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三十一節

「あんなに強かったのに……?」


 事実、あたしは文字通り手も足も出せなかったんだ。ヤナギが守ってくれなかったら、今頃どうなっていたのか……想像だけでもゾッとする。


「闇はもともと、強烈な負の感情。闇自体が強い力を持っているんですよ。人間は簡単に闇に引きずり込まれてしまいますからね」


 ナオさんが次いで説明してくれる。なるほど……確かに、あの闇の心地よさと深さは、一度味わってしまえば抜け出せなくなるのもうなずける。


 楽、なのだ。闇に身を落として何も考えなければ、世の中の辛いこと、悲しいこと、理不尽なことなんて簡単に忘れられる。


 闇に落ちたって、現実は何一つ変わらない。だからこそ負の感情は胸の奥の奥でかたまりになってずっと、ずうんと胸の中にあって苦しいままで。それがまた辛くて悲しくて、さらに深い闇に落ちていくんだ。


 でも――それって、あたしが闇に落ちたからこそ分かることなのかもしれない。


 あたしは複雑な気持ちを抱えたまま、眼鏡くんのそばにちょこんと座った。彼もまた、疲労の末に眠っているだけのように見える。


 この人は、どうして闇をまとっていたんだろう。いや、むしろ自分の意志とは無関係に操られているように見えた。


 霆門があたしの隣に座って、人差し指をそっと眼鏡くんの額にあてた。そして、すぐに指を離す。


「どうやら、こいつは操られていただけみたいだな。こいつ自身からは闇の気配を感じない」


「やっぱり、そうなんだ」


 あたしはほっと息を吐く。これで、眼鏡くんの罪が消えた。全然関係ない人だけど、同じ学校の人をもう恨みたくなんかないもんね。


 あたしの言葉に、霆門は少し驚いたように目を見開いた。


「なんだ。お前も分かっていたのか?」


「うん、何となく……助けを求めているように、見えたの」


 眼鏡くんが闇に完全に飲まれる寸前。濃い、濁った白い眼鏡越しに見た彼の目。あれは間違いなく、あたしに助けを求めていた。


 あの必死な顔に、嘘はないと思う。


「少しは賢くなったじゃないか」


「少しはってどういう意味よ!」


「前はまったく鈍くてかなわんやつだったがな」


「なんですって!?」


 怒ってつかみかかろうとするあたしだったが、しかし霆門は華麗に身をひねってよけた。そして眼鏡くんの制服のポケットをゴソゴソと漁る。


「これが依り代だ。こいつが引き金となって、闇を引き寄せたんだろう」


 そう言って霆門は、眼鏡くんのポケットから取り出したそれを、あたしに見せた。


「あ、これって……」


 それは、先生たちから新入生へ贈られた紙の花だった。ただし、それは白い紙で作られている。あたしの胸にあった赤と白の花とは、違う花。


「呪言が刻まれている。これはかなりの使い手だな……わざと術が発動する時間を遅くして、自身の身が判別できないよう仕組んである」


 白い紙の花をいろいろと見回しながら、霆門はそんな風に評価した。


「え……てことはやっぱり、これを仕組んだのは、人間、なのよね?」


「当然だ。人間以外にこんな回りくどいことをする種族はない」


 そ、そりゃそうですよね……狐やタヌキが人を化かす、なんて昔話で聞いたこともあるけど、こんな計画的にドロドロした展開なんてなかった。


「いったい、こんなこと誰が……」


 興味本位で、霆門の手の上の花をとろうとした――瞬間。


 ぱあっ! と紙の花がまぶしく光った。それはさながら、光の爆弾。思わずまぶしくて目を覆ってしまう。


「ゎあっ!?」


 ……どうやら、花は光っただけのようだった。衝撃も痛みもない。恐るおそる目を開けてみると、霆門の握っていた花は、一羽の白いハトになっていた。


 びっくりしたぁぁぁ。どういう手品なの?! 


 ――ぱたぱたぱたっ!


 紙からできたハトは、本物のようになめらかに羽ばたいてふわりと浮かぶ。


「あっ!? 逃げる!」


「クソっ、こいつ!」


 あたしと霆門が慌てて手を伸ばすけれど、その手をスルリとすり抜け、ハトはあっという間に空の高みへとのぼり、見えなくなってしまった。


「なんっ、なんだったの今の!」


「あれは式神だ。この様子を主人に報告しに行ったな」


 ハトとは思えないスピードで飛行していった紙の鳥は、もはやその姿を目視するのも叶わなかった。


「しきがみ?」


「陰陽師なんかが使う、低級の神や操りやすい妖怪なんかを紙に宿らせて、使役するわざのことだ。現代で自由自在に使えるやつがいるなんて思ってもみなかったけどな……」


 霆門はするすると、式神について語った。その口調は実際に式神を作ったことでもあるのか、ずいぶん詳しいものだった。


 でもあたしは、それをすんなり受け取るほどの度量がなかった。


「きっと……手品か何か、タネがあるのよ! そうじゃなきゃ、神だとか妖怪だとかが宿る? なんて、わけわからないもの!」


「はぁ?」


 早口でまくしたてるあたしに、霆門は思いきり、いぶかしげに眉毛を寄せた。


「お前、目の前で見ただろ?」


「見たけど!……信じられないもん」

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