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五十一節

 そう言ってほのか先生は、へらっ、とも、ふにゃっ、とも言えそうなやわらかい微笑みで笑いかけてくれた。


 ……巨乳先生のくせに……なによ、すっごい優しいじゃない……好き……。


 あたしは少しでもほのか先生が術に関わりあるかもしれない、と疑っていたことを心の中でわびた。ほのか先生の言うとおり、あたしは少し思い詰めていたのかも知れない。ほんわりとしたジャスミンティーが、喉を通ってお腹の中を温めてくれた。


「あ~。そう言えばさぁ」


 赤いカップを傾けながら、ほのか先生が声を上げた。


「アタシが新入生にお花つけてたとき……たまに、セリヤ先生がお花渡してくれたんだぁ」


「セリヤ先生が……?」


「そー。あの生徒にはこの色がいいんじゃないですかぁ、って白い花を渡してくれたのぉ」


 白い花……――!


 あたしは思わず、腰が浮きそうになった。


「その花って、何か他とちがうところなかったですか!?」


「へ? 違うトコ? え~アタシもたっくさんお花付けなきゃなんなかったしぃ、セリヤ先生が手伝ってくれたってだけだからわっかんないやぁ」


 食い気味なあたしの質問にも、フワフワっとぼんやりした回答しか返してくれないほのか先生。


 確かに、ほのか先生が見たってそれに術式が組み込まれてるかなんて分からないよね……あたしだってわからないし、それを責められない。


 でも、セリヤ先生。やっぱり怪しい……あたしにも直接花を付けてくれたけど、その花もどこかに行ってしまった。落とした記憶はない。


 紙が鳥になって飛んでいった記憶が、まだ鮮明に残っている。もしかしてあんな感じで、あたしの紙も何かの生き物になってどこかに行ってしまっていたら……?


 ――あたしの全身に、ぞわりと悪寒が走る。


 誰かが狙っているこの状況で、安全な場所なんてないのだとしたら?


「お茶、ありがとうございましたっ……! 急にへんなこと質問してごめんなさい、それじゃ……!」


 あたしは急に怖くなってきて、飲みかけのお茶を机の上に置いた。カバンを慌てて抱きかかえ、立ち上がる。


 セリヤ先生の、入学式に一瞬垣間見えた昏い瞳がどうにも頭から離れない。


 あたし、明日からどんな顔して教室入ればいいの……!


 ――怖いよ、霆門……!


「――ねえ、カワイ子ちゃん!」


 とてもあたしを呼び止める単語ではない言葉をかけられて。止まりたくはなかったが、二人だけの空間で他に人間もいない状況では、立ち止まらざるを得ない。


「……なんですか、ほのか先生」


 正直、一分一秒でも学校にいたくなかった。セリヤ先生に会いたくなかった。霆門と、ナオさんの顔が強烈に懐かしくさえ感じた。


 そんな内心の焦りなど知るよしのないほのか先生は、言いにくそうに間を作った。なんと言えばいいのか、迷っている。そんな空気を感じる。


「……セリヤ先生を、助けてあげて」


 今までのふにゃほわした雰囲気がどこかにいってしまいそうなほどの、真剣なほのか先生の表情。


「それは、どういう……」


「……アタシ、セリヤのコトならよーく知ってんの。アイツが苦しんでるのも、迷ってるのも知ってる。でも、何をしたいのかは知らないし、知りたくもない」


 セリヤ先生を呼び捨てにするほのか先生に、甘い雰囲気はない。それどころか、どこか切羽詰まったような、思い詰めた表情で、まるですがるようにあたしにお願いをする。


 けど……こんなふうに心配するなんて、ただの同僚を心配しているにしては、ちょっと程度が過ぎてないか……?


「……ほのか先生は、セリヤ先生の元恋人なんですか……」


 その切なそうな口調は、どうにもただならぬ関係性を示しているように感じてしまって。あたしは憶測とはいえ、おそるおそるその疑問をぶつけた。


 すると、ほのか先生は一瞬目をまあるく見開いて――あははは! と明るく笑った。


「そんなんじゃ、ナイ、ナイ! ただ、アイツが心配でアタシはココにいるの。アタシたちは幼なじみなんだ。校長に無理矢理言って一緒の学校にしてもらったの。だから……なんかアイツに絡んで困ったコトとかあったらさ、すぐに言って欲しいんだ。オネガイ」


 両手を合わせてニコっと笑うほのか先生は、空気を重くしないよう努めているように見えた。


 とはいえ、こんなふうに言われるとめっちゃくちゃ気になる。これはもう、人情だ。


「ほのか先生。知ってたら正直に話してください。セリヤ先生に何があるんですか?」


「何が、っていうか……それはホラ、セリヤのパーソナルな部分だからぁ……」


「言いにくいのはわかってます。でも――」


 ――ガチャリ。


 追撃するように言葉を重ねたあたしは、その先を扉の開閉音にさえぎられた。


 保健室の引き戸が開く。ああ、どうして。あたしは振り返らずとも、そこにいる人が誰か分かってしまう。全身に、冷たい汗が噴き出る。


「……まだ残ってたんですね、エリカさん。もう下校時間はとっくに過ぎていますよ」


 透きとおった、よく通る少し低めの声。なぜか漂ってくる、冷気のような寒気。


 ――セリヤ先生だ。

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