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セシア伝  作者: 海森 真珠
第1章
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第5話 信仰の証Ⅰ

 セシリア―トとヴィンセントの利害が一致し、一時的に協力関係になって数日。

 毎日のようにヴィンセントはセシリア―トの“運び係”として食事を運んでは天気の良い日は外で一緒に肩を並べて食事をとっていた。

 断っても笑顔でかわして運んでくるのでセシリア―トはもう黙って受け取るようにしているが、毎回きっちりと朝夕に現れるヴィンセントに堪らず冷ややかな視線を送った。


「あなたはそんなに暇なのか」

「失礼な。時間はね、自ら作り出すものだよ。俺だって無駄だと思うことに時間は使わないさ。つまり、君との時間は必要だということ。わかったかい、セシア」


 最近お気に入りになった甘酸っぱい木苺を口に運びかけて、セシリア―トの手はぴたりと止まった。もの凄い違和感が体中を駆け巡る。


「今、なんて?」

「ん? 時間はね」

「そこじゃない。そのあと、最後だ」


 セシリア―トの問いかけに、ヴィンセントはにこりとしてはっきりと答えた。


「セシア」


 すっとぼけたような、癇に障る笑顔で“セシア”と呼ぶヴィンセントに、全身鳥肌が立った。何を考えているのか、この男は! そう心で叫んではっきりと拒絶する。


「気持ち悪い」

「ははは」

「気持ち悪い」

「うーんと」

「気持ち悪い」

「……う、わー。怒るでもなく無視するでもなく、本気の拒絶だねそれ。さすがに傷つくかな、俺」


 固まったヴィンセントの笑顔からは言葉とは裏腹にこの状況を楽しんでいるような雰囲気が伝わって、セシリア―トはさらに無の感情へと悟りを開きかける。


「わーわー。わかったよ。綺麗な瞳が台無しだよ、セシリア―ト。先ほどの言葉は今後にとっておこう」

「今後? そんな機会、この私が絶対に訪れさせない」


 なぜか気合の入った宣言にヴィンセントは美しい顔で、まるで高貴な女性のようにくすりと笑った。


「どうだろうな。今からその時が楽しみだ」


 それを聞かなかったことにして残りの昼食を黙々と食べ進める。騎士たちに混ざって訓練を受けるヴィンセントだが、今日は訓練がなく散歩がてら昼食を持ってきたのだ。すると、城の北側に建てられたひと際大きな建物、神殿を見ながらヴィンセントが疑問を口にした。


「ところで、今夜はどうするんだ?」

「今夜?」


 突然の話題転換にセシリア―トは少し考えて、「ああ」と思い至った。


神喜(しんき)()か」


 ウィンザー王国の土台には《神》の信仰がある。《神》を唯一の信仰としているため、《神》と人々を繋ぐ役目を果たす神官たちが所属する神殿は、国全体に大きな影響を及ぼすのだ。《神》を唯一の信仰にしている根幹にあるのは《神の御業(みわざ)》で、古代レヤ大国の名残でもある。

 しかし、今や《神の御業》は伝説上の話。《神》の信仰ありきで《神の御業》があると思っている人々がほとんどだ。何が先で何が後なのか、もはやそれを正しく知るのは古書を読み漁ったセシリア―トくらいなのかもしれない。


「“神喜の儀”は、年に一度行われるウィンザー王国の神に感謝をする儀式。陽が沈んでから神殿では王族や臣下たちが集まって大神官の儀式に参列する。去年から俺も参加が許されたんだ。まあ、体調を崩して参列できなかったけど」

「隣国の王子である部外者のあなたが?」


 古代レヤ大国を基盤に建国されたウィンザー王国は良くも悪くも排他的で、容易に外者を受け入れない。信仰行事は特にその傾向が強いのに、珍しいこともあるのだなとセシリア―トは素直に驚いた。


「現王妃様の一言でね。『エバンス王国の王子に、ウィンザー王国の素晴らしい信仰に触れる機会があればそれはとても喜ばしいことではなくて?』と。いやー、現王妃様のお心遣いには感激だ」

「……機会がもらえて良かったな」

「そうだね」


 深く突っ込まずにセシリア―トは適当に相槌を打った。ヴィンセントに向けられた刃は彼自身でどうにかすればいい。手を貸す必要もなければ、逆も然りだ。


「それで、君は毎年どう過ごしていたんだ?」

「私には全てが関係ないし、そもそも塔から出ることすら禁止の身。今夜もいつも通りの夜だ」


 食べ終えたかごをヴィンセントにぐいぐいと押し付け、服についた汚れを落としながらセシリア―トは立ち上がった。今日は雲が多く、太陽の眩しさがない。


「ふーむ。それなら、せっかくだから君も参列しよう」

「は?」


 十秒前の会話も記憶できないほど愚かなのかと、セシリア―トは呆れた返事をした。だがヴィンセントは至って楽しそうに会話を続ける。


「俺の侍従として参列すればいいだけの話さ。一人までなら連れてきても良いと言われているから特に怪しまれる必要もない。今みたいに顔を隠したいのであれば、顔に大きな火傷の跡があり見苦しいので布をつけさせていると言えば済む。髪の毛も染料でどうにかなるし、瞳の色も一時的になら良い薬がある」


 淀むことなくスラスラと言うヴィンセントにとって、誰か一人を忍び込ませることなんて朝飯前のようだ。立ち上がったヴィンセントを見上げるように、セシリア―トは呆れた目を向ける。


「確かにそれなら怪しまれずに参列できそうだな。しかし、わざわざ参列する理由が私にはない。生憎、国の行事には無関心なんだ」

「まあまあ、そう言わずに。どうせ最後だ。思い出作りに参列してみるのも良いのではないかな」

「最後」

「ああ。あと数か月で君も俺もここから去る。一年後の神喜の儀なんてもうないよ」


 16歳の誕生日がここから抜け出す日だとヴィンセントにはすでに言ってある。それまでお互いできることはするという話でまとまり、具体的な話はまだ何もしていないのが現状だ。ヴィンセントのバカげた話に一旦、乗ってからまだ数日しか経っていないため仕方がないことでもある。


「これも経験さ。何でも経験していて悪いことなんてないよ」

「かびたパンを食べることでもか」

「おっと、どこかで聞いた話だなあ。その話、もう少し詳しく」

「もう忘れた。あなたはそうやってこの国での暮らしを楽しんでいるのか?」

「そう見えるなら、そうなのかもね」

「………………はあ、わかった」


 なんとも掴みどころのない返答に、これ以上はいつかの押し問答と同じになると察して折れた。太陽の光がないというのに、ヴィンセントの金髪は相変わらず美しく輝き、憎たらしいほどに整った顔には笑顔があった。



 陽が沈んですぐ、侍従の服に着替え、髪の毛は茶色の染料で染め上げた。瞳の色はもともと赤茶色のような色だったが、ヴィンセントが持ってきた“良い薬”のおかげでこげ茶色になり、至って平凡な侍従が出来上がった。目から下を覆う布が目立つのは仕方ないが、面影から正体を疑われたら一巻の終わりだ。

 もしもの時の言い訳も考えてあるし、なんとかなるだろうと割と楽観的な考えを持つセシリア―トは、はっとした。早々にヴィンセントの悪賢さに毒されているような気分になったからだ。


「さあ、入るよ。俺の後ろに」


 目の前にあるのは白塗りされた大きな神殿。細長い窓がいくつも整然と並び、正面の壁中央には古代レヤ大国時代の様式を真似た《神》の絵画が施されている。入口までの長い階段はいじめかと思うほどだが、きっとこれにも何かしらの意味があるのだろう。

 塔のある神殿跡から予想されるかつての神殿は屋外での儀式が主だったことに対して、現在の儀式は神殿内で行われることが多いらしく神殿というより、むしろ城のようだ。誰か一人の趣味で神殿が建つわけではないだろうが、信仰心だけでこうはならないだろうなとセシリア―トは心の中で思いながら、感情は表に出さず無言でヴィンセントのあとをついていく。

 

 すると、入る寸前ヴィンセントが耳打ちしてきた。


「知ってるかい? 神殿には不思議な力に反応する(せい)(せき)と呼ばれる石が置かれているんだ。古代レヤ大国時代の遺物で、大神官だけがその扱い方を知っているらしいよ」

「それが何だ?」

「俺はね、思うんだ。聖石はきっと《神の御業》に反応しているんじゃないかってね」


 その言葉に、セシリア―トは弾かれたように俯いていた顔を上げた。


「お前っ」

「楽しみだね」


 驚いたその一瞬を見逃さず、ヴィンセントはさっさと神殿に入った。協力関係だといえども、所詮、協力関係なのだ。味方ではない。この状況をどこか楽しむような陰険なヴィンセントの顔を睨みつける。


 侍従という役が一瞬剥がれかけたセシリア―トは、覚悟を決める間もなく神殿に足を踏み入れた。


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