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三十六節

 ああ。なんという時間厳守。時計はぴったり九時を指していた。


 うわぁぁぁ。間に合わなかったー!


「あ、あはは、おはようモモちゃん」


 笑顔を引きつらせながら挨拶を交わす。


 モモちゃんは今日も、ものすっごく可愛かった。黒髪に映える赤いカチューシャに、黒くて細い紐のチョーカー。


 重ね着したようなワンピースは、肩だしのデザイン。白いシャツが首元から覗いており、鎖骨から下はベージュの膝上ミニワンピースになっていた。くるぶし丈の黒ショートブーツが大人っぽかった。


 うわわわああ。むしろ制服でよかったぁぁ! こんなにかわいい格好のモモちゃんの隣に並んだら、あたしの壊滅的ファッションセンスがバレてしまうところだった。


「おはようエリカちゃん、時間ぴったりだね。……そちらの方は?」


 すかさずモモちゃんが霆門を指さした。うん、そりゃあ気になるよね。モモちゃんもあたし一人だけが来ると思ってたんだから。


「今居候させてもらってる親戚が、神社の神主さんなんだけどね。そこで住み込みで働いてる、霆門っていうの」


 あたしは観念して、霆門のことをモモちゃんに紹介した。モモちゃんの大きな瞳が、興味深げに揺れる。


「へぇ……神社の」


 モモちゃんは騒がず、それ以上驚かず、その代わりひたと霆門を見据えていた。いつもはエリカちゃーん! と真っ先に飛び込んでくる弾丸娘の静けさが、逆に恐ろしかった。


「霆門だ。お前は?」


「ちょっと、霆門……! 初対面の女の子に向かって、ぞんざいな態度過ぎでしょ……!」


 あたしは慌てて霆門の腕を引っ張って、小声で注意した。こいつ、たまにこういう不遜な態度とるよなー! もー! だからモモちゃんと会わせるの嫌だったんだよなー!


 しかしモモちゃんは霆門のそんな態度に不快な気持ちを表すでなく、くすっと笑った。


「初めまして、霆門さん。私は賀田矢 桃瀬と申します。エリカちゃんの学友で、同じ高校に通ってます」


 クラスは違っちゃったんですけど、と付け加える様子を見るに、やっぱりクラスが異なってしまったことをまだ悩んでいるらしい。


「そうか。悪いが、今日はエリカのお目付け役として同行させてもらいたいんだが、いいかな?」


 いいかな? じゃないよぉぉよくないよー!! せっかく同性の女の子友達と二人で休日遊ぶ予定がー!


 あたしはどきどきしながら、モモちゃんの返答を待っていた。霆門がなぜ同行しなければならない理由があるのか、普通は気になるだろう。けれどその理由を、あたしはうまく説明できる自信がなかった。


 モモちゃんは少し考えた後、あたしの方を見た。


「エリカちゃんは、了承してる話なの?」


「えっと……本当は二人で出かけたかったんだけど、昨日ちょっと帰り際に危ない目に遭って……それで霆門は、心配してついてきてくれただけなの」


 とってもざっくりと説明すると、モモちゃんの顔つきが変わった。


 あたしの両腕を、ガっ! とつかんで、がくがく揺さぶる。


「危険な目!? どこのどいつが私の女神を害したの!? ケガは!? どこか痛いとこない!?」


「そ、それはだいじょぶ、うあああ」


 早朝からがくんがくん揺さぶられて、そっちのほうが大丈夫じゃないかもしれない。


「そういうわけで、よろしく」


 涼し気に腕組みした霆門が、振り回されるあたしを楽しそうにニヤニヤ笑いながらモモちゃんに声をかけた。


「……そういうご事情がおありなら、やぶさかではありませんが。私としても正直、男手がほしいと思っていたところですし」


 女子二人で遊ぶのに、男手……?


 モモちゃんが何を予定しているのかさっぱり分からなくて、あたしは小首をかしげる。


「モモちゃん、今日は何して遊ぶ予定なの?」


「あら、そうだわエリカちゃん。そういえば今日の目的を話してなかったね」


 こほん。モモちゃんは仰々しくせきばらいを一つすると、びしりとあたしを指さした。


「ズバリ。本日は、エリカちゃん衝撃ビフォーアフターの日ですッ!」


 ぱちぱちぱち。一人だけ盛り上がっているモモちゃんは、人通りの多くなってきた商店街の入り口で盛大に拍手をしていた。


 え……? あたしの、衝撃ビフォーアフター……???


 意味が分からな過ぎて、どうにも反応できずにいると。拍手をやめたモモちゃんが、あたしの手をつかんで商店街の中へと引っ張っていく。


「ほらほら、急いでエリカちゃん! お姫様の変身は、時間がかかるんだからっ」

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