7 これは因果応報なの?(カタレヤ・メイベリー子爵令嬢視点)
クラーク様とナタリー様はそれぞれの家から勘当されたそうだ。もちろん、学園に通いつづけることはできなくなり、今は市井のどこかで二人で暮らしている。
彼らを助ける貴族は誰もいないし、スローカム伯爵家もサーソク伯爵家もグラフトン侯爵家の手前、経済的援助などは一切するわけもなく、縁をすっぱり切ったと聞いている。
学園内で二人を応援していた生徒たちは、すぐにデリア様の味方にまわった。今度はクラーク様とナタリー様を悪く言い始めたのよ。グラフトン侯爵家の制裁が始まったことにおびえて、あれほどけなしていたデリア様にすり寄っていくなんて、浅ましいと思う。
ナタリー様とクラーク様が不幸になったと決めつけているのはおかしいわよ。平民になっても好きな人といられたら幸せなのに。
私には前世の記憶がある。その世界は文明が発達していたけれど、魔法はなかった。前世で病弱だった私の趣味は少女漫画を読むことだった。
ちょうど私が読んだ漫画のなかに、赤毛の公爵令嬢が愛し合う恋人たちの邪魔を、ことごとくするというものがあった。
漫画のストーリーでは、愛し合う二人は貴族の暮らしを捨てて平民になった。真実の愛を貫こうとした二人は手を取り合って、貴族居住区を出て行くところで完結していた。二人の背後にはバラの花びらが舞い踊り、幸せな未来を暗示していたわ。
だから、クラーク様とナタリー様も幸せになっているはずなのよ。平民になったぐらいで不幸になると決めつけるのは間違っているわ。
私は良いことをしてあげたのよ!
☆彡 ★彡
ある日、先触れもなく突然、私の婚約者のジュリアン様がいらっしゃった。彼はラリュー男爵家の次男で、四年前に私と婚約した。
「最近いらっしゃらないから寂しかったわ。文官のお仕事がとても忙しかったのね? 今日はゆっくりしていけるでしょう?」
私は嬉しさに顔を輝かせて、彼の腕にしなだれかかった。彼はエリートで金融庁の文官だった。この国で最も優秀な人が魔法庁に入るけれど、金融庁だってなかなか入れるものではない。
「いや、婚約破棄の話をしたらすぐに帰るよ」
私の身体を彼は冷たく押し戻した。
「婚約破棄? 誰と誰のですか? 意味がわからないわ。私の学園卒業を待って、メイベリー子爵家に婿入りする約束だったわよね」
「実は他に好きな女性ができたから、カタレヤに身を引いてほしい」
「なんたる裏切りだ! ジュリアン君の実家にメイベリー子爵家がいくら援助したと思っている? それ相応の慰謝料を請求させてもらうからな! 圧力をかけて男爵家なんて潰してやる!」
お父様は声を荒げたけれど、ジュリアン様は愉快そうに笑う。
「カタレヤなら私の気持ちが理解できるよね? グラフトン侯爵家の派閥に属する、エレオノール子爵家のマリー様が運命の相手だと思うんだ。『この縁談に文句があるのならグラフトン侯爵家まで出向くように』と、グラフトン侯爵閣下からの伝言もある」
「いつからラリュー男爵家はグラフトン侯爵閣下の庇護下に入ったのだ? 大嘘をつくんじゃないぞ! あんな大貴族を持ち出すなんて罰当たりが!」
「カタレヤ、どういうことなの? なにか心当たりがあるの?」
お母様は私が真っ青な顔で震えているのを見逃さなかった。
「デリア様は悪役令嬢だから、クラーク様とナタリー様を救ってあげただけです。あんなに嫌がっていたグラフトン侯爵家から解放されて、クラーク様はナタリー様と自由になったのよ」
「具体的になにをしたか、早く言え!」
お父様の怒声がサロンに響き渡った。
「あの二人の仲を教えて、クラーク様をナタリー様に譲って身を引くように、デリア様に言っただけよ」
「ばっ、ばっかもぉーーん!!」
私はお父様の風魔法でサロンの壁に叩きつけられた。お父様は癇癪を起こすと無意識に風魔法を発動してしまう。いつもなら庇ってくれるお母様も冷ややかな目で私を睨んでいた。
「なんということをしてくれたのだ! お前という娘は・・・・・・・」
「でも、きっと二人は市井で幸せに暮らしているわよ」
「ついこの間まで貴族だった者がいきなり市井に放り出されて、まともな生活ができるわけがなかろう! 現実はそれほど甘くないのだ」
「父娘喧嘩は私が帰った後でゆっくりどうぞ。それなりの理由がある婚約破棄なので、慰謝料を払う必要は感じません。今まで援助してくださったお金は、お返ししますから安心してくださいね」
朗らかに笑って席を立つジュリアン様には、私への愛など微塵も残っていない。
「ちょっと、待って! お願いです。ジュリアン様、あなたに捨てられたら困るわ。私のほうが先にあなたの婚約者になったのに、酷すぎませんか?」
「デリア様は、カタレヤの忠告どおりクラークを解放してあげたよね。だから、カタレヤも同じ事をしてほしい。カタレヤの理論なら真実の愛と思ったほうを優先して良いことになる」
ジュリアン様はもう私の顔を見てもいない。彼にとって私がどうでも良い存在になったことがよくわかった。
「待って! お願い、捨てないで。ジュリアン様に捨てられたら、もう私にはまともな縁談は来ないわ」
「それは自業自得だよね?」
泣いてすがったけれど乱暴に振り払われて、ジュリアン様が戻ってくることはなかった。
一方、私と一緒に行動した令嬢たちにも不幸が・・・・・・




