30 大好きだからこそ・・・・・・(ナサニエル視点
グラフトン侯爵邸に着いた頃には、太陽はまるで燃え盛る炎のように、深いオレンジと深紅のグラデーションを残してゆっくりと西に沈んでいくところだった。
使用人たちが一斉に「お帰りなさいませ」とエントランスに並ぶ。グラフトン侯爵閣下はひとりひとりに声をかけた。今日のように一家揃って外出して戻ってくると、使用人たちはこのように出迎えてくれる。しかも、どの顔も生き生きとして自分の仕事に満足し、ここで働けることに誇りを持っているようだった。
一方、スローカム伯爵家の使用人たちはそれほど教育されていなかった。エントランスに並ぶにしてもその姿勢が全く違った。やる気のない顔でのろのろと働く使用人が多かったと思う。
(使用人を見れば雇い主がわかる。そういうことなのかもしれない。だから、スローカム伯爵家は取り潰されたんだ)
改めてグラフトン侯爵家の素晴らしさに感嘆しつつサロンに向かう。自分もグラフトン侯爵閣下のように尊敬される立派な男になりたい。そんな気持ちになった。
「さて、デリアとナサニエル君はそこに座りなさい。まずはデリアから聞こう。なにを怒っていたんだね?」
向かいの三人掛けのソファを指し示したグラフトン侯爵閣下は、まるで幼い子供たちの喧嘩を仲裁するように優しくはなしかけた。
「ナサニエル様が『身分が違いすぎて到底婚約者になれない』とか、自分は『繋ぎのエスコート役』だとか言い出したのよ。だから、おばかさんめっ、って言ったのですわ」
「ほぉ? 『繋ぎのエスコート役』とはどういう意味だね?」
ひやりと空気が冷たくなった。グラフトン侯爵閣下が怒った時には必ずこうなる。水魔法の上位魔法氷魔法が発動しかける前兆だ。しかし、瞳の奥は怒っていなかった。むしろ、私を心配しているような色を浮かべている。
私は自分が婚約者になれないと思った理由を説明していく。まず自分がクラークの兄であることだ。やらかした元婚約者の兄が、新たな婚約者に選ばれることはまずない。
「それに、スローカム伯爵家は汚名にまみれて抹消されたばかりです。歴史的に残るほどの愚か者として、後世にまで語り継がれるかもしれません。ですから、婚約者になど到底なれるはずがないと思いました」
「ナサニエル君。よく考えてみたまえ。婚約者にする気もない男に、娘がベタベタしているのを許すわけがないだろう?」
「そうですとも。今だって三人掛けのソファなのに、デリアはナサニエル様に寄り添っているではありませんか? 婚約者にするつもりがない男性に、そのようなことは許しませんよ。いいえ、婚約者であっても普通は許しません。ですが、ナサニエル様だから良いのです」
「その通りだ。ナサニエル君は特別なのだぞ。既に家族の一員だと思っている。だから、バカなことを言ってデリアを悲しませるな。最初から、私はナサニエル君を気に入っているし、なによりデリアが君に夢中ではないか。どこに反対する要素があるんだ」
(私を家族に迎えてくれるとおっしゃるのか? この温かい居心地の良い家庭にずっといて良いのか? 私は貴族ではなくなったのに?)
「グラフトン侯爵家に婿入りするのに、なんの心配もいりませんよ。グラフトン侯爵家の派閥貴族の養子になれば問題ありません」
私の不安を読み取ったかのように、グラフトン侯爵夫人が穏やかに微笑んだ。
(確かにありがたいが、それは少し違う。私は男だ。愛する女性のためには・・・・・・)
「養子の件はお断りします」
「え? どうして? ナサニエル様。私を好きではないの?」
ルビーの瞳から零れる一滴の涙が、胸にズシンと響いた。
「そうではなくて・・・・・・」
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