最悪な知らせ
「江波! ちょっと来なさい!」
もうすぐ今日の授業も全て終わろうかという六時間目の数学の時間に青褪めた顔で教室に入ってきた教頭先生の姿に一瞬で教室中が騒ついた。
「何ごと?」
「これ、やばいやつじゃん?」
「えっ? 誰か死んだとか?」
「うそーっ、それやばいじゃん」
クラスメイトから呟かれる声に僕はドキッとした。
まさか……。違うよね?
何が何だかわからないまま、椅子から立ち上がり教頭先生のいる教室の後ろの扉へと歩いていく。
ほんの少しの距離なのにどれだけ歩いてもたどり着けないくらい足が重く動かなかった。
なんでもなければいい。
ただ、忘れ物を届けてくれたとか……そんなことかもしれない。
僕はカラカラになった喉を必死に潤そうと唾を飲み込んだ。
ガラッと扉を大きく開き、僕の腕をとって外に出した教頭先生は僕にだけ聞こえるような小さな声で話した。
「お母さんが事故に遭われて鹿山総合病院に搬送されたそうだ。詳しいことはわからないが意識不明だという話だ。私が病院まで送る。すぐに向かうから急いで準備をしなさい」
え――っ……母さん……が、事故……?
――今日の夜ご飯は弓弦の好きなハンバーグだからね
そう言って今朝笑顔で朝送り出してくれたのに……。
意識不明ってどういうことだよ……。
僕は何も考えられないまま、自分のリュックに机の上の荷物を放り込んだ。
「なぁ? なんだって?」
「やっぱ誰か死んだのか?」
「ちょっとやめなさいよ!」
いろんな言葉をかけられたけれど誰の言葉も耳に入らない。
僕はふらふらになりながらリュックを背負い、教頭先生の元へ向かった。
そこからはどうやってこの場に来たかは覚えていない。
ただわかっているのは、今目の前に顔に白い布をかけられた母さんがいるだけ。
「ついさっき息を引き取ってね……君が来るまで持たせられなくて本当にすまない」
母さんを診てくれた先生が青褪めた表情で僕に頭を下げるけれど、先生は必死に頑張ってくれたはずだ。
死に目に会えなかったからと言って文句なんて言えない。
そもそも、文句を言える力もない。
「いいんです……いいんです……」
ただ譫言のようにそれだけが口から出ていった。
「君のお母さんが事故に遭った状況を君とご家族に説明したいんだが……」
病院にいた警察官にそう話しかけられたけれど、僕は母さんと二人暮らし。
家族なんて、母さん以外にはいない。
母さんは未婚のまま僕を産んで縁もゆかりもないこの地でたった一人で育ててくれた。
だから祖父母もそして、存在するであろう父親のことも全く知らされていない。
わかっているのはおそらく父親は外国人だろうということだけ。
そう。
色白の肌と光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳。
田舎なこの地ではものすごく目立つこの顔はみんなの興味をひいていつもいじめられていたけれど、僕の身体に残された僕の父親の唯一の手がかりだ。
「家族は……僕、だけです……」
必死に振り絞った言葉は警察官にはどのように聞こえたのか。
「じゃあ、あっちで話をしよう」
可哀想にとボソリと聞こえた声に反応すら返せず、僕は案内されるがままに隣の部屋で警察官の話を聞くことになった。