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僕が癒しになるのなら

「何? リュカ、教えてよー」


「ふふっ。ユヅルさま、日本語に戻っていらっしゃいますよ」


『あっ、間違いした(・・・・・)


『間違えた、ですね』


『そっか、間違えた』


『お上手です。総帥は、ユヅルさまのことを、愛して、いらっしゃるでしょう?』


『えっ? 何、急に……でも、うん。愛してるって、毎日言ってくれる』


『でしょうね。総帥は、ユヅルさまの全ての愛情を欲しがっていらっしゃいますから、ユヅルさまが他の方に可愛いと好意を向けられることに嫉妬してしまうのですよ』


『うーん、リュカ。難しすぎて、わからない』


急に滑らかなフランス語になってしまって、ついていけない。少し話せるようになったとはいえ、まだまだそこのレベルにまでは達していないんだもん。


パピーを見ると、リュカの言葉にものすごく頷いているからすごく納得してる理由を話しているんだと思うけど……ああ、まだまだ勉強が足りないな。


「ユヅルさまの可愛いという言葉さえ、総帥は全て独占したいと思っていらっしゃるのですよ」


「可愛いを、独占? まさか」


「ユヅルさまは、総帥が他の方を見て、可愛いと言ってらっしゃったらどう思います?」


「えっ……」


エヴァンさんが、僕以外に可愛いって……?


――ユヅルは本当に可愛いな。ああ、ユヅル……愛してるよ。


いつも優しく蕩けるような笑顔で愛を囁いてくれる、あのエヴァンさんの視線も声も、僕以外を向いていたら……?


「そんなの……いや、だ……っ。エヴァンさんは、僕だけっ」


「それが、嫉妬 『la jalousie』ですよ」


……そっか。今の気持ちが嫉妬……。


「でも、総帥の独占欲は激しいですから、ユヅルさまも大変でしょう」


「大変? どうして?」


僕が聞き返すと、リュカは


「愚問でしたね」


と笑っていた。


愚問? 日本語なのに意味がわからない……。どういうことだろう……と思ったけれど、せっかくのパピーとのお話の時間が勿体無い。


僕はお話の続きを教えてとパピーに頼んだ。


『旦那さまは、その小さなツリーハウスを気に入られて、よく一人で上がっては、長い時間を過ごしていらっしゃいましたよ。中に、本や、枕を持ち込まれて……本当に自分の家のようにお過ごしで……』


わからない言葉は隣でリュカがこっそり教えてくれるから、すごく楽しい。エヴァンさんが木の上のお家で眠ってるなんて……いいなぁ。


『ねぇ、パピー。その、お家は、もうないの?』


『いえ、ございますよ。庭の中でも一際大きな木に。古くはなっていますが、庭師が毎日、手入れをしておりますので、あの時のまま保ってございます』


『ええーっ!! 行ってみたいっ! 見てみたいっ!!』


『では、旦那さまがお戻りになられたら、頼んでみられると良いでしょう』


リュカに通訳をしてもらって、ワンテンポ遅れてパピーの言葉を理解して、僕は


「わぁーっ! 早くエヴァンさん帰ってこないかなぁ!!」


と興奮して立ち上がった。



『なんだ、今日はかなり盛り上がっているようだな』


突然部屋の扉が開いて、エヴァンさんの声が飛び込んできた。


『エヴァンっ!! お仕事、お疲れ、さまっ!』


『――っ、ああ、ユヅル。ありがとう。どうしたんだ? 今日は、元気いっぱいだな』


お仕事終わって部屋に来てくれた時には、いつもこの挨拶。でも今日はいつもより興奮しまくってるから、僕はエヴァンさんに飛びついた。エヴァンさんはその勢いをものともせず、ギュッと抱きしめてそのまま唇にちゅっとキスをしてくれた。


最初は恥ずかしかったこの挨拶も、今ではないと寂しく思うのだから慣れってすごいなと思う。


「あのね、パピーがエヴァンさんの秘密基地を教えてくれたの」


「秘密基地?」


「庭の木のお家」


僕がそういうと、ようやく理解できたようで大きく頷きながら


「それはまた懐かしい話だな」


と笑っていた。


「ねぇ、エヴァンさん。僕、見に行きたいっ!!」


「えっ? 見たいのか?」


「エヴァンさんの思い出みたいです! だめ、ですか……?」


「――っ!! いや、別に構わないが……」


「わぁーっ! エヴァンさん、大好きっ!!」


嬉しくてエヴァンさんにギュッと抱きつくと、


「そういうときはキスがいいんだが……」


と唇をトントンと触れてくる。


あっ、これ……僕からしないといけないやつだ。うーん、リュカもパピーもいるけど……。


でも、恥ずかしさより興奮と嬉しさの方が優っていた僕はエヴァンさんの唇にちゅっと重ね合わせた。


「ああ、やっぱりユヅルからのキスは幸せだな」


そんなことを言われる僕の方がずっとずっと幸せだよ。



久しぶりだからということで先に点検に行ってもらい、何も問題がないと言われてホッとする。


「では、暗くなる前に行ってみるとするか」


「わぁーっ! 嬉しいですっ!!」


喜んでいる僕をスッと抱き上げる。さっきチューしたばかりのエヴァンさんの唇に一気に近くなって、恥ずかしくなってしまう。


「本当に可愛らしいな。ユヅルは」


「エヴァンさんったら……」


「行こうか」


「僕、自分で歩けますよ」


「庭は少し遠いからな。このままでいてくれ」


そう言われたら拒むこともできない。だって、抱きかかえられてると、エヴァンさんの顔をすぐ近くに見られるから嬉しいんだもん。


首に手を回し、ぎゅっと抱きつくと


「ああ、良い子だな」


と嬉しそうな声がする。僕にとって至福のひとときだ。


庭に出ると、少し冷やっとした風を感じる。


「ユヅル、寒くないか?」


「ちょっとだけ。でも、エヴァンさんが抱きしめてくれてるから平気ですよ」


「だが、風邪をひいてはいけない。ジュール」


そう声をかけただけで、柔らかくて暖かいブランケットがかけられた。


すごく暖かいけど……パピー、いつの間に持ってきてたんだろう……。本当、こういうところ全然わかんないんだよね……不思議。


「ほら、ユヅル。あの木の上にあるのがそうだよ」


エヴァンさんが指さした方向をみると、大きな木の上に本当に家が乗っているのがわかる。すごいっ! 昔、絵本で見たような木のお家そのものだ! いつかこんな家に住めたら楽しいだろうなって想像していたままの姿に心が躍る。


「わぁーっ! 本当に木の上にお家がある!! しかも思ってたよりもずっとずっと大きくて可愛いっ!」


嬉しすぎてはしゃいでいると、


「中に入ってみるか?」


とエヴァンさんに言われた。


「えっ? 中に入っても良いんですか?」


「ああ、ユヅルなら余裕で入れるだろう。だが、気をつけるんだぞ」


「でも、どうやって登るんですか? 僕、木登りは……」


「大丈夫だ」


エヴァンさんは木に近づくと、垂れ下がっていた紐のようなものを引っ張った。すると、木のお家から縄梯子がさーっと降りてきた。


「うわっ! すごいっ、忍者屋敷みたいっ!」


「ははっ。確かに。さすが日本人だな。ユヅル、登ってみるか?」


「はいっ!」


僕の興奮しきった声にエヴァンさんは笑いながら、僕を腕から下ろしてくれた。


縄梯子に足をかけると、思った以上に頑丈で全然怖くない。これなら余裕で上がれそう。


スタスタと上がる様子をエヴァンさんとパピー、そしてリュカが見守ってくれている。あっという間に入り口に辿り着き、手を伸ばして扉を開くとそこには驚くべき光景が広がっていた。


「わぁっ!!! すごいっ!!! 本当にお家だっ!!」


どうやってここに運び入れたんだろうと思ってしまうような、小さいけどしっかりしたベッドには布団も置かれている。天井は低いけど、屈めば余裕だ。


ここに小さかったエヴァンさんが……。想像するだけで楽しくなる。


もし、ここに幼いエヴァンさんがいたら……きっと、仲の良いお友達になれただろうな。


でも……。


エヴァンさんの温もりも、優しい匂いも何もかも知っている今は、お友達なら少し寂しく感じるかもしれないな。もうすっかり僕はエヴァンさんの虜だ。


「わっ、ちゃんと窓もあるっ!!」


窓を開けて外を見ると、随分下にエヴァンさんたちの姿が見える。


「今は僕の方が高いですね。エヴァンさんを見下ろすって変な感じです」


「そうだな。私もユヅルを見上げるのは不思議な気分だよ」


「ねぇ、エヴァンさんも来られないですか?」


「私も? うーん、どうだろうな。入れるかどうかはわからないが、近くまで行ってみるか」


「わぁーっ! 嬉しい」


エヴァンさんはパピーとリュカと何やら話をして、ゆっくりと縄梯子に近づいた。


頑丈に作ってあるそれは、エヴァンさんの体重でもびくともしない。あっという間に扉の近くまで上がってきたので、僕は扉を開けると


「入れそうですか?」


と声をかけた。


屈めばなんとか入れるかもしれない

そう言って、悪戦苦闘しながらお家の中に入ってきた。


「ふぅ、やはり思っていた以上に小さかったのだな。この家は」


「これができたのはいくつくらいだったんですか?」


「そうだな……六歳、いや五歳くらいだったか……」


「えっ……」


思っていたよりもずっと小さい年齢で驚いてしまう。


「そんな小さな時にここで何時間も一人で過ごしてたんですか?」


「ああ、そうだな。あの頃は自我が芽生えてきた頃で……何もかも世話をされる生活に少し疲れていたというか、一人の時間が欲しかったのかもしれないな。誰の目も気にせずに横になったり、本を読んだり……ここでの時間があったから、普段の生活を頑張れたのかもしれないな」


懐かしそうにその頃のことを話してくれるエヴァンさんを見ながら、なんとなく気持ちがわかるなと思った。

お金があって、何不自由ない生活をしていてもやっぱり何も気にせずに一人になりたい時間もあるはずだもんね。お屋敷には絶えずたくさんの人がいて……心を休めたかったのかもしれない。子どもながらにそれくらい大変だったんだ。


「今は、どうですか?」


「んっ?」


「一人になりたい時間とか、欲しかったりしますか?」


「そうだな……今は、何よりもユヅルと過ごす時間が癒されるよ。ユヅルと出会ってからは、自分が一人でどうやって過ごしていたのかも思い出せない。それくらい、ユヅルがそばにいてくれるのが安心するし、自然なんだよ」


「エヴァンさん……」


「だから、ずっとそばにいてくれるだろう?」


「はい。僕が癒しになるなら……ずっと、そばにいます」


「ユヅル……」


エヴァンさんの顔がゆっくりと近づいてきて、そっと唇に触れる。重なり合うだけのキスが、少しずつ熱を帯びてくる。


小鳥の囀りに重なるように唾液の混じりあう音が部屋に響く。


ああ、僕は幸せすぎて怖いくらいだ。

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