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十二節

 今度こそ、はっきりと聞こえた。必死な、焦ってる霆門の声。その声が天井へと伸びる光を、もっともっと強くしていく。


「霆門……!」


『あなたが見ようとしていないだけで、あなたは一人じゃないわ』


 卵はくるりとあたしの周りを一周して、また手のひらの中におさまった。ぱぷわん、とヤナギがあたしの腰をぐっと押してくれる。ぱちぱちとピンク色の火花と青い光があたしを包み込んで、ぐんと体が持ち上げられた。


 輝きながら空へ昇っていく。もうここは、冷たく暗い水の底じゃない。あちこちから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。これは――誰の声……?


「霆門、ここだよ!」


 ありったけの声で叫ぶ。光の出口に近づけば近づくほど、伸ばされた二つの手が見えた。それをつかみ取りたくて、あたしも手を思いっきり伸ばす。


 あたしは、求められてるって信じてもいいのかな。


 まだ怖い。まだ信じ切ることはできない。けれど、今は。


 伸ばされた手を、まっすぐにつかみたいと思ったの。


「エリカ」


 あったかい手。あたしは水底から、霆門と十河さんに手をつかまれ、引き上げられる。


「……いつの間に、名前で呼んでくれるようになったの?」


 いたずらっぽくそう返すと、霆門はふっと優しく笑ってくれた。


「お前がピーピー霆門、霆門って呼ぶからだろ」


「そ……! そんなに言ってないし……!」


 とん、とあたしは地上に降りると、影は薄くなり、やがて風に消えていった。


 ほんっとにこいつはすぐ言い返してくるんだから……!


 でも、感謝してる。それは間違いないし、すごく救われた気持ちになった。


「霆門、十河さん、……ありがとう」


「いいえ……! 本当に、無事でよかった。よかった……!」


「十河さん……っ、そんな、泣かないでくださいっ」


 感激してうるうる涙を流している十河さんを、慌ててあたしは慰める。なんだか変な感覚だった。むずかゆくって、落ち着かない。誰かに心から心配してもらうのって、こんなに……嬉しい、んだね。


「きゃゎわんっ!」


 ヤナギも地上に出てこられたのが嬉しいのか、三人の周りをぐるぐる走り回っている。こうしてみてると、普通の子犬っぽいんだけど……


「……ん、なんだこの子犬は」


 霆門がヤナギに気付いて、ひょいっと首根っこをつかみあげる。ちょっと、そんなふうに持ち上げたらヤナギが痛いでしょ!


「ちょっと霆門、そんな持ち方!」


「――ぅワンッ! はなせぇ、こいつ!」


 ……え?


 いまの、このすごく子供っぽい声、誰が発したの?


「おぉ、そうかお前、こやつの守護獣か」


「はなせはなせ! エリちゃんのしゅごじゅーたるヤナギたまだぞ!」


 わんわんわん! と言っているように聞こえるけれど、同時にはっきりとそうしゃべっているのが伝わってくる。


「ややややなぎ!? あ、あなた、しゃべって……!?」


「エリちゃんっ!」


 霆門の手を振りほどき、ぴょんとヤナギが腕の中に飛び込んでくる。嬉しそうにぺろぺろと頬を舐めてくる姿は、覚えている子犬のヤナギそのもの。


「ほー。『闇』に飲まれて、階級を上げたか。生意気なやつだ、誰に向かってモノを言ってる」


 つんつん、とヤナギの鼻をつっつく霆門。ああ、ヤナギがプルプル震えている。その小さな瞳に怒りがこもって――


「ぁワンっっっ!!」


「いっだあぁーーー!?」


 がぶり、と霆門の指に噛みつくヤナギ。


 ああ、言わんこっちゃない……


「霆門が悪いわ! こんな小さな子にそんなちょっかい出すから!」


「はぁ!? 俺となんと心得る! こんな生まれたての守護獣と比べられては困る!」


「おやおや。とりあえず、皆さん本殿に入りません? エリカさんも、疲れたでしょうに」


 収集のつかなくなってきた場を、十河さんがとりまとめる。あたしはさらに噛みつこうとするヤナギを必死に抱き留め、うんうんうなずいた。


「そっ、そうですね! さっきの闇がなんなのかもわからなくて怖いし……」


 結局、あの闇はなんだったんだろう。ようやく一安心したあとに考えれば、苦しくも、辛くもない空間だった。


 でも――だからこそ、ずっとそこに留まっていてしまうような、不気味な心地よさが逆に心底恐ろしく感じられた。


 十河さんは一瞬、とてもつらくて、とても悲しそうな顔をして――その理由がわからずぽかんと見上げるあたしの頭に、ぽんっ、ぽんっと手をのせた。


「それは……おいおい、説明しましょう。この場は清めなければなりませんから、先に霆門と本殿にお上がりなさい。あまりここに長居するのはよろしくない」


 十河さんは優しい瞳の奥で、何かを警戒するように鋭く言った。その言葉で、あの闇はまだ遠ざかっていないことを知って、ぞわりと背筋が凍り付く。


「こっちだ、来い」


「エリちゃんにえらそーなの、オマエ」


「誰がお前だ犬っころ、追い出すぞ」


 わいわい言いながら本殿に入る二人に続いて、あたしも中に入る。靴を脱いで、木の床を踏みしめた瞬間。ぶわり、と下からあたたかい風が一瞬、あたしを包み込んだ。


「うわッ!?」


「どうした、エリカ!」

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