素敵な挨拶
『Bonjour ! Yuzuru』
僕とエヴァンさんが朝食を食べ終わり談笑していると、ミシェルさんがセルジュさんと一緒に部屋に入ってきた。そのはしゃいだ声に今日をすごく楽しみにしてたんだとわかる。だって、僕もそうだもん。
『Bonjour! Michelle』
そうそう、ミシェルさんもフランス語だと呼び捨てなんだよね。ようやく最近慣れてきたけど、それでも年上の人に呼び捨てはまだちょっとドキドキしちゃう。でも僕がミシェルって呼ぶと喜んでくれるんだよね。
「ねぇ、食事終わったんだったら、少し早いけど出かけようよ」
「えっ、でも到着は午後二時だからまだ早いですよ」
「うん。だけど、みんなで食べるお菓子とか買いに行きたいなって」
「あっ、それ楽しそう!」
行ってみたいなと期待を込めて、隣にいるエヴァンさんを見つめると
「仕方ないな。じゃあ、出かける用意するから三十分後でいいか?」
と言ってくれた。
「わぁ、エヴァンさん大好き!」
「そういう時はここだよ」
唇をトントンと指で叩かれる。
もう条件反射のようにエヴァンさんの首に手を回し、チュッとキスをするとエヴァンさんは嬉しそうに笑っていた。
「いい子だ。それじゃあ出かける用意をしようか。セルジュ、車の準備を頼むぞ」
「承知しました」
「じゃあ、ユヅル。後でね」
ミシェルさんは僕に手を振りながら、セルジュさんと部屋を出て行った。
「今日は少し寒いだろうから、暖かい格好にしよう」
エヴァンさんは僕をクローゼットの前に連れて行くと、楽しそうに洋服を選び始めた。
「ユヅル、これにしようか」
そう言って差し出されたのは、長袖の白シャツに柔らかな手触りの淡いグリーンのセーター。それに白いパンツ。
さっとそれに着替えると、
「ああ、いいな。よく似合ってる」
とエヴァンさんはご満悦だ。僕はエヴァンさんが選んでくれた服を着られるだけで嬉しいし、幸せだ。
「あとはこれを……」
首に巻いてくれたのはこれまた肌触りのいいグレーのマフラー。ふわりとエヴァンさんの匂いがする。
「いい匂い。これ、エヴァンさんの?」
「ああ。ユヅルがつけているだけで嬉しいからな」
エヴァンさんはそういうと、自分も着替え始めた。ほんのりと似ている格好。これもいつものことだ。全くお揃いではないけど、こういうふうに似ている格好をするのは楽しい。
「どうだ?」
「うん。よく似合ってます」
「そうか、ならよかった。じゃあ、行こうか……とその前に、ユヅル。約束してくれ。決して私の手を離さないように。私のそばから離れないように。いいか?」
「はい。わかりました」
「よし、いい子だ」
エヴァンさんと一緒に手を繋いで玄関に向かうと、
「わっ!」
ミシェルさんとセルジュさんがチューをしているのをみてしまって思わず声を上げてしまった。
「出かける前にはするものだろう?」
「あ、そうですね」
そう言いつつも、やっぱり人のキスシーンを見るのはドキドキしてしまう。
「ユヅル……」
顎をくいと持ち上げられて、エヴァンさんの柔らかな唇が重なってくる。うん、やっぱりエヴァンさんとのキス……好きだな。
「ユヅルーっ、行こう!」
嬉しそうなミシェルさんの声に僕も浮かれながら、一緒に車に乗り込んだ。四人で乗った車の中ではもうずっとミシェルさんが喋りっぱなしで、よっぽど佳都さんたちが来るのが楽しみなんだなと思わず笑ってしまった。
ミシェルさんの案内でいくつかのケーキ屋さんを周り、マカロンやクッキー、それに美味しそうなケーキを選んであっという間にお昼を迎えた。
「セルジュ、どこかで食事にしよう」
「はい。エヴァンさま、リクエストはございますか?」
「そうだな……ユヅル。何か食べたいものはあるか?」
「えっと……」
こういう時、なんでいいって言っちゃいけないってエヴァンさんに言われてるからな。
ああ、そうだ!
「僕、スパゲティーが食べたいです」
「す、ぱ、げてぃー? ユヅル、なにそれ?」
僕の言葉にミシェルさんがきょとんとして、尋ねてくる。えっ、スパゲティーって……あ、そっか。フランス語だとなんていうんだろう?
「『pâtes 』のことだよ、ミシェル」
「ああ、なるほど! いいね。それ、食べに行こうよ」
セルジュさんがさっとミシェルさんに教えてあげると、すぐに賛同してくれた。
「なら、あの店だな」
エヴァンさんがそういうと、すぐにセルジュさんがどこかに電話をかけ始めどうやら予約が取れたらしい。
どんな店なんだろう。ウキウキする。
到着したお店は僕が想像していたような町の洋食屋さんとは違ってなんだか……凄そうなお店。緊張しちゃいそうだな。
「ユヅル、行こうか」
ドキドキするけど、エヴァンさんに手を繋いでもらえるだけでホッとする。店に入るとすぐに黒服の人がやってきて、僕たち四人をすぐに個室に案内してくれた。
「個室の方がゆっくり食事を楽しめるだろう? ユヅル、どれにする?」
メニューを見せてもらったけれど、日本のように写真はついていないみたい。当然だけど全部フランス語だし。
「エヴァンさんのおすすめのがいいです」
エヴァンさんは嬉しそうに料理を選び注文してくれた。
『Merci de vousavoir pati enté.』
目の前に置かれたのは、蟹のスパゲティー。匂いからして美味しそうだ。
エヴァンさんたちの前には、焼きたてのパン(フォカッチャというらしい)と生ハムのサラダ、それに可愛い形のスパゲティーみたいなのも置かれていた。
「これは何?」
「これはラビオリだよ。中にチーズとほうれん草が入ってるんだ」
「へぇー、美味しそう!」
エヴァンさんはいつものように僕にいろんな種類のものを食べさせてくれる。僕はあーんと口を開けているだけだ。
見れば、ミシェルさんも同じようにセルジュさんに食べさせてもらっている。やっぱりこれが普通なんだな。
どれもこれも美味しくてびっくりしながら、あっという間にテーブルの料理が空っぽになった。
デザートも食べていいと言われたけれど、佳都さんたちと会ったら、さっきのデザートも食べるんだし……と考えてやめにした。
でもここのデザート美味しそうだったなって呟いたら、エヴァンさんがまた来ようと言ってくれた。やっぱりエヴァンさん、優しいな。
あっという間に空港に迎えに行く時間になり、車に乗り込んで空港へ向かうと
「お待ちしておりました」
と突然リュカさんとジョルジュさんが現れた。
元々一緒に迎えにくる予定だったんだって。
六人で揃って到着口に向かうと、まだ飛行機は来ていないらしい。ああ、何だか緊張してきちゃった。
まだかな、まだかなと思っていると、突然ミシェルさんが大きな声で
「ケイトーーっ!!」
と声を上げた。
その声に佳都さんたちが一斉にこっちを向いた。と同時になぜかエヴァンさんが僕の右横にさっと移動して、僕を大きな身体で包み込んだ。
「どうしたんですか?」
「いや、気にしないでいい。ほら、みんながこっちに走り寄ってきてるぞ」
不思議に思いながらも、もう僕の目には佳都さんたちの姿を捉えるので必死だ。
ずっとテレビ電話で見てたみんなが目の前にいる。それだけでどんどんテンションが上がってくる。ミシェルさんに手を取られ、一緒にみんなの前に出た。
「ユヅル、せーのっ」
「「ようこそ! フランスに!!」」
ミシェルさんの掛け声に合わせるように、みんなを出迎えると一際可愛らしい子が嬉しそうに微笑むのが見えた。
ああ、あれば理央くんだ。同じ年だって聞いてたけど、随分と可愛い子だな。高校入学したてだって言ってもバレないかもね。
「弓弦くん、久しぶりだね。なんかすごく元気になってる」
「佳都さんと会った時から結構体重増えてるかも。怖くて見てないけど」
「えー、全然太ってないよ」
「本当? なら、よかった」
「ミシェルさん、すっごく綺麗!」
「ありがとう、いつもセルジュに愛されてるからかな」
「えっ――っ」
ミシェルさんの言葉に一気に顔を赤くする理央くんと空良くん。やっぱりこの子達可愛いな。同じ年とは思えない。
みんなと会話を楽しんでいると、
「ユヅル、楽しんでいるところ悪いが、屋敷でゆっくりしよう。みんなも疲れているだろう」
とエヴァンさんが後ろから僕を包み込みながら囁いてきた。
その声に少しドキドキしながら、言われた通り駐車場へ向かうとそこには僕がフランスに来た時に用意されていた車と同じものが三台並べられていた。
「わぁーっ! すごい大きな車!!」
空良くんは目を丸くして声をあげ、理央くんはただただ驚いた様子で見つめていた。
それぞれ分かれて車に乗り、僕とエヴァンさんの車には理央くんと観月さん、そして、ジョルジュさんが乗り込んだ。そのほか、セルジュさんとミシェルさんの車には周防さんと秀吾さん。そして、最後の一台には空良くんと悠木さん、佳都さんと綾城さん、そしてリュカさんが乗り込んだ。
僕たちの車を先頭に車は動き始めた。
「理央くん、こっちに来て。窓の外が見えるよ」
大きな車にキョロキョロと辺りを見回していた理央くんに声をかけると、観月さんから行っておいでと言われて、嬉しそうに僕の隣に来てくれた。
「わぁー、すごいっ! 本当に絵本の世界みたい!」
「だよね。僕も初めてみた時そう思ったよ。ほら、見て! あれがエッフェル塔。あっちが凱旋門だよ」
「エッフェル塔! 聞いたことある! 凱旋門も! すごい、本物だ!」
窓の外を見て興奮している理央くんを見ていると、数ヶ月前の自分を思い出す。ああ、やっぱりこういうの楽しいな。
「ねぇねぇ、弓弦くん。なんか車が島に入っていくよ!」
「そう、びっくりでしょ? この島の中に僕たちが住んでいるお家があるんだよ」
「へぇー、すごいなぁ」
理央くん、すごいばっかりだ。やっぱりこういうところも僕と似てるなぁ。
「えっ――!!!」
「んっ? どうしたの?」
「こ、これ……全部、お家?」
「ああ、そっか。うん、そうだよ。びっくりだよね。僕も初めて見た時驚いたもん」
目をまんまるにして驚いている理央くんが可愛いなと思って見ていると、後ろから何か視線を感じた。ふっと後ろを向くと、観月さんもまた理央くんを嬉しそうに見つめているのが見えた。理央くん、愛されてるなぁ。
エヴァンさんにエスコートされて車から降りると、佳都さんたちの乗った他の車も次々に入ってくるのが見える。
みんなが車から降りるのを待っていると、
「弓弦くんたちの家、凄すぎなんだけど!」
と佳都さんが興奮したように車から飛び出してきた。
「目の前がセーヌ河なんて素敵だね」
「庭も広いし、いっぱい遊べるね」
秀吾さんも空良くんも僕が気に入っているところを褒めてくれる。
「後でお庭散歩しよう」
そう誘うとみんな嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「さぁ、寒いから早く中に入ろうか」
エヴァンさんの声にセルジュさんが玄関を開けると、パピーがお出迎えしてくれた。
「ようこそ、おこし、くださいました。しつじの、じゅーるで、ございます」
にこやかな笑顔で挨拶してくれたのは……日本語?
『えっ! パピー! 日本語、どうしたの?』
『旦那さまにお教えいただいたのですよ』
エヴァンさんが? 驚いてエヴァンさんを見るとニコニコ笑っている。そうか、僕たちを驚かせるためにパピーが頑張ってくれたんだ! すっごく嬉しい!!
パピーの優しさに喜んでいると、今度は僕の後ろから「よーし、僕たちも!」と可愛い声が聞こえてきた。
『ぼんじゅーる、ぱぴー』
『あんしゃんて!』
『じゅ、しー、うーるーどぅぶ、らんこんとれ!』
なんと、理央くん、空良くん、佳都さんが三人でお返しと言わんばかりにパピーにフランス語で挨拶してくれたんだ。
そのあまりの可愛さに、パピーはその場に膝から崩れ落ちそうになったのをサッとジョルジュさんが抱き留めていた。




