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あなたを解放してあげるね  作者: 青空一夏


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32 ビーフシチュー(飯テロ)と仕立屋

 グラフトン侯爵家の大食堂の天井は美しく彫り込まれた装飾で埋め尽くされ、ゴージャスなシャンデリアが輝きを放っていた。テーブルは長大で、上質な白いリネンが美しく広がり、その上にはゴールドの細工が施された食器やシルバーカトラリーが整然と配置されている。




 厳選された赤ワインと新鮮なハーブが織り成す誘惑的な香りのビーフシチューは、深い赤みを帯びたコクのあるソースに包まれていた。ひと口大に切った牛肉はソースをほどよくまとい宝石のように輝く。




 ひとくち含むと、じっくり煮込まれた牛肉の柔らかさに驚く。贅沢な部位が選りすぐられ、丁寧に下ごしらえされたことが感じられる、旨味だけが凝縮された味わい。柔らかく煮込まれた野菜たちも、滑らかな舌触りで自然な甘みが楽しめた。




「とても美味しいお肉ですわね! 噛まなくても良いくらいに、口の中でほどけて溶けます」




「ジャガイモもほくほくしていて美味しいです。お肉は約束通りデリア嬢にあげましょう」 




 自分のお皿のお肉を小さく切って、私の口元に差し出した。




「あれは冗談ですわ。ナサニエル様のお肉を奪うわけがありません」




 それでも差し出されたフォークのお肉はそのままで、私が口を開けるのを待っていた。ナサニエル様の微笑む顔を見つめながら口を開ける。食べさせてもらうのは初めてではないけれど、やっぱり緊張して恥ずかしかった。




「お返しですわ」




 私もお皿からお肉をフォークに刺し、ナサニエル様の口元にゆっくり近づけた。魅惑的な微笑みを浮かべたナサニエル様が私の瞳をじっと見つめて召し上がる所作が、見る者を引き込むようなセクシーさで、胸がときめきすぎて痛い。




「ナサニエル様はずるいです。お肉を召し上がるだけで、格好良く見えるのは反則です。多分、今の微笑みで世の中の半分の女性が気絶しました」




「デリア嬢はおもしろいことをおっしゃいますよね。大袈裟すぎますよ」




「きっと、魔法騎士団員になったらわかります。たくさんの女性が群がる場面しか思い浮かびませんわ」




「まさか! 私は至って普通だと思いますよ」




(どうしたらこんなに謙虚な人間ができあがるのかしら? スローカム伯爵のせいよね。ナサニエル様の自己評価が低すぎる)




 付け合わせのクリーミーなマッシュポテトや、バターをたっぷりと絡めた軽いフレンチブレッドをつまみながら、ナサニエル様を見つめてため息をついた。




 さぞ、魔法騎士団の制服は似合うことだろう。魔剣や魔法の力を引き出す特殊な杖や武器は自分で作ってしまいそうだし、魔力を増幅するペンダントやリングも必要なさそう。




(でも、身代わり護符や魔法に対する耐性を持つ特殊なマントは必要よね)




 お母様も私と同じことを思ったらしく、早速魔法騎士団の制服を仕立てると言い出した。貴族たちは紋章の入った魔法騎士団の制服をみんな着ていた。




「平民は制服を支給されるはずです。だから必要ありませんよ」




 ナサニエル様は朗らかに笑いながら首を横に振った。




「いや、必要だな。支給されるのは魔法耐性の低い安価な生地を使った制服だ。ナサニエル君の怪我をする確率を少しでも減らしたい。これは譲れないぞ。平民でも裕福な家の者はみんな、仕立てたものを着るよ」




「では、自分の給料で買います。こんなことで甘えられません」




「・・・・・・ナサニエル様のおばかさんめっ・・・・・・私たちは甘えてほしいのですわ。転職祝いですもの」




 心の底からこの状況を喜ぶのは難しいけれど、ナサニエル様の夢は全力で支えたい。








 ☆彡 ★彡






 ナサニエル様は軽く魔法騎士団の試験に合格することができた。早速、お母様と私はナサニエル様を仕立屋に連れて行くことにした。




 高給仕立屋の店舗は、繁華な通りの一角にあった。店舗の入口は重厚な扉で、入り口の横には店名がエレガントな書体で掲げられ、金箔が施されていた。店内のショーケースには豪華な生地や装飾品が陳列されている。




「魔法に対する耐性を持つ特殊な生地で作られた制服なら鎧はいりません。それにナサニエル様の魔力は膨大なようですので、魔法を真正面から受けることはないでしょう」




 仕立ての職人が丁寧に説明してくれた。居心地の良い上質の空間だった。ところが、お母様が化粧室に行かれたタイミングで、ナサニエル様に声をかけた人物がいた。




「おぉ。元貴族のお坊ちゃんじゃないか? ここは高給仕立屋だよ。お家取り潰しになった君には到底釣り合わない店だぜ」




 声の主を振り返れば、見慣れない男性と目が合った。私が知らない男性だ。ということは、高位貴族の令息ではなく、覚える必要もない家柄ということになるわね。




「おっ。綺麗な女連れてるなぁ。隊長の俺に貸してくれたら、団員生活が楽になるぜ?」




 私は思わず背筋に悪寒が走ったのだった。 




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