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短編シリーズ

三日月を食む

作者: だるは

 

 『お母さん、お月様欠けてるよ……誰かが食べちゃったの?』


昔、母にこんな問いをしたことを思い出した。まだ月の満ち欠けも知らない無邪気な幼い質問だ。こんな他愛もないことを突然思い出してしまうなんて少し疲れているのだろう。


母はもう高齢で寝た切りになり、おまけに数年前から認知症を患って記憶も曖昧になった。寝た切りになってしまったのは10年ほど前でそれから私が介護をしているが、そのせいで私は結婚もできず未だに独り身で、昔話は母を恨んでいたこともあった。きつく当たってしまったこともあった、母に悲しい思いをさせてしまっていただろう。


でも、私は母を愛している。毎日病院のベッドで横たわる母に会いに来ている自分を見て改めて実感した。


母を愛している。そう思い浮かべる度に昼間の医者の言葉が反芻される。『一ヶ月後が山場でしょう』と告げた医者の顔は思い出せないが、その声だけは未だに耳の中をこだまして離れない。


数時間頭を悩ませた後何とか母にこのことを伝えた。何かあったら必ず教えると約束していたからだった。しかし、返ってきたのは『新しいナースさんですか? 頑張ってくださいね……』という掠れた、それでも温かさの残る言葉だけだった。いずれ顔を忘れられるかもしれないというのは覚悟していたが、実際にそうなるとこんなにも辛いのか。


ちょうど一月後が山場……ふと気になり調べてみると、その日は三日月が出るとのことだった。母がベッドの側にある窓のカーテンを開けると、夜空に三日月がきらめいていた。

 「あら、綺麗な三日月。」

突然母が月を愛でるように声を漏らす。少し驚いたがいきなり喋り出すのはいつものことだ。

 

 「誰かが食べちゃったのかしら? ねえ咲良(さくら)。」


ああ。なるほど。あのとき空の月を食べた誰かはこんな気持ちだったのかもしれない。こんなにも三日月を食べてしまいたいと思った夜はなかった。



お読みくださりありがとうございました。

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