33.なろう系は想像力を使わない読み物なのか?
おサボり極めたエッセイスト、ふとんねこ参上。
6月に書き始め冒頭で放置、結果7月中旬の己が困る。それでも書くのはやめられねぇ。
こんにちは、ふとんねこです。
大忙しの6月でございました。例年よりかなり早く梅雨入りしたこの季節、じめじめを食らって元気が失せましたね。
今回は前回分を執筆中に思い付きましたこと『なろう系は想像力を使わない読み物なのか』について書いて参ります。
その前に一応注意を。毎回読んでくださる皆様はご存じでしょうがふとんねこはなろう系と呼ばれる作品が苦手です。食わず嫌いではなく齧ってみたけど苦手だったというもので。
しかし消えて無くなれとは思っておりません。需要があるから生産され、楽しんでいる人は多い。ならば私の知らないところで楽しんでね、盛り上がってね、と思うだけです。
ですので本エッセイのあらすじにある通りに「気になる回だけ読んでいる」読者様で、ふとんねこのスタンスをご存じない方は上記の考えを把握してから以下を読み進めてください。
さて。
なろう系は「想像力を使わない読み物である」としてお話を進めて参りますが、その根拠を2つ、考えてみました。
まず1つ目。
それは「ストレスフリーでインスタントな娯楽を求める消費者の存在」です。
現代において、娯楽、特にインターネット上で消費されるものは、どんどん「頭を使わず楽しめるもの」になってきていると感じております。
それは、多忙で疲労に満ち溢れている現代日本人が、せめてリフレッシュになる娯楽では頭を使いたくないと思い始めたのがスタートなのではないでしょうか。
確かに毎日考えることがいっぱいで、遊ぶときくらいIQ2になって「あそぶのたのしー!」って過ごしたい気持ちもよく分かります。
だってお仕事しんどい。未来に希望はあまり見えないし、不安だらけで考え事をせずにはいられないのです。
だからこそ、そんな現代日本人を癒す娯楽からあらゆる「ストレス要素」が排除されていくのは当然の流れだったのでしょうね。
それゆえ娯楽はストレスフリーになっていく。個人的に小説ではそれが顕著だなと感じております。恐らく、文字を読むという行為自体がそれなりに大変だからではないでしょうか。
物語にはテンプレートと言うものが存在します。
これは小説家になろうあるあるの「異世界転生チートで無双」「悪役令嬢ざまぁで幸せ」「隠れし有能追放もう遅い」等のテンプレではなく、昔からある「勧善懲悪」「貴種流離譚」「英雄伝説」等、物語の形式としてのあるあるを指します。
昔から人は様々な物語を作り上げ、楽しんできました。
テンプレートは生地が出来上がっているので完成までを作りやすく、読むにも安心感がある、そういう存在です。人は皆テンプレートの支えを得て、数多の物語を生み出してきたのです。
ですから小説家になろうで上記のようなテンプレが山のように生まれるのも普通のことです。
そこには安心感があります。チートを得た主人公は決して負けないし、モテモテになる。悪役令嬢として断罪されても、正しくて美しい主人公は必ず幸せになれる。有能なのに妬まれて追放されたって、さ迷い出た先で正当な評価を受けるし、主人公の価値に気づいた者たちの悲鳴を背後に悠々モテモテライフが送れる。
それが少々、欲望剥き出しで苦手な人にはとことん嫌われる内容になってしまったというだけで。
つまりは現代社会で生まれた「ストレスフリーでインスタントな娯楽」のテンプレートが「なろう系」なのでしょう。
そしてそれを求める消費者がかなり多くなってきたので、生産者もそれに応えて安心感と満足感に満ち溢れたテンプレ作品を量産する。
そしてストレスフリーで過程も結末も大体分かっているテンプレは、頭をあまり使わなくて済むように読み手のほとんどに通じるある種の世界観テンプレを有しております。
これが2つ目の根拠に繋がります。1つ目はあまり本題に関わる根拠感が出ませんでしたが、如何せん書き始めた時から2ヶ月ほど経っているので混乱もありまして。許してくだされ。
2つ目は「読み手の多くに通じるゲーム的世界観」です。
なろう系って世界観の説明をほとんどしないじゃないですか。
異世界転生する先は基本的に「中世ヨーロッパ風」と銘打った近世ヨーロッパ的な文化と近代的な文明レベル、そして魔法が存在する世界です。
悪役令嬢が活躍するのは上記と同じ「中世ヨーロッパ風と銘打った(以下略)」の世界にある貴族が通っている学校がほとんど。魔法に関してはある作品とない作品に分かれます。
こんな感じで、作中でほとんど説明されないのに読者はそこがどんな世界かを大体把握しています。作者のオリジナル部分だけは説明されますので、それに関しては読者が各々持っている世界観に必要に応じて付け足すだけでヨシ。
これって多くの人がやったことがあるであろうゲームの世界観ですよね。
作者はゲームを結構やるのにドラクエやFF等、王道RPGをやったことがないヘンテコねこですが、それでも何となく雰囲気的に伝わってくる世界観。
ステータスとかスキルとかもそういうところから生まれているのでしょう。
あ、でも悪役令嬢モノは少し不思議。
自分が乙女ゲーム転生を書くときに調べて知りましたが、ああいう「中世ヨーロッパ風と銘打った(中略)学園モノ」の作品って少ない印象なんですよね。
ですからこれは「なろう系乙女ゲームの世界観テンプレ」なんでしょう。多くの作者が乙女ゲーム転生を書いて、積み重ねていくうちにできた共通認識。
まあこれも、異世界転生系ゲーム世界観と同じく読み手の多くに通じる世界観テンプレと同じということになります。
この世界観テンプレの何がいいって、世界観を説明しなくても通じるところなんですよね。これを読者側の視点に切り替えて書きますと、細々とした設定を読まなくていいし、わざわざ世界観を想像しなくていい、ということになります。
なるほどストレスフリー。頭を使わなくていいというやつです。
ふとん自身が設定厨なのでオリジナリティ溢れる世界観を作り上げる作者の気持ちはよく分かるんですが、自分的に最高の出来の世界観を自慢したくなるんですよね。
その結果地の文に説明が増え、読者は文章から様子を想像する作業を半強制的にしなければならなくなる。そうしないと白紙の中にキャラクターがぽっかり浮かぶことになり、物語を理解できなくなりますからね。
それは現代、ネット上で求められる娯楽の姿からはかけ離れています。ネット上の娯楽はとにかくストレスフリー、さくっと簡単に読める爽快感が求められているのですから。
そういうわけで2つ目の根拠は以上になります。
2つの根拠をもとにまとめに入りましょう。
書いた順とは逆になりますが気にせずいきましょうね。
なろう系テンプレに見られる「読み手の多くに通じるゲーム的世界観」は「ストレスフリーでインスタントな娯楽を求める消費者の存在」があって生まれ、それが極めているのは「頭、ここでは想像力を使わない」ということ。
つまり結論。
なろう系は想像力を使わない読み物である!!
うむ、こんな感じでしょう!
この形態の小説を批判するつもりはございません。しかし、果てなく広大な中つ国に憧れた1人の読み手として、想像力を働かせないで済んでしまう物語というのは寂しいなと思います。
……それから、これは蛇足的かもしれませんが、世界観って作者の性癖が溢れるところだと思うんですよ。
折角創作する力を持っているのに、自分の性癖で読者を殴り付けないのは勿体ないのでは……? と感じるんですよね(常に読者を己の性癖で殴ろうと試みている作者より)。
それでは今回はこの辺で。
最近あまりお気に入りユーザー様方の作品を読めておらず、勝手にへこんでおりますが、定期的にやってくる食指動かない期間なんだなと思って諦めました!
そのうちまた元気になって感想爆撃とかすると思います。
では、また次回の思い付きでお会いしましょう。あでゅーー!!




