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三十二節

 闇。ハトになる花。操られた眼鏡くん。ヤナギの、変身……。


「信じられないことばっかり起きて……怖いよ、霆門……」


「エリカ……」


 神社で闇に落ちたときから、これ以上不思議なことはもうないだろうって思った。あれほど怖い思いも、もうしないだろうってなぜか確信めいて信じ込んでいた。


 だって、そうしないと心が折れそうだったから。


 あたしは、現実主義者(リアリスト)なのよ。無神論者なの。もう、神だの闇だの悪魔だの、うんざり。


 霆門は何も言わなかった。ただ黙って、あたしの話を聞いていた。肯定もしないけど、否定もしない。その沈黙が、優しく感じられた。


「……お前も、あの花をもらったのか?」


 ややあって、霆門はそう静かに訪ねてきた。


 そう言われれば……あたしあの花、どうしたんだっけ。


「え? うん、入学式の時に新入生はみんなもらったよ。……って、あれ?」


 気付けば、胸にさしてあった赤と白の花がなくなっていた。


 いつの間にか落としたんだろうか……さっきの激しい戦いで、どこかに吹き飛んでしまったのかもしれない。胸にさした花を気遣う暇なんてなかったし。


「なくしちゃったみたい。あの花がどうかした?」


「いや……あの男子学生は紙の花に式神を仕掛けられていたからな。お前にも同じように、式神が仕組まれた花があってもおかしくないかと思った」


「確かに、そうだよね……」


 その時になって、ようやくあたしは正しく怖がることができた。


 ――あたしは、命を狙われているんだ。


 巧妙な方法で。からめとるように。執拗に。


「どうしてあたしが狙われてるのかなぁ。こんな風に命を狙われる理由、全然思いつかないんだけど! 別にあたしなんか狙っても、お金も何もないのにね~」


 変な犯人だよね、とあたしは努めて明るく笑って見せた。


 笑いたかった。高らかに、あはは、気にしてないよ、とでも言いたげに、明るく言い放ちたかった。


 じゃないと――声が、震えてしまいそうだったから。


「確かに、目的は不明だな。お前を殺して得になんかならなさそうだし。じゃじゃ馬だわビビりだわ泣き虫だわで、大変なことばっかなのにな~」


 霆門はケタケタ笑いながら、あたしの額をつんつんつついてくる。


「び、ビビりじゃないし! 前は泣き虫でもなかったのよ!」


「ほーん。俺の前だとしょっちゅうピーピー泣いてるだろ?」


「それはっ……!」


 否定できないけどーー! わーーん言い返せないのが悔しいー!


 でもきっと霆門は、わざと憎まれ口を叩いているんだって分かるから。あたしも笑いながら霆門の肩を軽く押した。


「だいじょぶだろ。お前は」


「……なんで大丈夫なんて言い切れるのよ」


 そりゃ強く正しく生きてるけど、あいにく不可思議は専門外。対処のしかたなんて分からないのに。


 すると霆門は、見たこともないような優しい微笑みを向けた。


「お前は、俺が守るから」


 ――え?


 どきん。心臓が跳ねて荒い鼓動をした感覚が、やけに生々しかった。


 なんだろう、この変な感覚は。霆門の言いたいことなんてわかってる。姫様一番のこいつは、姫様のたまごを孵化させるために、あたしを守るって言ってるんだって、頭ではわかってるのに。


 ……にやにやと持ち上がる口角を、止めることができない。


「なに笑ってんだ、変な奴」


「うるっさいぃ! もぅぅ……!」


 あ、あたしだって笑いたくて笑ってるわけじゃないのに……!


 あたしはせりあがってくる羞恥心に耐えかねて、霆門に背を向ける。とてもじゃないけど、まともに顔なんて見てられない!


 あたしは顔面をヤナギのふわふわのお腹に押し付けて、すぅーっと息を吸い込んだ。本当の子犬なら獣臭がするのかもしれないけれど、ヤナギはいつも花のような香りがして癒される。あたしにとっては天然のアロマだ。


 はぁ、はぁ、ヤナギ吸い落ち着く。だめだ、なんか恥ずかしい状況に慣れてなさ過ぎて息すら苦しくなってきた。


「エリカ」


 短く、そっけないほどに軽く呼ばれる名前。振り向きたかったけど、あたしは小さくうなずくだけで精いっぱいだった。


「俺も、学校に行く」


「――えっ!?」


 信じられない言葉に羞恥心は一瞬で吹っ飛び、あたしはバッ! と振り返った。


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