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一節:最悪の朝に目覚めて

 あたしは、神様なんて信じない。


 もし本当に神なんて存在するなら、そいつはきっと意地悪で、傲慢で、怠惰で、非情だ。


 どうせ助けを求めるこの声なんて、届いてはいないんだろう――


「――エリカーっ!!」


 あたしの朝は大体、最悪の気分と最低の怒声から始まる。

 穏やかな朝? モーツァルトとコーヒーから一日が始まる? そんなもんが存在しているなんて信じてるやつは、クラシックレコードを頭に叩きつけてやりたくなるくらい腹が立つ。


「エリカ!? 耳まで遠くなったの!? ママの声が聞こえないわけ!?」


 どすどすと、階段を壊す勢いで『ママ』が上がってくる。隣の町まで響き渡りそうな罵声が聞こえない人間がいたとしたら、それはそれは幸せなことだろう。運動会の開始を知らせるご近所迷惑な花火音と、いい勝負ができる声量だ。


 あたしは心底うんざりしながら、あったかい布団からもぞもぞと這い出てきた。


 昔ママが買ってきた、趣味の悪い蛍光ピンクの目覚まし時計。なぜか文字を指す針が人の指という、なかなかの気持ち悪さと購入者の壊滅的なセンスを表現してくれるこの時計を、どうしても投げ捨てたくなる衝動と毎朝戦っている。


 朝、四時半。郵便配達の人でももうちょっと寝ている時間帯だろう。ババ……もとい、ママは早起きなのだ。健康にいいね。良すぎてあたしの頭が痛い。


「はい、いま、起きまぁす……」


 ママに聞こえるか聞こえないかの声で、回ってない頭をかきながら返答するあたし。


 冬も終わりに近づいてきた屋根裏部屋の片隅は寒く、暗い。薄くてぺったんこ、使い古しのかけ布団は役割を果たさず、あたしは震えながら起き上がった。


 おまけに、あたしのパジャマのダサいことといったら。『姉』のおさがりの半そでと、中学時代の半ズボンをぽんと与えられ、それをずっと部屋着にしている。ほかに着るものもなく、体のブルブルが止まらない。


「ほんっとグズな子! 一番に起きてお茶を用意するのはお前の仕事だろう! 飯食わせてやってるんだからさっさとして!」


 ママが待ちきれずに、階段を上りきって部屋に入ってきた。屋根裏部屋には当然、扉なんかない。ずかずか入り込んで、小鹿よろしく震えているあたしに何かを投げつけてきた。


「あとこれ、昨日頼んどいたアイロンだけど、襟のところがしわくちゃじゃない! これじゃお姉ちゃんかわいそうでしょ!? 本当に気の利かない子! あ~嫌だ、ちゃんとやっといてよね!」

「はい、すみません……」


 あたしは反論しない。勇気がないからだろうって?……それも、ある。


 けれど、話の通じない異邦人に会話を試みるほど時間と労力の無駄はない。あたしの精神衛生上、逆らわないほうがまだマシってことは、この家にきて五年間で学んだこと。


 あたしに姉のブラウスを投げつけたママは、そのままワアワア言いながら階段を下りて行った。ママが起きたときに、あっつあつのジャスミンティーを淹れるのも、あたしの役割。


 あんな人に飲まれるジャスミンティーが、かわいそうだ。


 だが準備しないと、あたしがかわいそうなことになる。床に落ちた赤いブラウスを拾い上げた。襟がしわくちゃだと言っていたけど、前にもそう注意を受けたあたしは念入りにその部分をアイロンしておいたのだ。ただのいちゃもんにしか思えない。


 あの人は――この家の人たちは、あたしのやることなすことすべて、気に食わないのだ。


「しょせん、他人だもんね……」


 誰も聞いていないことを確信しながら、それでも蚊の鳴くような小さな声で、あたしはボソッとぼやいた。


 そう。この飯縄家では、あたしが異邦人だ。遠いとおーい親戚らしいけど、逆にあの人たちと少しでも血のつながりがあると思うほうが気分が悪くなる。


 外で拾ったプラスチックの櫛で、腰まである髪をさっと梳かす。白いワイシャツと黒いスカートに手早く着替えてしまうと、今日もため息を精一杯我慢しながら階段を下りて行った。

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