第10話 突入そして脱出
ロディはヘルメス号に残り、四人が光学迷彩スーツを纏って船を抜け出した。
宇宙港の管制塔に侵入してヘルメス号にパスを繋ぎ、脱出手段を確保すると同時に惑星管制ネットに侵入。
放送システムとサラ達の居る軍事施設に繋がるパスを確保した。
そして四人はヘルメス号のビーグルに乗って首都を目指す。
軍事施設の入口の警備室。
アンナが中年女性の警備員の注意を引いている隙にバンが警備員を気絶させ、ロードはそこにあった端末から宇宙港で確保したパスを伝ってシステムに侵入。
建物の詳細な情報を取得する。
ロードはモニターに映された建物図上の構内ネットワークを読み解き、幾つかのポイントを示す。
「ここが管制室でここが警備中枢だな」
「この部屋から放送通信ネットが伸びている。あの映像を撮影したのは、ここだな」
キーツが「三人が居るのはどこだろう」
「この階に小部屋が多数ある。その中で現在、電力が使用中なのは、この三つだ」とロードが指摘。
「すると、ここに三人が別々に」とアンナが・・・。
先ず、放送室を確保し、ここから管制システムに介入しつつ、監禁されている部屋を目指す・・・という計画だ。。
四人は建物に侵入。放送設備室に潜入した。中には誰も居ない。
ロードはそこの端末から管制室のメインコンピュータにウィルスを仕掛けた。非常システムの作動とともに起動して指揮系統を混乱させるものだ。
随所にある監視カメラに対して光学迷彩スーツは有効だが、問題は救出したサラ達が丸見えになってしまう事だ。
三人分を持ってきたとしても事前調整が必要なため使えない。
そのため救出後に脱出を阻止しようとする警備陣への備えは不可欠なのだ。
ロードは放送設備室から無線で指示を出し、残りの三人がサラ達の元に向かう。
鬱々とした気分でサラが、監禁されている部屋のベットに横たわる。
いきなりドアが開いて、戸口で「ここを出なさい」とバンが呼びかけた。
そして「ここに居ると危ない。アンナとキーツも来てる」
向こうからアンナに連れられたジュナ、キーツに手を引かれたリアが駆けて来る。すぐに建物に非常警報が響いた。
管制室では仕掛けられたウィルスが起動し、モニターが次々にダウンする。混乱の中を警備兵たちがあちこち駆けまわる。
この状況を把握していたロードは、向かってくる救出隊が警備兵に出くわしそうになると無線で警告。
やがて出くわした二名の警備兵が銃を乱射。
サラ達が渡された拳銃で援護射撃する中、バンが敵の射線を縫って反撃し撃退。
何度か遭遇した警備兵を排除しつつ、ロードが待つ放送設備室に六人が辿り着き、扉をロックして立て籠もった。
「ここからどうするの?」とサラが不安そうに聞く。
「とりあえず、これを見て欲しい」とバンが携帯端末の画面をサラに見せた。
別人の声を使った捏造証言映像を見て、サラは唖然とした。
「これ、私の声じゃないよ」
アンナが「知ってる。これで戦争を煽ってザナを侵略しようって魂胆なのよ」
「そんなの絶対許せないよ」とリアが声を荒立てる。
「だから、本当のサラの声をここから流して、ノーマの人達に訴えるのさ」とバン
サラは「今度は私の本当の声が届くの?」
「そのために、この部屋に立て籠ったんだ」とバンが言った。
その時、ロードが得意げな声で叫んだ。
「繋がったぞ。これでここからノーマ中に生中継を送信できる」
ロードが放送システムのパスを使ったハッキングに成功したのだ
「それじゃ、ここから本物の君の声を伝えてくれ。生中継だから捏造は入らない」
そう言ってバンはサラにマイクを渡す。
サラはマイクの前に座り、カメラが彼女を映した。
サラは訴えた。
「ノーマの皆さん。私の顔に見覚えがあると思います。けど、私の声は初めて聞く筈です。先日、ザナから帰還した偵察隊のサラです。私がザナで虐待されたという話を皆さんは聞いたと思いますが、あの証言は捏造です。本物のザナの人々はこのノーマよりずっと平和に暮らしています。あの星には人工子宮によって生まれた新世代が居ます。男性も、そして女性もです。そして女性型アンドロイドも居て、男性達も満たされて、このノーマに侵攻する必要など皆無なのです。私達が軍備に費やす国力を、彼等は文明の再建に使い、娯楽もファッションも食事も楽しめる社会を、私はあの星で目の当たりにしてきました。そんなザナにノーマ政府は一方的に戦争を仕掛けようと、私の声の偽物まで使って皆さんを騙したのです。確かにあの星に居たのは囚人です。このノーマと同じように、です。私はザナの男性に対して歪んだ知識を教えられてきました。自分達は女囚だけれど、それは男性のせいで望まぬ犯罪に手を染めたのだ、などとも教え込まれましたが、私達は知っている筈です。執政委員会委員長のメイア氏が看護学校の友人たちを支配して殺人を強いて懲役となった事、副委員長のノエラ氏が町内会の会食に毒を盛って保険金詐欺を行った罪で服役した事。どちらも男性とは無関係です。こんな事、もう止めませんか?」
サラの演説が終わると、アンナがマイクの前に座った。
「私はアンナと言います。ザナで人工子宮により生まれました。父は元囚人ですが、今は優しい人です。ザナには確かに怖い人も居ます。けれどもみんなで頑張って文明の再建を進めて、平和に暮らしています。ノーマとはこの20年間全く拘わらずに生きてきましたし、皆さんがザナを信用しないとしても、今後も関わる事無く平和に共存していける筈です。けれどもノーマで教わった偏った知識を改める人がいるなら、仲良くなれると思います。サラともそうやって友達になりました」
次はキーツの番だ。アンナに続いてマイクの前に座る。
「僕はキーツと言います。皆さんは男性の実物を見るのは初めてと思いますが、見ての通り普通の人間です。僕の周りには同年代の男性も女性も大勢居て、仲良く暮らしています。アンナは以前からの友達です。男性と女性は違う所もありますが、ちゃんと解り合えてきたつもりです。同じ事はきっとノーマの皆さんとも出来る筈です。最後に、ザナで再建が進んでいる消費文明がどんなものかを見て欲しいと思います。圧縮データとして送信しますので、是非ごらんになって下さい。そして戦争の準備なんか止めて、同じように文明の再建に取り組む事を期待します」
キーツがマイクの前で話すのを見て、サラはノーマの女性達の目に彼がどう見えているのだろうと思った。
ロディの言葉を思い出す。(キーツを始めて見た女って大概ああなるよね)
その時、ロックした入り口の金属扉に異変。
警備兵がカッターで扉を破ろうとしているのだ。
「どうしよう。これじゃ、袋のネズミだよ」
そう心配声を上げるジュノに「大丈夫さ。そろそろ着く頃だよ」とバンは笑って言った。
その時、通信機からロディの声。
「お待たせ。荒っぽい事をやるから外壁から離れて」
七人は扉の脇に机を倒してバリケードとし、その陰に隠れる。
大音響とともに外側の壁が爆発し大穴が空いた。ヘルメス号の小型ビーム砲が炸裂したのだ。
壁の大穴の外にはヘルメス号がすぐ近くの空中に浮いている。
「防空システムのハッキングがそろそろ限界だ。すぐ脱出するぞ」とロードが叫んだ。
ヘルメス号から射出したワイヤーを使って七人は船に乗り移った。
「速攻で逃げるぞ。大気圏離脱準備は出来てるか?」とバンはコマンドシートで叫ぶ。
「それはいいんだが、宇宙港が大変な事になってるぞ」とモニター席のロード。
宇宙港上空のドローンからの映像。地下格納庫の巨大な扉が開き、超大型戦闘艦を乗せたカタパルトが上昇している。
他にも大型・中型の戦闘艦が次々に格納庫から姿を現そうとしている。
「すんなり逃がしてはくれないらしいな」とロードが呻く。
キーツが「ってか、偵察艇1隻に大袈裟過ぎだろ」
するとバンが「いや、目的はザナへの侵攻じゃないかな」
「それよりこれ見てよ。地上も大変な事になっているよ」と端末モニターのドローン映像を見てアンナが叫んだ。
執政府前に抗議の人だかりが集まりつつある。首脳部に騙されたと知った人達が暴れ始めたのだ。それを銃撃して追い散らす警備陣。
バンが言った。
「なるほどな。下手をすると政権が持たなくなるから、その前にザナを制圧して手柄にして政権を維持しようって訳だ」
キーツが「どうするんだよ。あんなのが来たらザナなんか一たまりも無いぞ」
「まあ見てろ。宇宙港の管理システムのパスはまだ繋がってるよな」とロードは操舵席のロディに確認。
ロディが「ヘルメス号が発進する時に使ったままだからね」
ロードは端末を操作し、パスを通じて宇宙港のシステムをハッキングした。
開きかけた格納庫の巨大な開閉扉が閉まり始める。
カタパルトに載って半分地上に出た状態の超大型戦闘艦に、巨大な開閉扉がのしかかり、戦闘艦の外殻を圧し潰す。
発進中の他の戦闘艦も同様に閉まる扉により次々に圧壊し、あひこちで爆発の火の手が上がる中、ヘルメス号は大気圏を離脱し、軍事衛星の射程を抜けた。
軍事衛星は外から来る敵には自動的に反応し攻撃するが、地上から上がって来る船を攻撃するには地上からの指令が必要だ。
ロードが仕掛けたウィルスにより脱出阻止の指令が妨害され、ヘルメス号は脱出に成功してザナへの帰還の途についた。




