88 婚約者
ドリスが通された部屋へと進むと、そこには銀髪の美男子が立っていた。
「久しぶり、ドリス」
「お久しぶりです」
「ちょっとかしこまってない?」
「この日くらい、いいじゃない」
「うん。大事な日だし、いいんじゃないか」
ベルンフリートが、にこやかな顔で口を挟んだ。
この部屋のソファーには、四人が腰を下ろしていた。
まずは、ドリス。その隣には父のベルンフリート。
その対面にはエルがいて、その隣にはエルの父、シルヴィオ・アピッツ侯爵が座っていた。
そう、この日は、エルとドリスの婚約を取り決める、大切な日でもあった。
「では、始めようか」
ベルンの合図で、それは始まった。
「ベルンフリート・アルベルツ侯爵。私、エルヴィン・アピッツは、アルベルツ侯爵が三女、ドリス嬢に求婚することをお許し頂きたい」
「ドリスはどうだ?」
「私、ドリス・アルベルツは、アピッツ侯爵が嫡男、エルヴィン卿の求婚をお受け致したく存じます」
「アピッツ侯爵。貴方は?」
「異存ありません」
「同じく。では、この場を持って、アピッツ家エルヴィン卿、並びにアルベルツ家ドリスの、婚約を了承した事を認める」
まだ正式ではないが、互いの家が、ドリスとエルの婚約を認めた。
「庭へ行ってきたらどうだ? 少し、アピッツ侯爵と話したいことがある」
「はい」
ドリスはエルを庭へ案内しようとすると、今まで付き従っていたフィーネは、「どうぞお二人で」と言うかのように、中で待機する姿勢を見せた。
「フィーネ。エルに紹介したいから、ついて来なさい」
「……かしこまりました」
エルとドリス、そして少し後ろにフィーネが、庭のベンチまで来た。最近になって暖かい気候になり、花壇の花が咲き乱れている。
「エル、紹介するね。私の生涯専属侍女のフィーネ。エルの所へ行く時は、必ず付いてくる侍女だから、紹介しておきたかったの」
「フィーネと申します。以後、よろしくお願い致します」
「エルヴィン・アピッツだ。……その、生涯専属っていうのは?」
「フィーネ」
すると、フィーネの姿がエミーリアに変わった。
「……エミーリア・ボーム!!」
「ドリス様が退寮日に、賊を捕まえたのはご存知ですか? その賊が私でございます」
「……何だって!?」
「フィーネ、戻って。エル、あまり怒らないで。私はもう、許しているから」
「……しかし」
「フィーネは、テレシア王から家族を人質にされて、仕方なくやっただけなの。バシリウスに近づいたのは、王国の秘密や弱みを探っていたから。それで、私の生涯専属侍女になることで、王に許しを得て、ここにいるの」
「私の家族も、ドリス様に助けられました。今は、アルベルツ領へ行っております」
「俺が知らない間にそんなことが……」
「皆にもまだ言ってないんだ。ゴタゴタしてたし。殿下は知ってるかもね」
「……ドリスには、いつ会っても驚かされるな」
「そんなことは……」
「ドリス様は、無自覚ですから」
「フィーネ!!」
「では、私はこれで失礼致します。後はお二人でごゆっくり」
深々とお辞儀をしてから、フィーネはその場を後にした。
すると、なぜかエルが笑いを堪えていた。
「何よ」
「い……いや、本当に無自覚だなって……」
「エルだって、私を驚かせる癖に!!」
「俺が?」
「……私に求婚するなんて……思わないじゃない」
「俺、結構最初から、頑張っていたと思うんだけど……」
「……私は、一生一人だと思っていたの」
「ドリスが!?」
「何で驚くの? 頭が良すぎる女なんて、男からしたら嫌でしょう!?」
「……人に寄るよ。現に俺がいるだろ?」
「そんな人が居ると思わなかったの! ……お姉様達は、とても幸運だと思ってて、自分はないだろうって思っていたから。だから、学園には女官の資格を取るために入ったようなものだったの」
「……そうだったのか」
「本当に……エルは私でいいの? もっと他に……」
「ドリス」
気づくと、ドリスの目の前にエルの顔があった。
「俺は、ドリスが良い。ドリスじゃなきゃダメなんだ。俺の人生を共に歩んで欲しい」
「……エル」
エルはドリスの顎に手を持っていき、唇を重ねた。
エルが手を離すと、ドリスの頬は真っ赤になっていた。
「ドリス、頬が真っ赤」
「……そっちこそ」
「嘘」
「本当」
「……やっぱり照れるな。でも、ここで良かった」
「ここ?」
「出来ればドリスとは、花が溢れている場所でって思っていたから」
その瞬間、風が吹き、二人の周りに色とりどりの花びらが舞う。
真っ青な青空の下で見るこの光景は、圧巻だった。
『この庭の花達から、二人への祝福だってさ。おめでとう、ドリス』
アイリスの言葉がドリスの耳に届き、ドリスは一筋の涙を流した。
「ドリス?」
「……大丈夫。エル、私が幸せにしてあげるね!!」
そう言ってドリスは、エルに抱きついた。
「そ……それ、俺の言葉!?」
「じゃあ言ってよ」
「……俺が……幸せにする」
「固い。もう一回」
「え!? ……笑いが絶えない家庭を築きたい!!」
「……ギリギリ合格……かな」
「~~こういう時くらい、格好つけさせてくれよ……」
「しょうがないよ。それがエルだもん」
何だかんだで、フィーネに呼ばれるまで、抱きついていた二人だった。




