第14話 難問と悪意Ⅰ
ウィンザー王国では、前進である古代レヤ大国時代の出土品が多く発見される。それはどれも歴史的価値が高く、ほとんどは王家に渡り保管される。
それらを管理するのは政務に勤しむ王に代わって王妃の役目でもあった。そしてそれらを展示し様々な人間が交流する博覧会として催すのも、王妃の仕事のひとつだ。
茶会やパーティーを開く緑花宮の庭園では、今まさにその博覧会が催されていた。数代前の王妃が自然や花を愛していたことから、国中の美しい植物や花を集め植えている広大な庭園に、多くの人間が集まっている。
宮の入口に近い場所には、王妃と第二王子が座るテーブルが、そしてそれらを先頭にいくつもの純白のシルクが被った長机が配置されている。
その上には整然と様々な出土品が並び、その机の周り、王妃たちの場所とは会話など聞こえないくらいの遠い位置に、博覧会を盛り上げるために呼ばれた商人たちがちょっとした露店を開いていた。主に城内で働く侍女たちが好みそうな装飾品などを売っている。
「よくやるわね、王妃様も。呼び寄せた商人たちの数で他の茶会と競い合ってるわ。これだけ集まれば侍女たちも喜ぶし王妃様のプライドも満たされるわね」
「あの方の見栄っ張りは今に始まったことではないでしょう。そもそも博覧会をこんな茶会形式でやっているのは歴代でもあの方だけらしいわ」
「天真爛漫な顔で華やかなものに囲まれるのは、王妃様の十八番ですものね」
王妃たちのいる場所に聞こえない位置で、博覧会に招待された貴族の貴婦人たちがこそこそとそんな会話を繰り広げていた。
その横を、相変わらずランリャ医師の助手に扮したセシリア―トは機嫌良さげに通り過ぎた。ひまわりのような笑顔を咲かせ、手を振る侍女ライラのもとへ歩み寄る。
「ライラ」
「エディさん! せっかくなんですから何か買いましょうっ」
「いや、私は興味がないから……」
キラキラした瞳に耐えられず、セシリア―トは苦笑いで視線を逸らした。
アンガス・グレンダ主導の狂った狩りから戻って二週間とちょっと。ライラもセシリア―トも怪我が完全に治ったわけではないが、日常生活を送るのには支障がないほどまで回復した。そして今日、塔から出て多くの人と関わるという危険を冒してまで博覧会に参加したのは他でもない、セシリア―ト自身の意志だった。
もちろん、侍女たちのように商人たちが売っている装飾品を買うためではない。セシリア―トの興味はただ一つ。博覧会本来の趣旨である、遺物の展示だ。
「ええ? こーっんなにたくさん綺麗なものがあるのに興味がないんですか!? 勿体ない! エディさん、とってもお綺麗なんだからもっと着飾りましょうよ!」
「世辞なんて言っても何もあげられるものがないんだが」
「そんなんじゃありませんよーっ! 私が選んであげましょうか? あ、大丈夫。お手頃な値段のものを見繕いますよっ」
「えっ、いや、あの」
狩りの時とは打って変わって、乙女全開のライラにセシリア―トが戸惑っていると、後ろから救いの一声がかかった。
「ライラ。そこら辺にしてあげなさい。エディが困ってるわよ」
「あ、ランリャ医師様!」
第二王子の健康管理も任されているランリャが、仕事を一通り終えて戻ってきたようだ。ライラがセシリア―トの腕を引っ張る力が弱まったのを見逃さず、セシリア―トはさっと腕を外して距離を取った。意外にも押しの強いライラの相手をするのに困っていたところなので、ランリャの登場にセシリア―トとしてはほっと一安心して胸を撫でおろす。
するとランリャが唐突に話題を振った。
「エディ。ヴィンセント王子の解毒も無事に終わって、彼、二日前から出歩けるようになったけれど」
「だから、何だ? 会う理由がない」
ヴィンセントが受けた矢には毒が仕込まれていた。ヴィンセントは毒の耐性があったことから大事には至らなかったが、念のためランリャが治療にあたっていたのだ。
同じように、毒矢で右目が潰れて重体となったアンガス・グレンダも一命は取り留めたものの、錯乱状態だと噂されている。それを裏付けるかのように父親のグレンダ宰相は、宰相の職を辞し家族を連れ地方へ引っ込んだらしい。多くの人間を苦しめたアンガスにお似合いの結末だ。
ヴィンセントの話題に、セシリア―トの纏う雰囲気が一気に不穏に変わったことで、ランリャはやれやれとため息をついた。
「はいはい。この話はしないわよ。もうっ、面倒な人たちね」
「え、ヴィンセント王子様のお話ですか? かっこいいですよね~! 令嬢方にはあまり人気がないようですが、侍女の間では密かに人気が高いんですよっ。ここだけの話、ヴィンセント王子様は侍女や侍従にも気さくに話しかけてくれるんです!」
セシリア―トの纏う雰囲気がどす黒くなっていくのに気づかず、ライラはヴィンセントを褒めちぎる。狩りで追いかけ回された記憶は一体どこに行ったんだとセシリア―トが言いかけたとき、慌ててランリャが止めに入った。
「ちょ、ちょっと! ライラ、蒸し返すんじゃないわよ。空気を読みなさいっ」
「へ?」
「しっ。いいから」
ふっと顔を上げたセシリア―トはふたりにとても穏やかな笑顔を向ける。顔の半分下は相変わらず布で隠した状態でも、ランリャはその笑顔にひやりと悪寒に震えた。一方で、鈍感なライラはよくわからず、にへらと笑顔を返した。
「話を変えよう。ライラ、もしかして遺物の展示は貴族しか見れないという決まりでもあるのか?」
「えっ? ええっと、そんなことはありませんよ」
庭園の中央に展示された遺物の周りには貴族のご婦人たちしかいない。連れの侍女はいても、城内で働く侍女たちは皆、左右で開かれている露店の前にしか集まっていないのだ。なにか知らない規則でもあるのかとセシリア―トはライラに聞くが、彼女は首を横に振った。
「博覧会は基本的に誰でも出入り自由ですから。でも、私たち侍女の中に遺物に興味のある者なんていませんよ。これだけの商人が集まる機会なんて早々ないので、侍女たちは装飾品を買うことしか頭にないんです」
「なるほど。自然とこのようにわかれたということか」
「は、はい。……って、あれ? もしかしてエディさん、あれらに興味があるんですか!? あのよくわからない古代の出土品に!?」
信じられない!と大げさに騒ぐライラに、ランリャがうるさいと小突いた。他人の興味にケチをつけるなど、失礼なことだがライラくらいの十三、四歳の少女の感覚ではそれが普通なのかもしれない。セシリア―トは自分の特異性があるからこそ遺物に関心が高いが、侍女たちにとってはただのガラクタに映るのだろう。
「あれらを見てはいけないという決まりはないんだな。良かった。それじゃあ、見てくる」
「へ!?」
ライラが止める隙もなく、セシリア―トはさっさと中央の長机に並ぶ遺物を見るため近づいた。いきなりランリャ医師の助手が見に来たことで、近くにいた貴婦人たちは訝しんだが特に罵声を浴びせるなど品のないことはせずなんとなく静かにその場から距離をとった。
古代レヤ大国時代の出土品といっても、何か特別な力が宿っているわけではない。どれもごく一般的に使われていた器や装飾品、たまに武器らしきものも展示されている。それでも、何百年、何千年も昔の物がそれなりに良い状態で今なお発見され続けているのだから、セシリア―トにとって心躍るものたちに違いなかった。
「こんにちは、お嬢さん。これらにご興味がおありですか?」
展示品を真剣に眺めていたセシリア―トに、突然誰かが話しかけてきた。
隣を振り向くと、そこには貴族の令息が着るような上等な絹の服を身に着けた男がいた。しかし装飾品の類は一切つけておらず、とてもシンプルなデザインだ。くすんだ緑色の長髪は後ろで緩くひとつに結び、穏やかにほほ笑んでいる表情から柔和な印象を受ける。
「あ、ああ……じゃなくて、はい」
突然話しかけられたことで、危うく口調がもとに戻りかけたのを急いで直す。するとその男はより一層、穏やかにほほ笑んだ。
「それはとても嬉しいです。年若いお嬢さんが古代の遺物に興味を示してくださるとは、献上した甲斐があるというものです」
「献上というと……もしやあなたが?」
「申し遅れました。私は考古学者のノア・バーズです。王妃様より遺物の管理を任されているんですよ。侍女の皆さんはあまりこういったものに興味を示さないので、あなたのような方が関心を持ってくださって嬉しいです」
考古学者だと名乗ったノアは、心底嬉しそうに何度もその言葉を口にした。ひとつひとつ丁寧に説明してくれるのをセシリア―トも黙って聞く。セシリア―トには塔の本の知識があるため、誰かの説明など必要はないが、とにかく感心した。なぜなら、ノアは的確にこれらの遺物の用途、意味をしっかりと把握していたからだ。
「これは一見ただのナイフのように見えますが、儀式に使用していた神物のひとつだと考えられます。どんな儀式だと思いますか?」
「……さあ、わかりません」
そう答えたが、もちろんセシリア―トはその儀式についても知っている。しかしどこまでノアは知っているのだろうと、つい試したくなって知らぬ振りをしてみた。すると、想像以上の答えが返ってきた。
「守護の儀式ですよ。古代レヤ大国は外敵から民を守るために、皇族の血を捧げることで《神の御業》を使い、国全体を守護していたんです。その儀式の際に、この神物で腕を斬っていたのでしょう。つまり、これにはかつて世界を支配したといっても過言ではない古代レヤ大国の皇族たちの血がしみ込んでいるというわけです。まさにそこに、価値があるのです」
「なるほど。それは素晴らしいですね」
初めてといっていいほど気分が高揚したセシリア―トも、いつになく饒舌に会話を楽しんだ。
「本当に色々なことをご存じのようですね。そういった知識はどのようにして身に着けたのですか?」
「もちろんそれは、この国一の神聖第一図書館の文献です。あそこには数万の本がありますからね。多くの古書を学びました」
その言葉にセシリア―トは驚いた。古書を読めるということは、つまり古代レヤ語を解読できるということだ。考古学者ともなれば古書を読み解けて当たり前だが、ノアは恐らく三十代前半ほど。これまでの人生を古代レヤ語の解読に費やしたことに違いないだろう。そうでなければ、これほど詳しく的確に遺物の謎を読み解くことはできないはずだから。それか、もしくは天才か。
「……神聖第一図書館、ですか。私には縁がない場所ですね」
貴重な本が多く保管されている神聖第一図書館は王室が管理をする図書館のため、王族や城で働く文官、重臣など特別な許可証を持っている人間でなければ入ることは許されない。機密性の高い資料も保管されている書庫と繋がっていることから、一介の使用人がそう易々と入れる場所でないのだ。王族であるセシリア―トだが、もちろん幽閉されているため許可など下りるはずもなかった。
ぽつりと呟いたセシリア―トの言葉を聞いて、ノアは何かを思いついたように手を打った。
「そうだ、もし良ければお嬢さんが興味のありそうな本をいくつか見繕ってお貸ししましょうか? ああ、もちろん古書をそのまま、なんてことはしませんよ。安心してください。さすがに古代レヤ語は読めないでしょうからね」
「え」
予想外の申し出に固まるセシリア―トを見て、ノアはくすりと頬をほころばせた。なぜかその笑顔にセシリア―トはどきりとした。無条件に優しくされることに慣れていないため、これが単純な好意なのか、それとも何か裏があるのか、判断がつかない。
どう返事をしていいのかわからずまごついていると、得意げにノアが提案してきた。
「では、こうするのはどうですか? 僕がこれから出す問題が解けたら正当な褒美として、あなたが神聖第一図書館の本を僕から借りる。これなら気後れすることもないのでは?」
セシリア―トが返事を渋っている理由を、どうやら何の対価もなしに貴重な本を借りることに対して気後れしている、と思ったようだ。誰かと不用意に接点を持つことは、セシリア―トの立場上、好ましくはない。しかし、以前から気になっていた神聖第一図書館の本が対価ということにどうしても心が揺れてしまった。
だから思い切って了承の意を伝えるために口を開きかけ、
「それなら」
「――ノア、随分と楽しそうに何のお話をなさっているの?」
予想外の人物の登場に全身が凍り付いた。
少女のようにふわふわとした、鈴の音のような声。ふわりと百合の香水がかおった。その甘ったるさにくらりと不快感が全身を襲う。
「おや、王妃様」
ゆっくりと後ろを振り向けば、そこには現王妃がいた。




