表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「死なせてくれ」~ポジティブ機能OFF~

作者: 海月 要

 既に廃版となってしまった、私の最初にして最後の本 {美しい心」と言ってくれた からの、第三弾です。

 コミュニケーションが取れなくなっていくことで、一緒の生活が辛くなっていく家族。進行が進んでいくことに、恐怖を感じる当事者。

 こんなアシストがあればと思い書き出したのですが…

 

「アルツハイマー型認知症を発症されています。どういたしますか?プログラムを始動しますか?」

 何も受け止められずにいる私達に、畳みかけるよう、話は進む。

「始動するとなると、まあ、後一か月ぐらいが有効期限かと思われます。ご家族とよく相談されて、そこまでに決めて下さい」

「薬は?」

「昔はいろいろありましたが……今は若年性の方のみ対象となっておりますので」

「そうでしたね、有難うございました」



 二人で診察室を出ると、真っすぐ歩いた。言葉を交わすことも、お互いの顔を見ることもなく。真っすぐ前を見て、会計の箱に用紙を入れると、ソファーに沈み、そのまま止まった。



 孫も大きくなった。そこそこいい年なんだから、適当に「年相応のボケ」でいいじゃないか。そうすれば、適当にボケと馴染みながら、時をやり過ごせただろうに。なんで病名なんてつけなくちゃいけないんだ。病名ついたら、対処しなくてはならなく……なんでこうなったんだよ。


 もう、薬でどうのと言う年じゃない。だけど、まだ歩ける、食事はうまい、ダジャレもイケてるし、ゲームもやっている。映画だって、時々話の筋がわからなくなるけれど、ちゃんと楽しんでいるじゃないか。


 俺はいい。わかんなくなっていくのも、わかんなくなるのだろうから。だけど、残された者は……死ぬのならば、俺が消えてしまい、全てが消滅する。だけど、認知症の俺が生きていれば、嫌でも俺と向き合わなきゃならない家族が……


 俺、捨てられるのかな。


 プログラム、あれはいつから始まったんだっけ。なんか凄いことができるようになったって、発表の時はびっくりしたもんだ。薬で進行を抑えることができても、やがて認知症は進み、意思表示ができなくなり、家族でなくなる。家族なんだが、その機能を失う。そこを救う一筋の光、希望。


 だが、あれは本当に本人と家族を救ってくれるのか?



「おい、どうする?」

「わからない。あなたのことだけど、私のこれからの生活のことでもあるしね……だけど、わからない。子供達にどう言って相談したらいいのかしら。ああ、でも子供達に判断させるのも、酷な気がするわ。二人で決めて『私達はこう選択したから、よろしく』ってのが……でも、わからない」



 まったく、飲み過ぎなのよ。ほどほどというものがあるでしょうが。

 お酒を控えるきっかけが欲しくて、受診を勧めたら、こんなことってある?ひどい、これからの生活設計、もうバラバラだわ。<型>がどうだろうが関係ない。私の介護人生が始まるのよ。もう、戻れないのね。どんどん悪くなるばかり。いちいちうるさいことも言うけど、憎たらしいことも言うけど、会話が成り立たなくなった人といるのは、きっと耐えられない。その内、自分だけがしゃべっているのかしら。


 プログラム、私が夫を必要としているかが問われているのね。




「それでは、説明を始めます。規約書は厚いし、言葉も難しいですから。この説明、わかりづらい時は、その都度質問して頂いていいですよ。

 まず概要から。

 このプログラムはまず、認知症に罹患した方の記憶、思考、癖、話し方やら、感情表現などをAIに学習させます。そして、ご本人様もしくはご家族様がそろそろと思った時に、意思をAIにバトンタッチするとお考え頂ければいいかと存じます。もちろん、AIには新しい記憶の保管スペースもありますので、スムーズな会話を楽しめます。又、ご本人様も『あれだ、あれ』とイライラすることなく、伝えたいことを自分の言葉で声にできます。

 ここまでは、ご理解して頂けましたか?」


「あ、はい。私に代わって、機械が話すんですね。私はどうすればいいのですか?そろそろの時でも、まだなんかしら話せるのは?」


「同時に二つの音源があっては聞き取りにくいので、排除します。すなわち、声を手放して頂きます。ご安心ください、伝えたいことは『おう、それそれ』って感じで、声になっておりますから」


 にわかには信じられない。大丈夫なのか?

 だけど、そろそろの時には、もうだいぶ行っちゃっているから、こっちサイドはどうでもいいのかな……


「そろそろの見極め頼むぞ」

「話にオチがなくなったらね」


 はあ……私ですか。嫌なことを決めるのはいっつも私。その時にならないと、きっとわからない何か、どうしようもない何かに突き動かされるのかしら。ああ……


「それでは、これからの予定をお伝えします。

 機材の搬入は来週の金曜日です。日中は皆様の会話をモニタリングして、眠られている間に記憶の抽出をしていきます。頭に付ける装置は小型でコードレスなのでご安心ください。又、日中の会話は外部に漏れることはけっしてありませんので、ありのままでお願いします。AIに移行しても、お会いする可能性がある方はなるべく会うように工夫して下さい。そろそろの時を想定して、その頃話すことを話題にしておくことをお勧めします。特に、子供の成長……まあ、一年位会わない孫とか、普通にいますけれど」

「私のコピーをつくるのですか。真面目にやらなくては」

「真面目でなくて、普通にでしょ」


 いい夫を演じる気かしら。それはそれで、いいかも。でも、記憶も移行しているんだから、今更いい子ぶってもね~


「最後に、プログラムを起動した後のことをお伝えします。

 このプログラムはあくまでも意思疎通のアシストであります。身体は老化していきます。もちろん、いろいろな病になる可能性は年と共に高まります。けっして寿命を長らえるものではありません。そのことをご理解頂いた上で、もう一つ。

 このプログラムをご利用になる特典というか、まあ、利用して良かったとご家族が感じて頂けるよう、ポジティブ機能が付加されています。

 この機能なのですが、コスト面でやや問題がありまして、三年間と限定されています。だからどうということはないと思いますが、一応伝える決まりなので」

「ポジティブじゃなくなる。それじゃ、ネガティブになるってことですか?」

「いえ、そういうわけでは。やや強引に思考をポジティブにもっていこうという、そういう機能がなくなるだけですから。素になると理解して頂ければいいかと」

「それなら安心ね、能天気だし」

「なんだよそれ、まるでデリカシーに欠けているみたいに。俺は繊細なんだぞ」

「ハイハイ、とっても繊細なチビリで~す」

「やれやれ」


 こんな会話が楽しめるオプションってっわけか。三年間、長いのか、短いのか。要するに、認知症の進行状況によるということか。だとしたら、一般的な肺炎とかになって、プログラムを全うせずに終わりたいな。俺、何言いだすか……せっかくだから、みんなに迷惑と言うか、いい感じの思い出のまんま、消えたいしさ。


「それでは、最後の契約となります。ご納得の上、サインお願いします」


 いいのか、いいんだよな。妻を振り返る。今まで俺を支えてくれた、頼りになる妻の笑顔があった。O型の、確信がないくせにどうにかなるという、その笑顔で……

 背中を押してもらった。



 「そろそろ」は、妻に降りて来た。

 よく我慢したと思う。私に判断能力はすでになかった。昨日覚えていたことが、今日忘れていたとしても、それに気づくことなどできなかっただろう。今、その当時の出来事を記録しているのはAI、かつての私ではない。

 

 初め私は、嬉しかった。素直に、ただただ嬉しかった。家族として、会話の中にいる幸せ。自分を必要としてもらっていると感じること。早く起動させとけば良かったと、後悔までした。

 けれど、二年が過ぎた頃、孫の入学とか、話の輪に入れても参加できないとかが、なんだろう無性に空しくて、無力感というのか、心がついていけなく……それでも、私の言葉は、お道化て、みんなを笑わせて……AIに移行した<私>という魂に、疑問が生まれた。


 これは私?

 本当に、みんなから望まれている私のあるべき姿なのか?

 本当に、本当に望まれているのか?

 軽口たたいているだけの……

 生きていて、本当に本当にいいんだろうか?


 声を失い、うめき声さえあげられない。動く手でベッドを叩く音さえも、なぜかいい感じのリズムを刻んでいる始末。

 この虚しさを伝える術はない。



 最近、なんか、夫の顔が、言葉に反して引きつっているような。なんか、違うような気がしてしょうがない。

 お酒は、めっきり飲めなくなった。それでも、二人の晩酌は続いている。元々、晩酌の時しか会話はそうなかった。時々、孫からの動画が酒のつまみ。昔は、将来の不安というか、どうやって暮らしていこうか話し合ったものだ。子供達の家庭が上手くいくようにと願い、孫の成長を楽しみにしていた。

 今は、なんて言うか、うわべ。

 実際関われない夫。私がどんなにまずい言葉を発しても、夫は上手くかわしてくれる。

 それが、辛い。

 言い返してもいいんだよと、寝床の中で涙が溢れる。

 夫に聞かれない、寝床の中で。



 三年間は過ぎていった。

 いい三年だった。私も楽しかった。後悔は、ない。ある意味、妻に、今までの感謝を伝える、いい機会だったのかもしれない。

 たった三年だったけど、もう十分。


 きっと妻は、わかってくれたと思う。


    さよなら、死なせてくれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] AI活用が今ほど当たり前でなかった、2017年時点でのAI×脳の可能性と着想に驚かされました。ips、遺伝子組み換え、数年後にはもっと変わっているかもしれませんね。 [気になる点] 相次ぐ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ