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秘密のミッション

エヴァンさんの熱を唇で感じていると、ゆっくりと唇が離れていく。いつもなら、もっと中まで激しく味わってくれるのに……。


名残惜しく思っていると、その考えを見透かしたのか、


「続きは部屋に戻ってからだ」


と僕の唇に指で優しく触れた。

そう言われて、ここが僕たちの部屋じゃなかったことを思い出した。


下にはリュカやパピーもいるっていうのに僕ったら……恥ずかしすぎる。

恥ずかしさを隠すように頷くと、エヴァンさんはそろそろ下りようかと僕を連れて扉を開けた。


開けた瞬間、遥かなたに地面が見えるような気がして怖くなってきた。上がってきた時はなんとも思わなかったのに、窓からエヴァンさんを見ても怖いとは思わなかったのに、どうしてこんなに怖く感じるんだろう。


「エヴァンさん、僕……怖い」


正直に告げると、下からリュカが


「大丈夫ですよ」


と手を伸ばしながら優しく声をかけてくれる。でも、どうしても怖くて足が動かないんだ。


でも下りなきゃどうすることもできないのに……。

どうしたらいいんだろうと思っていると、


「ユヅル、目を瞑っていろ」


とエヴァンさんの声が聞こえた。


目を瞑ってどうするのかわからないけど、エヴァンさんの言うことに間違いはない。言われた通り、ギュッと目を瞑ると身体がふわりと浮き上がった。そして、そのまま風を感じながらトンっと軽い衝撃を感じた。


「ユヅル、もう大丈夫だぞ」


という声に恐る恐る目を開けると優しいエヴァンさんの笑顔と共にリュカやパピーの顔も近くに見える。

すぐ下に地面があるのを見て、びっくりした。


もしかして、飛び降りた? あそこから? 僕を抱えたまま? うそでしょ? でも僕がここにいるのは紛れもない事実だし……。


僕だって50キロ近くはあるのに……。多分。


改めてエヴァンさんの身体能力の凄さに驚かされる。すごいな、本当にかっこいい。



そのまま抱きかかえられてお屋敷に戻ると、


「あっ、ユヅル。ただいま。お散歩に行ってたの?」


とミシェルさんに声をかけられた。


「ミシェルさん、おかえりなさい。お庭にある……えっとなんだっけ……ああ、『ばーず、すくれーと』に連れて行ってもらってたんです」


『ばーず、すく――ああ、Base secrète. って、そんなのがあるの?』


驚くミシェルさんの隣で、セルジュさんが


「ミシェル、庭にあるエヴァンさまのツリーハウスのことだよ」


と教えてあげると、


「ああ、あのツリーハウス!!」


と嬉しそうに笑っていた。


「知ってるんですか?」


「うん、入ったことはないけど、可愛いなと思ってた」


そうなんだ。入ったことがないのなら、一緒に入りたいけど……さっき下りられなくて怖い思いしたばっかりだし……。


どうかなと思って、エヴァンさんを見上げたら


「ユヅル、ダメだぞ」


と真剣な目で言われてしまった。


エヴァンさんは基本的に僕の願いならなんでも聞いてくれるけど、ダメだという時は本当に僕のことを心配してくれているからだってわかってるから、僕は素直に聞くことにした。


「はい。わかりました」


「ユヅルはいい子だな」


「ごめんなさい、ミシェルさん。僕だけ中に入っちゃって……」


「ああ。いいの、いいの。気にしないで。エヴァンさんの大事なツリーハウスだからね。大丈夫、ちゃんとわかってるから」


そう優しく言ってくれるミシェルさんにホッとしていると、


「それよりも、ケイトからのメッセージみた?」


と嬉しそうに尋ねられた。


「えっ? メッセージ?」


そういえば勉強中は見てなかったし、そのままエヴァンさんとお庭に行ってたから何も見てなかったな。


ミシェルさんは僕を抱きかかえたままのエヴァンさんに流れるようなフランス語で話しかけると、エヴァンさんは笑顔で頷き


「ミシェルが話がしたいそうだよ」


と言って僕をゆっくりと腕から下ろした。


「ユヅル、ちょっとこっちにきて」


僕の手を取ると、部屋の隅にある二人がけのソファに腰を下ろした。

そして、僕にスマホの画面を見せると、<秘密のミッション>というタイトルが見えた。


「秘密のミッションってなんだろう?」


「僕も何事かと思ったんだけどね。ほら、リオとソラが何かすごいテストに合格してたって言ってたでしょ?」


「ああ、はい。高校卒業認定試験、だったかな?」


「そう、それ。そのお祝いをこっちにきた時にサプライズでしてあげようって」


「ああっ! それ、いいかも」


「だよね。さすが、ケイト。楽しいこと考えるよね」


「で、サプライズってどんなことするの?」


「それがね…………だって」


「わぁーっ!! それいいっ!! 楽しそうっ!!!」


「じゃあ、その予定でこっちも計画しようよ」


クリスマスにお友達に見守られながら、エヴァンさんと結婚式を挙げられるだけでも楽しみなのに、他にもどんどん楽しいことが膨らんでいく。これまでのクリスマスがいっぺんに来ちゃうみたいだ!!


ああ、クリスマスが楽しみでたまらないな。



「じゃあ、みんなには内緒だからね」


「うん、わかった。すっごく楽しみ!」


こういうの計画するのって、本当友達って感じがして楽しい。あっちでは、文化祭とか僕以外の人たちで盛り上がってたもんな。いつも僕は蚊帳の外だったっけ……。


「ユヅル、どうしたの?」


「ううん、なんでもないです。クリスマス……楽しみですね」


「うん、ここ最近、クリスマスにはセルジュと海外に行っていたから僕も久しぶりにフランスで過ごすんだよ」


「へぇー、そうなんですか。どこに行ったことあるんですか?」


「そうだなぁ……南の島が多いかな。フランスの冬は寒いから……」


「わぁーっ、素敵っ!」


きゃっきゃと話をしていると、


「なんだ? 相談は終わったのか?」


とエヴァンさんとセルジュさんが僕たちのそばにやってきた。


「ミシェルさんが南の島に行ったことがあるって……」


「ああ、その話か。ユヅルも行きたいなら連れて行くぞ」


サラリとそう言ってくれるエヴァンさんに驚いて、


「本当ですか?」


と聞き返すと、


「ああ、もちろん。南太平洋に我がロレーヌ家所有の島があるんだ。だから、いつでも行けるよ」


と笑顔で教えてくれた。


島を持ってるなんて……なんかもう異次元すぎて理解ができなくなってきちゃった。

茫然としていると、


「ユヅル、どうしたんだ?」


と心配そうに声をかけられる。


「島を持ってるなんて、びっくりしちゃって……」


「ああ、そんなことか。別に大したことはないよ。それよりもユヅルは泳げるのか?」


「あ、えっと海で泳いだことはないですけど……学校のプールでは泳げてました」


「学校に、プール?」


「はい。だいたい小学校や中学校には学校に一つプールがついてました」


「さすが島国だな。じゃあ、今度は南の島にでも遊びに行くか。暖かくて過ごしやすいぞ」


「わぁーっ! 嬉しいですっ!!」


日本のあの田舎に住んでいた僕が、今はフランスにいて、今度は南の島にも行けるなんて……。

毎日が楽しすぎておかしくなりそう。



ミシェルさんたちと別れ、部屋に戻るとすぐにエヴァンさんからのキスがきた。


「んんっ……んぅ……っ」


甘く柔らかなキスにすぐに力が抜けてしまう。


ゆっくりと唇が離され


「あの時の続きをしようか?」


と耳元で囁かれる。

その声にゾクゾクと身体を震わせながら頷くと、エヴァンさんは嬉しそうに笑って僕を寝室に連れて行った。


ほぼ毎日同じようなことを繰り返しているけれど、慣れるどころか、毎回おかしくなりそうなほど気持ちが良くていつも立っていられなくなる。いつかは意識を無くさずにいられたら……なんて、それが僕の目標だ。



ベッドで食事を摂り、歯磨きも何もかもお世話をしてもらっているうちにまた眠くなってきた。

お腹いっぱいになって眠くなるなんて、本当に子どもみたいだから必死に起きようとしていたんだけど


「ユヅル……そろそろ寝ようか」


と優しく声をかけられる。


「でも……もう少しエヴァンさんと話していたい……」


「かわいいな。じゃあ、私が物語でも話そうか」


「母さんみたいです。子どもの時はいつも絵本を読み聞かせしてくれて……懐かしいな」


「じゃあ、ユヅル。目を瞑って……私の声だけ耳を澄ませるんだ」


その言葉に僕はスーッと目を閉じた。


エヴァンさんの優しいフランス語が聞こえてくる。


Il était(昔々、あ) une fois(るところに)……ひとりの、青年がいました……。彼の名は、エヴァン・ロレーヌ。彼はお金も身分も何もかも手にしていましたが、ただ一つだけ持っていないものがありました。それは愛しい人。けれど遠く離れた国で彼はようやく本当の愛を手に入れたのです』


ああ、ずっと聞いていたいのに……。我慢できないな。


僕はエヴァンさんの滑らかで美しいフランス語を聴きながら、眠ってしまっていた。


ふと目を覚ますと、いつも抱きしめてくれているはずのエヴァンさんの姿がない。

ベッドもエヴァンさんがいた場所は冷たくなっていて、もう離れて時間が経ってしまっているんだとわかった。


エヴァンさん……どこに行ったんだろう……。目を覚ました時にエヴァンさんがいないのがこんなに寂しいとは思わなかった。心にぽっかりと穴が空いてしまったような気持ちになって気づけば僕の目から涙がこぼれ落ちてしまっていた。

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