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二十一節

 衝撃を想像し、ぎゅっと目をつむる。くそぉっ、恋愛脳視野狭窄脳内花畑女子が……!


 ……しかし、ひと呼吸するまでの間に、あたしのお尻への衝撃は現実にならなかった。


「っと、危ない」


 あたしの両肩をすかさず受け止めてくれたカナデくんが、入学式そうそう無様に土の上へ転ぶという失態からあたしを守ってくれた。


「あ……ありが、とう」


「どういたしまして。大丈夫か? エリカ」


「うん、だいじょう……」


 ぶ、と言いかけた口が止まる。


 ちちちちかい。ちかいです、カナデさま。


 あたしはすかさず跳ね起きて脱兎のごとし素早さで、約三メートルの絶対安全圏距離を確保すると、無事を示すためにブンブン頭を振った。


「んんん! 大丈夫、ほらあたしすっごい丈夫だから! ぜんぜん! なんとも!」


 うっわすっごいいい匂いした。爽やかな森の香りみたいなの。すごい、イケメンはにおいからしてあたしみたいな一般人とは異なるにおいを醸し出してるのね……


「そっか、大丈夫なら良かった……」


 あんまりにもあたしが身の軽いムーブをしてしまったからか、カナデくんは伸ばした手を空中に漂わせ、ひきつった笑いで呆然と立ち尽くしていた。


 やばい。この学校、YABAI。


 なんだこのイケメンパラダイス。


 すんっっっっごい、帰りたい。


 だらだらと冷や汗脂汗満載のあたし。すでに心は帰宅を願っていた。


 そんなあたしの鼻孔を、なんとも甘やかな花の香りがくすぐっていく。


「エリカちゃん…………」


 なぜか地獄から響いてくるような、ドスのきいた声があたしの鼓膜を震わせた。


 あ……この、声は……


「……見てたよ、エリカちゃん……」


 おぉぉ。モブがキレるのと、美少女が怒るのは怖さに雲泥の差があることを、今初めて知った。もちろん怖いのは、文句なく後者だ。


 彼女――約一ヶ月ぶりに再開した賀田矢 桃瀬は、相変わらず二次元のように異次元に整った顔立ちで、ぷっくりと肩頬を膨らませ、怒りをあらわにしていた。


「私というものがありながら、そんな男に密着するなんて……!」


「えっ!? いやその、密着って言うか、転びそうになったところを助けてもらって……」


「エリカちゃん、転ばされそうになったの!? 誰に!? どんなヤツ!?」


 ぐわし! と両肩をつかまれ、ぐわんぐわん揺さぶられる。ちょちょちょ、ちょっと待って欲しい。ぐえぇ。酔うぅぅぅ。


「あ、の、その、えへへ、あたしがぼーっとしてるのが悪かったから」


「エリカちゃんは何も悪くないよ!」


 あたしの弁明に何を納得したのか、揺さぶるのをやめてあたしを抱きしめてくる。モモちゃんはそのまま、あたしの肩ではぁと桃色の吐息をつく。


「ああ、ごめんね。私がもっと早く合流できれば……なんかやたら面倒なのに絡まれちゃって」


 面倒なの、と総称された方を目で指しているから、モモちゃんの目線の先を見てみれば――モモちゃんのことを熱いまなざしで見つめている、いかにもモテそうなイケメンの軍団がそこにはいた。


 す、すごいな。モモちゃんほどの美少女になると、あのジャニっぽい一団も「面倒なの」のカテゴリに入ってしまうのか……


「それは仕方ないよ……モモちゃん、すっごい可愛いもん」


「それは違うよ。違うの、エリカちゃん」


 あたしの言を、即座に否定するモモちゃん。そのまま体を離して、真正面からじっと見つめられる。相変わらず綺麗な瞳だ。


「私にとってはエリカちゃんが女神なの。イチバンなの。それだけは忘れないで」


 モモちゃんは熱っぽいうるんだ瞳であたしをまっすぐに見つめると、両手を握りしめてそう懇願した。


「次に変なことしてくるヤツが言ったら、必ず、ぜったい教えてね。私がそいつを殺すから」


「ちょぉぉっともうちょっと包もうか!? 言葉を! やわらかく!!」


「エリカちゃんに近づこうとするヤツは全員チリと同じだから大丈夫よ」


 なんだろう、なんでなんだろう。こんなに過激的思考の持ち主だっただろうか。


 しかしあたしの言葉を聞いているのかいないのか、飄々とした様子の彼女は、ぎゅっとあたしの手を掴んで引っ張った。


「エリカちゃん、入学式は隣同士で座らない? 自由に座っていいんだって」


 あたしの腕に手を回すモモちゃんがニコニコ、ニコニコ機嫌よく問いかけてくる。


「え、そうなの?」


「まだクラス分け発表されてないもの。入学式の後、体育館内にクラス分け表が貼られるらしいよ。だから、席は自由なの」


 なるほど、それなら自由席もうなずける。あああ、クラス分けかぁ。誰と一緒になるんだろうなぁ。せめてあたしのことを知っているモモちゃんとは同じクラスになりたいなぁ。


 やたら密着してくるモモちゃんのあったかさにドキドキしながら、あたしはうなずいた。


「うん、もちろん。一緒に座ろう」


「きゃぁん! やったぁあ! エリカちゃん、好きっ」


 おぉぉ。大げさな。モモちゃんは本当に感情表現がストレートで、見ていて気持ちいいくらいだな。


 でもいきなり友達の好きをぶつけられても、上手に対応できるほど人間経験のないあたしは思わず顔を赤くしてうつむくしかできなかった。


 そんなあたしたちを見て、カナデくんは楽しそうにふふっと息を漏らす。


「へえ。なら、おれも一緒に座ってイイ?」

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