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令嬢より季節の御挨拶

続・令嬢は暑さに耐えられない!

作者: 五日北道

「あっつー……」


 昼のあいだに、太陽の熱をたっぷりためこんだ砂が、裸足の足裏を灼いてきます。


「夜でもこの暑さか……」


 ぐったりした声でぼやいたのはパーティーの片割れ、氷の魔法津使いのリヴィです。

 私たちが今いるのは真夏の夜の砂浜。

 超絶、熱帯夜!潮風などもはや単なる熱風。波音による癒し効果など完全に打ち消すこの暑さ!




 みなさま、こんにちは。いえ、こんばんは。

 毎日うだるような暑さの中、いかがお過ごしでしょうか?


 名前も名乗らずに、失礼しました。

 私は乙女ゲームのヒロインに転生した前世日本人の夏来香、現世ヒューミード男爵家のレテです。

 よくあるテンプレだと思うので、詳細は割愛します。


 ……暑くて説明が面倒だとか、そういうのではないです。


 というのは、昨夏もやりましたが!


 無駄にヨーロッパ風なのに夏の暑さは前世日本と同じという悪条件で、そのうえエアコンがないこの乙女ゲームの世界。

 どうにか涼しく快適に過ごしたい一心で、氷の魔法使いリヴィと組んで一年。この世界にある唯一の希望にして対酷暑最終兵器、気温調節の魔法陣(エアコンもどき)を作るため、四季の魔法石を集め始めて一年でもあります。


 いろいろと苦難はありましたが、無事に秋・冬・春の魔法石を手に入れ、残すは夏の魔法石のみ!


 真夏の満月の夜、海の音がする場所から採れるという夏の魔法石を手に入れるべく、私とリヴィは夜の砂浜にいるのですが……


「ちょっとリヴィ、大丈夫?」


 どことなく、リヴィの元気がありません。氷の魔法使いなので暑さに弱いのだろうと、何度か回復魔法をかけてみましたが、いまいち効果がないようです。


「あぁ問題ない。それより、今は夏の魔法石を探そう。今夜を逃したら次は来年になる。レテはそんなに耐えられないだろう」

「それはそうだけど」


 この一年パーティーを組んでいたせいか、リヴィにはだいぶ性格を把握されてる気がします。


「回復魔法が効かないなんて」

「俺は大丈夫だから、あっちのほうを頼む」

「わかった」

「気をつけろよ。【無傷の盾】が現れたら、刺激しないように撤退だ」


 そうなのです。夏の満月の夜には【無傷の盾】なる魔獣が砂浜に現れ、人間などひとたまりもないという話で、広い砂浜には私とリヴィ以外、誰もいません。


「この砂の中から夏の魔法石を探すのかー…」


 貸し切り状態の砂浜に、プライベートビーチだー!なんて、のんきに喜べません。

 干し草の中から針を探す、ならぬ、砂浜の中から魔法石を探す、を実際にやるとなると、きついの一言に尽きます。しかも、正体不明の魔獣【無傷の盾】を警戒しながらで、かつ、この暑さ!


「リヴィ、なんかもっとヒントないの?!」

「ヒント?夏の魔法石は、偶然見つけたって人の話しかなかったからな。ひたすら探すしかない」

「気が遠くなる……」


 今までに手に入れた四季の魔法石は、どれも指の爪くらいの大きさの、それぞれの季節を閉じこめたような美しい石でした。夏の魔法石もきっと同じような大きさの、きれいな石に違いないのですが……。

 なんというか、砂浜を見ているだけで絶望的な気分になってきます。


「海の音がする場所から採れる、っていうんだから、あるとすれば波打ち際だよね……」


 私は熊手を持って、ちまちまとあちこちひっかき回します。少し離れた場所では、リヴィが派手に【氷槍】を撃ちはなち、大穴を開ける勢いで砂をひっぺがし、盛大に探索しています。


 うーん、この格差。


 私が使う光魔法には、攻撃系統の魔法がないのでどうにもならないのですが、理不尽に感じます。


「見つかる気がしない……」

「手が止まってるぞ」

「わかってるーーー!」


 もうこれ以上、夏の暑さには耐えられません。

 最後の一つ、夏の魔法石さえ見つかれば、気温調節の魔法陣は作れるのです。夏の魔法石さえ見つかれば、夏の快適ライフが約束されているのです。

 絶対、絶対、絶対に、見つけてやるわーーー!!!

 私は気合を入れなおし、しゃきんと両手に熊手を構え、高速で駆使しはじめました。




 どれくらいの時間がたったでしょうか。

 リヴィと二人、ひたすら無言で一心不乱に砂を掘り起こしていると、足元に急激に波が押し寄せてきたことに気がつきました。久しぶりに砂から視線を外し、顔を上げてみると海面が不自然に波立っています。


「なに……?」

「……たぶん【無傷の盾】だ、急いで離れるぞ!」


 リヴィにぐいっと腕を引かれ、波打ち際から引きはがされます。


「まだ見つかってないーっ!」

「【無傷の盾】がいなくなったらまた探せる」


 リヴィの手に口をふさがれ、抗議もできないまま大きな流木の陰に引きこまれました。それとほぼ同時に、地響きが近づいてきます。


 ズズン…ズズン…


 引きずるような重たい轟音に合わせて、砂浜が揺れています。


「【光の結界】張って、そのまま探してもよかったのに」

「一度隠れて待てばそれで済むんだから、わざわざ正面きって張り合わなくてもいいだろうが」


 君は本当に力押し大好きだな、と呆れつつ、リヴィが流木の陰から魔獣のほうをうかがいます。私もリヴィと並んで、こっそりとのぞきこみました。

 巨大な、黒い山のような影がゆっくりと動いています。進むたびに地面を揺らしながら。


「すごい……」


 私が見たことがある魔獣の中で、一番の大きさです。


 ズズン…ズズン…


 【無傷の盾】は、私たちが隠れている流木を通り過ぎ、砂浜の奥で止まりました。幸いにも私とリヴィには気づいていないようで、私は目をこらして、じっと【無傷の盾】を見つめます。なんとなく、見覚えがあるシルエットのような……


 息をひそめて観察しているうちに、【無傷の盾】は砂を掘り返し始めました。


「んん……?」


 あの形といい、動きといい、記憶がたしかならあれは……


「まさか、【無傷の盾】も夏の魔法石狙いか?」


 リヴィの体に力がこもり、臨戦態勢に入ったのがわかります。私は、【無傷の盾】の正体に思い当たった気がして、リヴィを止めました。


「リヴィ待って、たぶん、あれ、ウミガメだ」


 前世の記憶にあるウミガメとは大きさが桁違いですが、動きがゆっくりで、固い甲羅があって、海に住んでいる……うん、ウミガメですね。そして、そのウミガメが砂浜に穴を掘ってすることといったら、ひとつしか思い浮かびません。


「たぶん、産卵するだけだと思うから、邪魔しなければ大丈夫よ」

「産卵……?」

「え、知らない?」

「【無傷の盾】の生態はほとんど知られてない。だいたい、魔獣の卵が見つかった場合、可及的すみやかに破壊するよう冒険者ギルドから通達されてるだろ?」


 リヴィにそう言われ、私はぽんと手を打ちました。

 あーなるほど。なんか、想像ができた気がします。


 なるはやで卵壊しに行って、母ウミガメがキレて冒険者皆殺し、からの、正体不明の魔獣【無傷の盾】が出来上がり……という流れが。


「魔獣の卵をほっといたら、魔獣が大発生するから当然の処置だ」

「ウミガメ……【無傷の盾】はたぶん、そんな悪さする魔獣じゃないよ」


 話しているあいだに、ウミガメはどんどん穴を掘っていきます。ものすごい量の砂が、こちらまで降りかかってきます。


「ぷへっ」

「これは俺たちを窒息させようと砂を撃ってきてる……わけじゃないんだな?レテのこと、信じるぞ?」


 口を閉じたまま、こくこくと頷きます。口を開けると砂が入ってくるので、うかつに喋れません。

 砂に混じって流木の破片や岩や貝殻なんかが飛んでくるのを身を縮めてやり過ごし、ただただ産卵が終わるのを待ちます。【無傷の盾】に気づかれて襲撃されても困るので、魔法も使えず、ひたすら砂に埋もれて待つしかありません。


 【無傷の盾】の重低音の鳴き声。

 おそらく卵が産み落とされた音だろうすさまじい地響き。

 それから穴を埋め戻したらしい砂音。


 最後に、【無傷の盾】が海に戻っていく轟音がすっかり聞こえなくなるまで待って、私はようやく砂をかきわけました。


「ぷはぁっ……」

「大丈夫か?」

「うん、ありがと」


 一足先に砂から脱出していたリヴィが、手を引いて、砂から引き上げてくれました。リヴィは飛ばされてきた流木の破片や貝殻を放りつつ、眉をしかめます。


「汐が満ちてる。急いで探さないとな」


 リヴィの声に、すぐそこが波打ち際になっていて、ずいぶん時間が経っていたことに気がつきます。

 

「汐……ああ、」


 そうだ、なんで思いつかなかったんでしょう。たしか、潮の満ち引きは月の影響で起きるのです。夏の満月の夜に、というなら大潮、砂浜で波が一番奥に届くその場所に、夏の魔法石があるはず!


「そうだ、リヴィ!夏の魔法石はきっとこのへんにある」


 またひとつ、大きな貝殻をどかそうとしていたリヴィの腕をつかみます。


「レテ?」

 

 思いがけず近くで見つめあう形になってしまい、続ける言葉も無くした私たち。

 そのあいだに、かすかな音が響きました。うちよせる波の音とはまた違う、かすかな音。


「……夏の魔法石は、海の音がする場所から、採れる……」


 私はつぶやいて、リヴィの手の中にある貝殻を見つめました。


 そうか、そうだ。

 潮騒……


 私はおもむろにリヴィの手から貝殻を取り上げ、そのままリヴィの耳に押し当てます。

 私も貝殻の反対側に顔を寄せ、目を閉じて耳をすませました。潮騒が聞こえます。


「……ああ。海の音」

「そうみたい。……夏の音ね」


 肌を灼くまぶしい日射し、吹き抜けていく熱い風、遠い海の記憶、そんな夏の音。


 貝殻を振って手のひらに零れおちてきたのは、はたして、透きとおるように海色に青くきらめく、夏の魔法石でした。




 なんとなく離れるタイミングを逸したまま、私はリヴィと並んで、寄せては返す波音を聞いています。

 無事に夏の魔法石が見つかったので、リヴィが魔力残量を気にせず【氷霧】を使ってくれて、今はとっても快適。波の音の癒し効果を全身で堪能しています。


「レテはこれからどうするんだ?」

「これから?」


 私は手のひらの中に揃った四季の魔法石を見つめます。


「まずは一度王都に戻って、気温調節の魔法陣を作るでしょ?それから、休学扱いになってる学園を卒業して」

「それから?」


 気温調節の魔法陣設置予定の自分の部屋から出ないでずっと過ごしたいなー

 でもパラサイトシングル兼ニートはお父様許してくれないだろうなー


 なんて自堕落な考えもちらっとよぎりますが、答えはもう決まっています。


「今度はね、ちゃんと夏に涼しいところに行って冬に暖かいところに行くつもり」


 四季の魔法石を集めるためにしかたなく、冬に酷寒の山に入り、夏の今、酷暑の海にいますが、もともと夏は北に行き、冬は南に行くつもりで冒険者になったのです。

 本来行くべきときに行けてないわけで、初志貫徹!次こそはきっちり、避暑避寒する所存!


「パーティーは解消しないんだな」

「もちろん。するわけないでしょ」


 私が力強く頷くと、リヴィが急に立ち上がりました。


「そうか。なら急いで王都に戻らないとな」


 急に【氷霧】が解除されて、もわんとした殺人的暑さが襲ってきます。

 こちらを振り返りもせず、すたすたと砂浜を後にするリヴィはまったく、配慮に欠ける男です。


「リヴィ!【氷霧】はっ?!」

「もう王都に戻るしいいだろ」

「無理ーーー!!!暑さに耐えられない!」


 急いで立ち上がって、先を行くリヴィを追いかけます。


「ねぇリヴィ、なんか急に元気になってない?」

「気のせいだろ」




 リヴィは元気が戻ったようで一安心ですが、まだまだ暑い日が続きます。

 みなさまも、どうぞ体調にはくれぐれもお気をつけください。

 みなさまのこの夏が充実したものになりますように!





お読みいただきありがとうございました。


暑いですね……暑い(ぐったり)

このようなご時勢ですが、みなさまもどうぞご自愛くださいませ。

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