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2 クラーク様から身を引きなさい、と言われました

「ありがとう。デリア様の婚約者になれるなんて夢みたいです。その赤い髪は、まるで夕焼けのような温かいオレンジから深い紅色まで、多彩な色合いを纏っていますよね。髪が揺れるたびに良い香りがするし、赤い瞳もどんなルビーよりも美しいです」


「ありがとうございます。夕焼けのような髪とは初めて言われましたわ。私は火魔法が使えるので、大抵は炎と関連づけられて言われます。不気味と言う人もいるようです」


「全然、そのようなことは思いませんね。不気味だなんて、どこを見たらそんな言葉がでてくるんだろう。僕はとても綺麗だと思います」


 クラーク様は首を横に振りながら、不気味という言葉をきっぱりと否定してくださった。無邪気な笑顔はとても誠実に見えて、私はますます彼が好きになっていく。




 正式に婚約を結ぶと、クラーク様は週に一回は必ず会いにきてくださった。図書室の本は毎回彼に貸し出され、次の週には簡単な感想とともに私に返された。


 どの感想も的確で意表をつく要素も感じられて、本について話し合う時間は楽しかった。


 一緒にお茶を飲めばどんな種類の茶葉なのか特産地を聞かれ、次の週にはその特産地についての楽しい情報を披露してくれる。


「どうやって調べるのですか? 本にも載っていないような情報がたくさんありますわね? その土地の些細な慣習だとか、ちょっとした方言めいた言い回し等は、新聞や雑誌にだって掲載されていませんわ」

「それは秘密です。ただ、僕はデリア様に楽しんでほしくて努力しているだけですから。この頑張りを褒めてくださるだけで良いのです」


(私の婚約者はなんて素晴らしいのかしら! 私を喜ばせるために話題を考え、楽しませるために細かな豆知識的なことを、どこからか仕入れてくるなんて)


「なんというか、14歳とは思えないくらいの気遣いだな」

 お父様も舌を巻くクラーク様の会話スキルが頼もしい。お母様もクラーク様の話題の豊富さに感心したし、グラフトン侯爵家でクラーク様はとても大事にされたわ。お母様は彼が訪ねてくると好物を揃え、私は彼が似合うと褒めてくれた髪型をして、彼の瞳と同じ色のドレスを着た。良い方と縁を持てたと喜んだのは私や両親ばかりではなく、グラフトン侯爵家の使用人たちも喜んでいたのよ。




 ところが、クラーク様が15歳になって王都にある王立貴族学園に通いだしてから、なぜかパタリとグラフトン侯爵家にいらっしゃることがなくなった。私の手紙にもお返事が来なくなり寂しく思ってはいたけれど、優秀な彼のことだからきっと学業に励んでいるのだろうと思っていた。


 王立貴族学園は15歳から18歳までの貴族の子女が通う学園で、私も来年からはそこに通うつもりだったので楽しみにしていた。グラフトン侯爵家は王宮の近くに屋敷を構えており、私はそこから学園に通うことになる。高位貴族はタウンハウスという領地にあるカントリーハウスとは別の邸宅を持っているのが普通なのよ。





 ☆彡 ★彡





 やがて、私は15歳になり王立貴族学園に入ることになった。グラフトン侯爵家のタウンハウスは王宮の近くにあるし、王立貴族学園からも歩いていけるほどの距離だった。


 入学式はごく簡単なもので、父兄の出席もない。学園長の挨拶と短いお祝いの言葉を講堂で聞き、各自が振り分けられたクラスに向かった。そのわずかな時間に私の袖を掴む女生徒がいた。


「あなた、クラーク様の婚約者なのでしょう? クラーク様とナタリー・サーソク伯爵令嬢は想いあっていらっしゃるのよ。身を引いて差し上げたらいかがですか?」


 初対面の私にいきなりそんなことを言ってきてびっくりしてしまう。思いがけない言葉に呆然としていると、三人の女生徒たちは二年生の教室の方角に、満足気に笑いながら去って行った。





 ☆彡 ★彡





 グラフトン侯爵家のタウンハウスには、領地のカントリーハウスから、ごっそりと使用人を連れて来ていた。お父様は外務大臣として庁舎に出勤することも多い。お母様は私がタウンハウスから学園に通うことになったので、自分の持ち物をほとんどタウンハウスに持ち込んだ。


「デリアの側を離れることはできませんからね。大事な一人娘ですもの。離れて暮らすなんてできませんわ」


 お母様の言葉に愛されているな、と実感する。今まで生きてきたなかで、私は寂しい思いを一度もしたことがなかった。


「学園はどうでしたか? 良い友人はできそうですか」


 お母様に聞かれたけれど、今日の出来事をそのまま報告するのはためらわれた。あの女生徒たちの名前もわからなかったし、なにかの人違いということもあるもの。


「すぐには難しそうですわ」


 曖昧に私は言葉を濁すだけだった。


「なにかあったらお母様たちに言うのですよ。私たちはデリアのことを愛しているし、必ず力になります」


(わかっている。お母様とお父様の愛をただの一度も疑ったことなどない。だからこそ、お母様たちを悲しませたり心配させるのが嫌なのよ)


 それから数日間、学園で過ごすことにより、上級生たちが私について信じている噂を耳にすることができた。それを箇条書きにしてノートに書き留めてみると、嘘ばかりで呆れてしまった。


 ●私は一方的にクラーク様の迷惑も顧みずして婚約を迫った我が儘令嬢である。


 ●私はクラーク様を蔑ろにし意地悪をし、恥をかかせることすらある。


 ●クラーク様が私と婚約破棄しようとすると、グラフトン侯爵家の身分を笠に着て私が脅す、または私が泣いてすがりつく。


 ここまで書いて、私の頭は疑問符でいっぱいになった。


 まったく身に覚えがなさ過ぎるからよ。





 ☆彡 ★彡





 入学5日目の私は、放課後の学園裏庭で先日と同じ三人の女性たちに囲まれていた。


 「初日にも言いましたよね? クラーク様を解放してください、と。あの二人は尊敬すべき生徒会のメンバーなのですよ。クラーク様とナタリー様は尊い書記をしていて、文字もとてもお上手でお似合いなのですわ」


「クラーク様の文字・・・・・・普通だと思いますけど。それに、生徒会の書記さんってどのくらい尊いのですか?」


「さすがに悪役令嬢ね! 性格が悪すぎて呆れるわ。だから婚約者に嫌われて、婚約破棄したいだなんて愚痴られるのよ。生徒会に所属する方々は学園内では神に等しいのよっ!」


 今までどこか人ごとのような気分でいた。きっとなにかの誤解でこのような噂になっていて、クラーク様もこの状況を困っていらっしゃるのではないかと解釈していた。でも、この上級生たちの話を信じれば、大嘘を広めているのはクラーク様本人のようだった。


(クラーク様、どうして?)


 感情がじわりと押し寄せ、涙が目の奥からこみ上げてくるのを感じた。裏切られた思いと失恋のショックと、いろいろな思いがぐちゃりと混じり合う。けれど、ここで泣いてはいられない。


 幼い頃からグラフトン侯爵家を継ぐ者としてお父様から教育されてきた私は、溺愛はされながらも、このような場面でうなだれて涙を流したら負けだ、と言い聞かされて育ってきた。また、お母様からも貴族社会で理不尽なことを言われたら、きっちりと言い返すように諭されてきたわ。


 卑怯な人間に弱みを見せたら、とことん舐められる。


 だから、泣くのは後回しよ。


 (それに、生徒会を神と同視するなんて神への冒涜よ。しかも、悪役令嬢ってなに?よしっ! 反撃開始だわ)


「ご機嫌よう、良いお天気ですわね。私はデリア・グラフトンですわ。そちらはなんとおっしゃるの? 右から順番に自己紹介してくださらない?」


「は? ショックで頭がいかれてしまったのかしら? いきなり天気の話なんてバカみたい。しかも自己紹介なんかし始めて、あなたの名前なら初めから知っているわよ。そんなニンジンみたいな髪の生徒なんてあなただけだもの!」


「身分が上の者が名乗ったら、必ず自分も名前を告げてからご挨拶するというマナーは貴族の基本的な心得ですわよね? さぁ、家名を言いなさい!」


 私は背筋を伸ばして彼女たちの目をしっかりと見つめて尋ねたのだった。


















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