59 東洋風カフェと鮨(エレナ視点)
私はガーネット王国の王家に伝わっている家宝の瞬間次元梱包箱を、メイド部屋に備え付けられた小さなクローゼットから取り出した。お母様がこれを持たせてくださったのは、私とすぐに連絡がとれるからだ。
この魔法の箱に手紙を入れ特定の呪文を唱えることで、箱が次元ポケットに変わる。次に、送り届けたい相手の名前を呼び再び呪文を唱えると、箱は次元を越えて目的地に瞬時に到達するという仕組みだった。これによって、私は伝えたい情報をお母様に伝え、必要な物資をガーネット王国からもらうことができた。しかも、この箱には相当大きなものも、どういうわけか入ってしまう。
早速、私はお母様に手紙を書いた。グラフトン侯爵家のデリア様とお話ができたけれど、身分がばれてしまったこと。でも、デリア様はガーネット王国をとても褒めてくださり、これからの国としての方向性のヒントをくださったこと。そして、これが一番大事なことだけれど、ずっと仲良しでいられそうな友人になれたことよ。
一緒にお肉の串焼きを屋台で買って立ち食いしたことが楽しかったことや、黄色い風船が「トラ」の形に変身した楽しい屋台のことも手紙に記す。風船職人は風船を巧みに伸ばし、黒いマーカーで模様を描きながら、トラの特徴を生かした風船アートを完成させた。こんな楽しい芸術はガーネット王国にはなかった。
お母様はグラフトン侯爵家との縁をとても喜んでくださったわ。お母様からの手紙には、デリア様は私よりも身分が上で、イシャーウッド王国とペトルーシュキン王国の王族の血が流れていると書かれていた。
でも、少しも威張ったところはなかったし、むしろ私に気を遣ってくださりとても優しかった。こういう方だからナサニエル様にも愛されるんだと納得したし、素直におふたりの幸せを心から喜べた。
お母様は瞬間次元梱包箱にクリーム色とラベンダー色のドレス生地を入れてくださった。生地には鮮やかな花々の刺繍が施されていた。デリア様に似合いそうな上品な色合いで、きっと喜んでくださると思う。
ガーネット王国特産のサファイアフルーツと夜光パッションフラワーも送ってくれた。サファイアフルーツはその宝石のような輝きから名付けられた。外皮は深い青色で覆われ、果肉は水色で爽やかな味わいが広がる。豊富な水分と独特の風味が、南国の暑い日にぴったりの風味だった。
夜光パッションフラワーは、夜になると光り輝く不思議な果実を実らせる植物よ。果肉はオレンジ色で微かな光を放ちながら、パッションフルーツのような芳醇な味わいが楽しめる。ガーネット王国では夜会が催される庭園で食べる、特別なデザートとして親しまれていた。
どちらもイシャーウッド王国にはないものだ。だから、これをお土産に持って行こうと思う。私はグラフトン侯爵家に行くのがとても楽しみだった。
デリア様が喜んでくださったら嬉しいし、ペーン様と一緒に行けるのは楽しみなことだった。嬉しさと楽しみで心は満たされて、その晩はぐっすりと心地良く眠れたのだった。
招待された当日は公休日で、夕方からグラフトン侯爵家にディナーに行くことに、ペーン様は朝から緊張していた。昼間は約束していたカフェに行く予定だった。
「俺は八百屋の息子だからマナーが心配なんだ。一応、ひととおり本を見たりして勉強はしているが、貴族の方たちのように優雅な食べ方ができるか不安だな」
「大丈夫ですよ。不安なら、私のするように真似をすれば良いです」
「エレナは平民なのに、やけに自信たっぷりだね。わかった。きっと君は以前裕福なお嬢様だったのだろう?話し方も丁寧だし、身のこなしも優雅すぎる。かわいそうに。家が没落したんだね?」
「違いますわ。没落はしていませんよ」
ペーン様は性格が良いので、常に私を心配したり気遣ってくださる。余計な心配をさせて申し訳ないと思う。でも、まだ本当のことは言えない。
目的のカフェは広場の一角に佇む、東洋風の建物の「月華茶屋」だった。ここは最先端のトレンドと東洋の美を融合させた、カップルたちのための特別な場所だった。カフェの扉を開けると、静謐で優雅な雰囲気が広がり、足元には異国の敷物が広がっていた。
店内には手入れの行き届いた暖かい木製のテーブルと、そこに配された座椅子が配置され、柔らかなキャンドルの灯りが絶妙な雰囲気を作り出している。壁には、東洋の美意識を感じさせる絵画や掛け軸が優雅に掲げられており、まるでアートギャラリーを訪れたような気分になった。
「いらっしゃいませぇーー! 靴を脱いでくださいね」
にっこり笑う店員さんの服装は不思議だった。淡いピンク色のドレスだけれど、二枚の布が胸のあたりで重ねられ身体に巻き付いているイメージだった。
前で交わる部分が上品に合わさり、織りなす緩やかなフォルムが優雅な雰囲気を醸し出していた。袖はとても長く太い布がお腹のあたりでしっかりと結ばれていた。
メニューには、異国の香り漂う新しいドリンクやデザートが並んでいた。特に目を引くのは、緑色の独創的なドリンクだった。店員さんに聞くと、それは『抹茶』というもので、彼女たちが着ているのは『着物』、床に敷かれているものは『畳』だと教えてくれた。
茶碗に盛られた抹茶は深い緑色で、表面には泡が浮かんでいた。味わいは濃厚で、まず口いっぱいに広がる苦さに衝撃を受ける。でも、そこにほのかな甘みがあり、絶妙なバランスが楽しめた。舌触りはなめらかで、口中に広がる濃密な味わいが、贅沢なひとときを提供してくれた。美しい花の形をした菓子は抹茶に合うように、とても甘かった。見知らぬ異国の雰囲気が味わえて、私とペーン様は非日常を楽しむことができたのだった。
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日が沈む頃、グラフトン侯爵家に到着した。デリア様は私が持参したドレス用生地と南国のフルーツをとても喜んでくださった。
「このドレス生地はすごく綺麗だし、フルーツもとても美味しそうだわ。なによりも、これを私にプレゼントしてくれようとしたエレナ様のお気持ちが嬉しいです! ありがとう」
デリア様が思った以上に喜んでくださって、私の気持ちも浮き立つ。私もデリア様のそのお気持ちが嬉しい。
「本当に素晴らしい生地と珍しいフルーツね。でも、今日のグラフトン侯爵家の夕食も、かなり珍しいものでしてよ。お鮨という食べ物を知っていらっしゃる?」
グラフトン侯爵夫人が少しだけ自慢気におっしゃった。きっと、とても貴重な食べ物なのだわ。でも、一度も聞いたことはなかった。
「はい? お鮨ですか? 聞いたことがありませんわ。大変だわ。知らない異国の食べ物ですと、マナーがわかりません。」
「あら、お鮨は手づかみで良いのですわ。生のお魚は美味しいのよ」
デリア様はにっこりと微笑んだ。




