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二十九節

「おまえ……! エリちゃんなかせたな! ゆるさないのなの!!」


 ヤナギは明確な怒りをもって眼鏡くんを――いや、闇をにらみつけていた。


 ヤナギはあたしの目の前に降り立つと、ぶわりと全身の毛を逆立てる。闇は周りの空気を吸い込み、巻きあがって、今や家々の塀より高く立ち上っていた。


 こんな妖怪バトルみたいになっているのに、民家からは誰も出てこなかった。


 それどころか、空がどろどろと陰鬱とした黒い雲を引き連れて太陽を隠してしまう。まるでここは、あの闇の中みたいだ。暗くなった空間で、雷が遠くで轟いていた。


 誰に助けを求めたらいいのか分からなくて、あたしは情けなくもぽろぽろと涙を流していた。ぬぐいたくても動かせない、なんて役立たずな腕。そんな守る価値なんてないあたしの前に、盾のように立ちふさがるヤナギ。


「お、マエ、は、しぬんだ、よぉおおお」


 闇はなお、あたしの心を殺そうと言葉を重ねてくる。


 死ぬ。殺される。聞くな。痛いのかな。聞いちゃダメ。怖いよ。


 感情がぐちゃぐちゃに入り乱れる。その時点で、闇が狙うあたしの抹殺は半分済んだようなものだ。たとえこの闇に殺傷能力がなく、物理的にあたしを殺せなくたって、心が死んだら人間は死んでしまうんだから。


「おまえ、もうだまってなの!!」


 ヤナギが勇敢に、果敢に再び闇に向かって突進する。


 ピンク色の彗星となって、ヤナギは闇を貫いた! ボフッ、と煙が霧散したような音がして闇に大きな穴があく。


 しかし。闇はそんなヤナギの攻撃などどこ吹く風で、ヤナギの開けた大穴をいとも簡単に修復してしまう。ぐにゃぐにゃと動いて形をはっきりさせず、それによって弱点をうまく隠しているのだろう。


 闇が動く。鋭い鞭のような形状が、数十本作り出された。それらはぶわりと広がってタコかイカのようにうごめき、不気味にヤナギを見下ろした。


「ヤナギ、逃げて!」


 あたしが、声を上げるのと。


「キャゥンッ!」


 ヤナギが鞭に吹っ飛ばされるのは、まったくの同時だった。


「ヤナギ!」


 闇の鞭の手が、ヤナギの体をボールみたいに吹っ飛ばす。ヤナギは甲高い悲鳴を上げた。その短く小さな悲鳴に、あたしの心は握りつぶされたようになる。


 いやだ。ダメだ! ヤナギが傷つくのは、これ以上見てられないよ!


「ヤナギ、もういいから逃げて! あなたが死んでしまう!」


「エリ、ちゃん……」


 ヤナギはふるふると震えながら、生まれたての子犬のようによたよたと立ち上がった。彼を包むピンク色の光はかなり弱まり、聞こえる声も小さく、風にかき消されてしまいそうなほどだった。


 ああ、ヤナギ。なんであなたのような優しい子犬が守護獣なの? どうして傷だらけになっても逃げないの!


 あたしはヤナギを守護獣に望んだわけじゃないのに……!


「なんでそんなに、あたしなんかのために傷つくのよ……!」


 世界にはびこる理不尽にさらされて、傷ついてほしくない。


 意味も存在も分からない闇に押しつぶされて、痛い思いをしてほしくない。


 どうして……生前あんなにも苦労したヤナギが、死んでからもこんなに苦労しなくちゃならないの!


「ヤナギは……、エリちゃんがすきで、だいすきでここにいるのなの……ヤナギは、エリちゃんがいたい、こわい、つらいおもいをするのは……みてられない、なの……!」


 ヤナギは、まるであたしの心を読んだかのようにそう答えてくれた。


 あたしが、怖い思いをしないように……? 自分の、利益じゃなく……


 ぐぐぐっ、と前足に力を込めて、まっすぐ闇を見据えるヤナギ。その姿は、子犬でも立派な姿だった。ピンク色の光がなくても、光って見えた。


 純粋すぎる愛に、また視界がゆらゆらと歪む。


「ただ、大切な友達として一緒にいたいだけなのに……」


 闇がふくらんでいく。全身が貫かれたかのように痛んだ。でも、身体的な闇の攻撃なんて比じゃないくらい――心が、痛かった。


 おなじだね。その言葉に、あたしはよろよろと顔を上げる。ヤナギの顔は、なんだか笑っているように見えた。


「ヤナギも、なの……エリちゃんと、おともだちだから……だから」


 ヤナギは、闇を向いた。あたしに背を向けて。


 あたしは、止めることもできずにそれを見ていた。


 ヤナギが、地面を蹴る。


「――エリちゃんは、ヤナギがまもるなの!!」

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