる。
「エヴァンさんっ、僕……嬉しくて!!」
「ああ、わかってるよ。本当に素晴らしい演奏だった」
僕たちが舞台上で抱き合っていると、いつの間にか客席にいた人たちがみんな舞台に上がってきていて、それぞれの恋人と抱き合っている。
そっか。それくらいみんな感動してくれたんだな。嬉しい。
「あー、それで、ユヅル」
「ん?」
「その、衣装なんだが……」
嬉しそうにしながらもなんとなく、エヴァンさんのジャケットで隠されている気がするんだけど……。
「せっかくの演奏会だからサンタさんの格好しようって佳都さんが日本から持ってきてくれたんですよ。似合ってない、ですか……?」
それだったら、残念だな……。エヴァンさんに一番に似合ってるって言ってもらいたかったのに。
「違う! 似合いすぎて困ってるんだ」
「えっ?」
思いがけない返事に驚いてエヴァンさんを見ると、
「ユヅルが可愛すぎてたまらなく興奮してしまったよ。誰にも見せたくないくらいにな。だから二人になろうか」
とギュッと抱きしめながら耳元で囁かれた。
「みんな、素晴らしい演奏と歌を披露してくれた伴侶にお礼を言いたいだろう? それぞれしばらく部屋で過ごすといい。私たちもしばらく失礼する」
エヴァンさんは声高らかに宣言すると、すぐに僕を抱き上げ舞台を下り、スタスタと演奏室を出て行った。
後ろから秀吾さんも、そして他の人たちも抱き上げられて演奏室から出てくるのをエヴァンさん越しに見ながら、僕は自分たちの部屋へ連れて行かれた。
そして、そのまま甘い時間が始まった。
いつもはエヴァンさんにしてもらっているばかりだけど、今日はエヴァンさんを気持ちよくできたような気がする。
それが嬉しくて僕はそのままエヴァンさんにもたれかかっていた。
『Tu es l’amour de ma vie 』
耳元で滑らかなフランス語が聞こえる。エヴァンさんが大好きな僕の言葉。
エヴァンさんがこれを囁くときは僕に言ってほしいとき。
辿々しいフランス語の僕の言葉が可愛いと言ってくれた時から比べると発音も上手になったけど、相変わらずねだってきてくれるのが嬉しい。
『Tu es ラムール de マ ヴィ』
息を落ち着けながらそういうと、エヴァンさんは満面の笑みで僕にキスをした。
しばらくして、エヴァンさんの選んでくれた服に着替え終わると、エヴァンさんはパピーを部屋に呼んだ。
フランス語でなにやら話をしている。滑らかすぎて全部は理解できないけど、みんながなにをしているのかを尋ねているみたいだ。
「ユヅル、ミヅキとリオ、ユウキとソラがコンサバトリーでお茶をしているようだぞ。行ってみるか?」
コンサバトリーは大きな窓に囲まれていて、寒い冬でも外の景色を楽しみながらお茶をすることができるこのお屋敷の中でも僕が気に入っている場所だ。
温室みたいに暖かいから、お花もいっぱい咲いていて部屋中にいい香りが漂っているのも僕は好きなんだよね。
「わぁ! 行きたい!!」
「じゃあ、行こうか」
エヴァンさんは僕を抱きかかえた。
「あっ、自分で歩けますよ」
「階段で転んだら大変だからな」
正直さっきので少し足が疲れていたから抱っこされて助かるけれど、みんなのところに行くのに抱きかかえられてるのってどうなの?
「でも……理央くんたちに変に思われないかな?」
「ははっ。そんなことを気にしていたのか。心配することはない」
エヴァンさんにそうキッパリ言われるとそれもそうかと思ってしまう。
パピーに案内されて、コンサバトリーに行くと空良くんと理央くんはお菓子を食べながら楽しそうに話をしているのが見えた。その隣で観月さんたちも楽しそうに話をしている。ああ、やっぱり仲良いんだな。
「理央くん!、空良くん!」
「あっ、弓弦くん!!」
二人がさっと駆け出して僕たちの元にやってくる。本当にこの二人、双子みたいで可愛いな。
「休憩終わったの?」
「えっ、あ……うん。ごめんね、待たせちゃって」
休憩って言われて恥ずかしくなるけど、なにをしていたかまではわからないよね? 多分……。
「いいよ。それよりも弓弦くんたちのヴァイオリン、すっごく上手だった!! ねぇ、理央くん」
「うん。僕も聞いたことある曲ばっかりですっごく楽しかったよ」
「本当? よかった。もう、間違えないか緊張しちゃった」
「ええー、緊張してるようには全然見えなかったよ。弓弦くんがすっごく楽しそうに弾いてたから僕もすごく楽しかったし」
―弓弦、ヴァイオリンはね……自分の感情が素直に出るものなの。誰かを思いながら弾けばその思いは必ず相手に届く。そういう不思議な楽器なのよ。
母さんの言葉が頭の中に甦ってくる。やっぱりヴァイオリンって楽しいな。
「弓弦、椅子に座ってゆっくり話したらいい。ジュールに飲み物と新しいお菓子を持って来させよう」
「あっ、ありがとう。エヴァンさん」
ずっと抱きかかえられたまま、理央くんたちとおしゃべりしちゃってた。エヴァンさんも観月さんたちとおしゃべりしたいよね。
エヴァンさんは僕を椅子に座らせると、観月さんたちのいる隣のテーブルに向かった。
それを見送りながら、
「ねぇ、二人でなんのお話してたの?」
と尋ねると二人は嬉しそうに笑って教えてくれた。