86 退寮日
学園には以前とは違い、どんよりとした空気が流れていた。
クラスもそれぞれのクラスで、約十人ずつ減り、所々、隙間が出来ていた。
「学園パーティー襲撃事件で、君達の身の回りも大きく変わった。そこで、臨時の貴族教育を設けることになった。指定された日に王城へ行き、マナーを学ぶよう、後日通達されるはずだ。必ず、参加する様に」
ボイス先生が、真剣な表情を浮かべて、皆を見る。
生徒達にはまだ、この状況を戸惑っている人が多かった。
同じクラスの生徒達が、まさかあんな事をして監獄行きになったなんてと受け入れきれない人もいる。
しかも突然、君は次から上位貴族ですと言われて、今まで下位貴族だった分、許されていた部分が許されづらくなったことも、戸惑いの原因だ。
襲撃事件で、心に病を抱えることになった生徒もいた。
まだ、事件の傷は癒えてはいない。
「まだ動揺も多いということで、講堂に全学年集まることはやめになった。なので、各教室で終了式を行う。まず始めに、優秀賞の発表を行う。呼ばれた者は前へ出てこい。アンジェリーナ・ブローン……」
この中にドリスの名前はなかった。
「この四人が、このクラスの優秀賞に選ばれた。拍手!!」
パチパチと皆、手を叩いた。
「次は最優秀賞の発表を行う。……ドリス・アルベルツ!」
やっぱりという、うらやましくも誇らしげな目で皆、ドリスを見た。
ドリスが前に立つと、先生が補足をした。
「アルベルツは今回、子爵としての受賞になる。来年は上位貴族になることは、喜ばしくも少し残念なのだが……。学園始まって以来初の、子爵位の女生徒の最優秀賞だ。おめでとう!」
皆から大きい拍手が送られ、ドリスは顔が熱くなった。
「それと、このクラスは、今年度最優秀クラスになった。しかも史上初めての高得点での受賞だ。誇って良いぞ!!」
この日一番の拍手を背景に、こじんまりとした終了式が終わった。
終了式を終えたドリスとリーナは、途中ミリィと合流し、一緒に寮へと歩いた。
エルのクラスも覗いたが、もうすでに三人とも寮へ戻ったらしい。
「何か、あっという間でしたわ」
「だね」
「色んなことがあり過ぎて混乱しています」
「そういえば、リーナは今、婚約者は居ないんだよね?」
「そうね」
「なら、もう……」
「それが、ダメなのです」
渋い顔をするリーナの代わりに、ミリィが説明した。
「白紙になってから、すぐに別の方と婚約を結んでしまうと、リーナも婚約期間中に、浮気していたという風に見られてしまうのです。まぁ、緊急を要する場合は別ですけれどね」
「じゃあ、今婚約すると、不味いんだね」
「するとしても半年以上は開けなければ」
「そんなに?」
「周りはもう、分かってるから、もっと早くても……」
「ドリス。私は公爵家の人間ですわ。決まりをきちんと守る義務がございますの」
「そういう所も王が変えてくれれば良いのに」
「今は、お忙しい方ですから……」
この改革で、王達は大忙しだ。
ただ、うれしい悲鳴とばかりに嬉々として働いているそうだ。
「次は、私も上位貴族かぁ」
「お互い部屋に遊びに行きましょうね!」
「侯爵の人間になるって、実感無いけど……」
「あらぁ? エルとそういう約束しているのではありません?」
「あ……あれは」
「そうですね。エルとそうなれば、ドリスは家のことがなくても侯爵位の人間になれたはずです」
「冷静に言わないでよ!! ミリィ!!」
「あら? 私は真実を言っただけです」
「そう、真実よ。ドリス」
「二人してからかわないで!!」
真っ赤になるドリスに、リーナとミリィが悪戯な笑みを浮かべた。
寮に戻り、リーナとミリィと別れドリスは自分の部屋を開けると、後ろから何者かに押され、倒れてしまった。
すぐにドアが閉まる。
『ドリス!!』
気づいたアイリスがすぐに、蔓の種を成長させ、倒した相手を素早く縛った。
倒れた犯人は、誰かに向かって叫んだ。
「早く!」
すると、ドリスの後方から男が現れた。それもアイリスが素早く蔓で縛り上げる。
「くそ!!」
男はそう言うと、隠し持っていたナイフで蔓を切り、さっさと自分で出した空間魔法の魔法陣へ入って行った。
「ちょっと!! 私を置いて行く気!?」
女の声が響いたが、そこにはもう、誰も居なかった。
「で? 貴方は誰かしら」
女は、茶金のウェーブの髪を高い位置で一つに結んでいた。茶の瞳がドリスを睨む。スラッとした体型にそばかすの格好良い顔立ち。ドリスと歳が近い女は、蔓で縛られている状態で身体の上体を起こし、壁に寄りかかっていた。
「フィーネ。テレシア王国の密偵です」
「密偵がそんな素直で良いの?」
「私は、国に家族全員人質に取られているから、忠誠心というものがないの」
「なるほど」
「さらに詳しく言うと、貴女とは別の姿で会ってるよ」
「え? どう言うこと? 変装してたの?」
「こういうこと。 ファントム」
フィーネがそう言うと、黒い格好をした中性的な十三〜十四歳の精霊が出て来た。……と思ったら消えた。
すると、目の前の女は、エミーリアに姿を変えていたのだ。
「え……ええーーーー!?」
「驚いた? これが私の精霊、ファントムの能力。姿形と声を自由自在に変えることが出来るの」
「……すごい」
「まぁ、時間制限があるんだけどね。戻って」
そう言った瞬間、エミーリアはフィーネになり、精霊も浮かんでいた。
『なぁ!! お前! なんとかフィーネを生かしてはくれないか? 国に命令されてやるしかなかったんだよ!! あのクソ王と王子にさぁ!!』
ファントムと呼ばれた精霊が、必死に弁明した。
「どういうことか説明してくれる? それ次第だね」
そこでフィーネは、自分がテレシア王国の密偵として、ロザリファに潜入したことを話した。
バシリウス王子に近づくため、バシリウス王子の好みの女性に変身し、子どものいなかったボーム男爵の家の全員に、仲間の力で暗示を掛け、見事に娘として入り込んだ。
ロザリファの秘密を探るため、バシリウス王子やその取り巻きに近づいたが、大した情報は得られなかった。だが、ドリスの存在を知った。
テレシア王からドリスを攫ってくるように指示され、攫おうとしたものの、いつも邪魔が入り、失敗していた。
あの深夜のトントン事件は、フィーネがノックをし、ドリスを攫おうとリーナの声を使いおびき出す作戦だったらしい。しかし、ドリスを攫おうとしたものの、何者かに妨害され、しかも
アイリスにバレたため、慌てて逃げたという。
「私を攫おうとしたのは、アイリス?」
「そう、テレシアでも食料問題が深刻でね」
「じゃあ今度は貴女のことを話してくれる?」
フィーネから全て聞き出すと、ドリスはすぐに動いた。
この話を書くために、途中何度投げ出しそうになっても頑張って書きました。




