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四十九節

「まあ、こうなるのは仕方ないわ。いずれ全世界がエリカちゃんの存在に気付くことは、約束されし未来みたいなものだもの」


「ははは……相変わらずモモちゃんはスケールの大きいジョークを飛ばすなぁ……かっとびすぎてもう目でも追えないよ……」


「いいのよ、エリカちゃん。あなたはずぅっと私のそばでまどろんでいれば。外野のことなんか気にしない、気にしない」


 そう言ってモモちゃんはあたしの頭をぎゅっと抱きしめた。桃の花の香りがふわっと漂って、あたしはその香りが、もはや自分が落ち着くためのスイッチであることに気がついた。


 ああ、いいなぁ、落ち着くなあ。ずっとまったり、こうしていたい。


 そんな心境を知ってか知らずか……否、心境など知ったことではないカナデくんは、ハルオくんとモモちゃんの存在を通り越え、あたしをじっと見つめてきた。


「エリカ、なんか髪切った?」


「う、うん。モモちゃんのお父さんが美容師さんで、おととい切ってもらって……」


 さりげなく振られた質問に、あたしは自分の髪をいじりながらなんとか答えた。


 以前テレビで、男性は細かい部分に目がいかずに、女性が髪を数センチ切ったところで全く気付かない人が多いって言ってた。ということは、カナデくんは少数派だ。マイノリティだ。もはや高校に通っている場合ではない。彼は希少生物の価値あるイケメンとして、国連で保護してもらわねば。


「そうなんだ! すごく似合うよ。可愛い」


 あたしが動揺してアホみたいなことを考えている間に、カナデくんはにっこりと微笑んでそう褒めてくれた。


 ひぃぃぃ! 怖い、怖いよー! 女子たちのほう向けない!


 そこのガンたれてる女子たち! いいですか、彼の褒め言葉は鳥や猫や犬に向けてかけられる言葉と一緒です。人生皆友達、博愛精神的頂点! 犬や猫にいちいち腹立てますか? それと同じです。無視です。今こそスルー検定一級を取得するのです!


「ねぇ~カナデくん、そんな子ほっといてさぁ、うちらと話そうよぉ」


 おぉ、スルー検定を根底から否定する積極的陽キャ女子。ポニーテールがかわいらしい陽キャ女子は、そう言ってカナデくんの袖をツンツンっと引っ張った。


 積・極・的! さりげないボデータッチ!! 彼女はいったい、「彼の気を引く○つのポイント」みたいな十把一絡げのサイトのまとめ記事を一体何本読んだんだろうか。何本ノックなんだろう。あたしは千本読んでも絶対実践までたどり着かないぞ。


「あは、ごめん。また今度ね」


「え~!? なんでぇ!? やだやだぁ~」


 なんでぇ!? なんでなのカナデくん! なんでそんな、あたしに敵意が向くようなことを!?


「ほら、先生来たからさ」


 カナデくんの言葉に、ぶるぶる震えているあたしと陽キャ女子が黒板の方を向けば。確かに、担任の先生が入ってきた。


「あ……」


 あたしは思わず、声を漏らす。我らがAクラスの担任――それは、入学式のとき紙の花をあたしに付けてくれた、モテ教師の菊焚 芹夜!


「ほらー、朝のホームルーム始めるぞ。座れ~」


 黒い表紙の生徒名簿をトントンと肩に乗せながら、セリヤ先生はざわつく教室内に号令した。一角で、きゃあ! と嬉しそうな黄色い声が上がる。


 そう、なんだ……セリヤ先生が担任かぁ。なんだか、この先生あんまり得意じゃないんだよなぁ……担任の先生は、理科室でホルマリン漬けに囲まれて、白衣もヨレヨレの眼鏡中年地味陰キャ先生みたいなのがよかったなぁ……


「あ、やば。じゃあエリカちゃん、お昼にまたねっ」


 隣のクラスであるモモちゃんは、いつまでもここにいるわけにはいかない。意外と俊敏な動きでササっと教室を出て行くと――


 その席に、なぜか、どうしてか、カナデくんが座った。


「……はふぁっ?」


 あまりにも訳が分からなすぎて、空気が出た。二酸化炭素多めの、ストレス値がせり上がるような吐息だ。


 案の定、カナデくんの隣を虎視眈々と狙っていた女子たちは、今にも席を飛び出しそうなほどの獣のような迫力で、ジェラシーな視線をこちらに浴びせてくる。すごい、彼女たちの視線だけで今日あたしは三回死んだ。


「ん? 席、あいてたから」


 そう言って机に肘をのせ、その手のひらに顎をのせてなんとも嬉しそうにニコニコ笑いながらそう言った。


 あ、ああ、そっか……あいてたからね、席。うん。一応一番後ろの席だし、座りやすいよね。……まあ、きっと席替えとかあるでしょ……


「席替えは……まあ、最初はいいか。一ヶ月くらいこの席でやろう」


 しかし。セリヤ先生は、あたしの希望をあっさりと打ち砕いた。


 途端、一部の生徒から「えーっ!?」と見計らったような大きな声が出る。分かる、分かるよその気持ち。あたしだって困る。席替えなんていう超デリケートな問題は、クジ引きとか運を天に任せてくれないと、軋轢を生む。


 しかしセリヤ先生はその抗議の声に片眉を持ち上げ、生徒名簿を教壇にぽすんと置いた。


「君たちに必要なのは、勉学と社交性です。知らない人たち同士緊張するだろうが、ホームルームが始まるまでの短時間で得たその席が、最初のスタート位置だ。僕はどいつとこいつが仲良くなろうが関知しない。仲良くなりたきゃ、自分たちで努力するんだな」

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