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嬉しい出会いと楽しい時間

綾城さんとそのパートナーの人との食事場所はホテルからさほど離れていない和食屋さんだった。


「ユヅル、ここだよ」


「えっ? ここ、がお店?」


案内された時はここがお店だとわからなかったくらい、外には何の看板もなく本当に知る人ぞ知る店って感じの雰囲気でなんだか一気に緊張してしまった。


「緊張することはないよ。さぁ、行こう」


スッと優しく僕の腰を抱いて、エヴァンさんは気楽にその引き戸を開け中に案内してくれた。


「連れが来ているはずだが……」


「はい。お待ちしておりました。すぐにお部屋にご案内いたします」


エヴァンさんの顔を見ただけで、すぐに奥の個室へと案内してくれる。

すごいなぁ。


案内されたのは、個室の中でも一番広そうな雰囲気が漂っている『桔梗の間』


手を引かれ靴を脱ぎ、エヴァンさんが襖を開けると、


「やぁ、ロレーヌ。待ってたよ」


と歓迎の声が聞こえた。


「ああ、アヤシロ。待たせたか?」


「いや、俺たちも今着いたところだ。さぁ、中に入ってくれ 佳都もロレーヌと恋人さんに会えるのを楽しみにしていたんだよ」


「ああ、ありがとう。じゃあ、ユヅル。入ろうか」


優しい笑顔でそっと背中に触れられて安心する。緊張はしてるけどエヴァンさんが着いててくれるから安心するんだ。


部屋の奥の上座と呼ばれる席に案内されて、一番年下なのに申し訳ないと思いつつも、エヴァンさんと一緒だから仕方ないと納得して座らせてもらった。


エヴァンさんの向かいには綾城さん、そして、ぼくの向かいには佳都さんがいる。

佳都さんは僕をみて一瞬驚いた表情を見せたけれどすぐに笑顔で


「初めまして。佳都です」


と言ってくれた。


「あ、初めまして。あの、弓弦と言います」


「ゆづるって、どう書くの?」


「えっと、弓に弦……弦楽器の弦です」


「えーっ、すっごく綺麗な名前! もしかして弓弦くん、ヴァイオリンやってるの?」


「あっ、はい。実は母が……いえ、両親がヴァイオリニストで……」


そう言いながら、隣にいるエヴァンさんに視線を向けると、エヴァンさんは嬉しそうに笑っていた。


「へぇー、素敵! ヴァイオリン弾くのに弓も弦もなくてはならないものだもんね。きっとご両親は弓弦くんのことすごく愛してたんだろうなぁ。うわー、本当に素敵っ!」


「――っ!!」


今まで僕の名前をそんなふうに言ってくれる人なんて誰もいなかった。


母さんとニコラさんを繋げた大事なヴァイオリン。


母さんに昔、名前の由来を尋ねたとき


――母さんにとってヴァイオリンはなくてはならないものだからね。


そう言っていた。


母さんが仕事道具であるヴァイオリンを大切にしていたのを知っていたから、そうかと単純に納得していたけれど佳都さんに言われてわかった。


弓も弦もどちらがなくても綺麗な音は奏でられない。ニコラさんと母さんにとっては本当に大切なものだ。


それを僕の名前にしてくれていたなんて……。それに気づかせてくれた佳都さんに感謝しかない。


「ほら、佳都。最初からグイグイ話しかけたら、弓弦くんも萎縮してしまうぞ」


「あ、はーい。弓弦くん、ごめんね。怖がらせちゃったかな?」


「いえっ、そんなことないですっ! あの、僕……すっごく嬉しくて」


「えっ?」


「自分の名前のことをこんなふうに言ってくれた人初めてで……今日、佳都さんと知り合えて本当に嬉しいです」


自然と涙が潤んでしまう。なぜだろう……母さんが亡くなってからどうも涙腺が緩くなった気がする。


「ユヅル……良かったな」


「エヴァンさん……」


エヴァンさんは僕を抱きしめながら、


「アヤシロ、君のパートナーは素晴らしいな」


というと、綾城さんも佳都さんを抱きしめながら


「ああ、俺の最高のパートナーだからな」


と頬にキスをしてみせた。


「もう、直己さんっ! 恥ずかしいですっ」


「いいじゃないか。まだまだ付き合いたてのカップルに夫夫(ふうふ)仲が良いところを見せつけてやろう」


「直己さんったら」


綾城さんに抱きしめられて恥ずかしそうにしている佳都さんだけど、すごく嬉しそうだ。

僕たちもいつか、この二人のようになれるかな……。



しばらくして、食事と飲み物が運ばれてきた。僕と佳都さんはジュース。

エヴァンさんと綾城さんはワインにしたみたい。


「今日は俺たちもホテルに宿泊する予定なんだ。だから、久しぶりにゆっくり呑めるぞ」


「それは楽しみだな。アヤシロと呑むのはかなり久しぶりだ。この前来日した時は仕事終わりにすぐ彼のところに帰るから呑みはお預けだったろう?」


「ははっ。そうだったな。あの時は佳都を落とすのに必死だったからな。呑んで帰る暇がなかったんだ」


「無事に落とせて良かったよ。おかげで今日こんな楽しい時間を過ごせる」


「ははっ。確かに」


上機嫌なエヴァンさんと綾城さんを見ながら、僕は佳都さんと乾杯した。


「佳都さんはお酒じゃなくて良かったんですか? 僕のことなら気にしなくていいですよ」


「ああっ、いいんだ。外でお酒呑むのは直己さんに禁止されてるから」


「えっ? そうなんですか?」


「僕は覚えてないんだけど、なんか迷惑かけちゃったみたいで……だから、二人の時しか呑まない事にしてるんだ」


「そうなんですね。僕はまだ成人まであと二年あるから、エヴァンさんと呑めるようになるのが楽しみです」


「えっ……じゃあ、弓弦くんって十八?」


「そうなんです。もうすぐ高校卒業だったんですけど、エヴァンさんと一緒にフランスに行ってあっちで学校行こうかなって」


「えーっ、すごいっ! じゃあ、フランス語話せたりするの?」


「あー、それは全然まだで……。今から勉強です」


「そっか。でも、ロレーヌさんが一緒にいてくれるならすぐに覚えられるんじゃない?」


「そうだといいんですけど……」


話しやすい佳都さんのおかげで全然緊張していない自分がいることに驚く。

僕は人見知りでクラスメイトともこんなにポンポン会話なんてできなかった。

佳都さんって不思議な人だな。


「ねぇ、これ見て。僕の友達なんだけど、この子達……弓弦くんと同じ十八歳なんだよ」


そう言って佳都さんはポケットからスマホを取り出し、画像を見せてくれた。


「わぁっ! 可愛いですね!」


「でしょう?」


佳都さんが得意げに見せてくれたのは、可愛いうさぎの着ぐるみを着た佳都さんと、可愛い猫の着ぐるみを着た二人の男の子の画像だった。


「こっちの子が理央くんで、こっちの子が空良くんって言うんだよ。今日、弓弦くんに会うって話して、写真見せてもいい? って聞いたら、いいよって言ってくれたんだ」


「へぇ、そうなんですね。どういう繋がりのお友達なんですか?」


「直己さんの親友の恋人くんなんだよ。二人とも事情があって高校に通えなくなったんだけど頑張って大検受かってね、今は大学受験に向けて頑張ってるんだ。きっと弓弦くんとも仲良くなれると思うんだよね。だから、今度来日した時はぜひみんなで会おう。その時には彼らも、弓弦くんも夢に向かって頑張ってるでしょう?」


そうか……。佳都さんのお友達二人も大学行こうと頑張ってるんだな。僕も次に会うときは自信持って頑張ってるって言えるようにならないとな。


「はい、僕……頑張ります! あの、もしよかったらフランスにも遊びに来てくれると嬉しいです! 僕、フランスでお友達になれそうな人がまだ一人しかいなくて……」


「えっ、まだ行ってもないのにお友達候補がいるってすごいよ! どんな人なの?」


「あの、エヴァンさんの秘書の方の恋人さんで、二十五歳のヴァイオリニストの方なんですけど、フランスに着いたら会わせてもらえることになってて……すごく楽しみなんです」


「へぇー、いいなぁ。楽しそう。その人の写真とかないの?」


「まだ僕も会ったことないので……」


「そっか……。じゃあ、会えるの楽しみだね、僕も絶対遊びに行くよ!! わぁーい、楽しみだな」


社交辞令でもなんでもない、優しげなその笑顔に僕は嬉しくなっていた。


「ユヅル、ケイトと話が盛り上がっているみたいだな」


「エヴァンさん、佳都さんがフランスに遊びに来てくれるって言ってくれたんです」


「フランスに? それは楽しみだな。もちろんその時はアヤシロも一緒なんだろう?」


「ああ、もちろんだよ。佳都一人で行かせたりはしないからな。実は、この前新婚旅行でフランスに行ったんだよ。その時、ロレーヌとも会いたかったんだけど、ちょうどその時期、アメリカかどこかに長期で行ってただろう?」


「あの時は、アヤシロが長期で休みを取っていたから変更して、先にアメリカに行ったんだよ。まさかこっちに来るとは思ってなかったからな。だが……よくよく考えてみればアヤシロのおかげだな、今回こんなに早くユヅルの元にいけたのは……。アメリカに行ってたら少なくとも半日は待たせただろうからな」


エヴァンさんは僕を抱きしめてくれる。

あの時、エヴァンさんが二時間もしないうちに来てくれてすっごく心強かったんだ。

あれが、半日以上も一人であの家で待ってたら……僕は、辛すぎて、どうしていいかわからなくて……どうにかなっちゃってたかもしれない。

あの時すぐに駆けつけてくれて、たった一人の家族を失った僕に、すぐに家族だと言ってくれたから……僕は悲しみを乗り越えることができたんだ。


「へぇ、ロレーヌが彼と出会えたのが俺のおかげって言うんなら、ご褒美でも貰おうかな」


「ははっ。アヤシロが私にご褒美をねだるなんて珍しいな。いいよ、なんでも好きなものを言ってくれ」


「さすが、ロレーヌ。太っ腹だな。じゃあ、近いうちにフランス行くから、あのホテル(・・・・・) に宿泊させてくれないか?」


「あのホテル ? せっかくのご褒美がそんなのでいいのか?」


「ははっ。そんなのって……ロレーヌは知らないだろう? あのホテル、日本人が今、フランスで泊まりたいホテルランキングで一位って情報が流れてから、日本からの予約はかなり難しくなっててさ。俺は前もって予約したから、新婚旅行の時はなんとか泊まれたんだけど、今度友達もヨーロッパで挙式したいって言ってて、今、場所を探しているところなんだよ。せっかくなら、あのホテルで挙式してそのまま泊まれたら最高なんだけど、どうかな?」


「アヤシロの友達の挙式のためなら、ひと肌脱ごう。何部屋必要なんだ?」


「三部屋あればありがたいんだが……」


「なんだ、三部屋くらいなら問題ない。いつでもいいと伝えておいてくれ」


「本当かっ! さすが、ロレーヌ!! 佳都、観月と悠木に挙式できるホテルが見つかったって知らせてやろう」


「でも、ロレーヌさん……本当にいいんですか? あのホテル、かなり予約が難しいって……」


「心配いらないよ。あのホテルのオーナーは私の一族だからね。三部屋くらいならいつでも都合つくから問題ないんだよ」


「えーっ、すごいですね!! 弓弦くん、ロレーヌさんってすごい人なんだね」


「本当に……僕、知らなかった……そんなすごい人が僕の恋人だなんて……なんだか自信がなくなってきちゃったな……」


「ユヅル、何言ってるんだ? ユヅルはただの私を好きになってくれたのだろう? 私のことを捨てたりしないだろう? 私はユヅルがいないと生きていけないのだぞ」


こんなに地位も名誉も財産も何もかも手に入れている人が、僕のことでこんなにも不安げな表情を見せてくれるなんて……。エヴァンさんには悪いけど……何だか、すごく嬉しい。


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