82 王城にて
進級パーティ当日。
王城では珍しく、朝食を正妃側の王族達と、側女側の王族達、そして王と一緒に取っていた。
王を中心に、王の左手側に正妃とその子ども達が並び、王の右手側に側女とその子ども達が並んでいる。
本来は式典などでしか見かけないこの光景に、皆がピリピリとする中、王族達は食事をとっていた。
正妃クララの隣には、第二王女ユスティーナ、その隣に王太子シュテファン。またその隣に、王太子妃エラと、その息子で三歳になったジークベルトがちょこんと座り、母のエラに手伝ってもらいながら、お行儀良く食べていた。
本来呼ばれないはずの三歳のジークベルトまでここにいるのは、訳がある。
なぜだか分からないが、側女側の希望なのだ。
側女エリーゼの隣には、第一王女であるアリーナ、その隣には第二王子のバシリウスが座っている。
寮にいるはずのバシリウスだが、今日が進級パーティーとのことで、側女エリーゼによって前日に呼び出され、この王城から、パーティー会場の学園へ向かう予定だ。
今回朝食を一緒に食べる理由は、側女エリーゼのおねだりであった。
「この日は、バシリウスの進級パーティーの日ですもの! この日くらいは私達だけで食事を取りません?」
「私は忙しい。時間を崩したくない。一緒に取りたいのなら、こちらに合わせるが良い」
「嫌ですわ!! クララ様と一緒になるではありませんか!!」
「当たり前だ。彼らは早い」
「何もやっていない割に早いのですね」
「何馬鹿な事を言っている。彼らは仕事がある」
「どこがです? クララ様もユスティーナも何もやっていない……」
「それが馬鹿だと言っているんだ!! クララは、社交をまめにしていて、他国の外交官と話す事もある。ユスティーナは、シュテファンの仕事の手伝いをしている。皆、仕事を持っているんだ。お前らと一緒にするな!!」
「なら!! なぜ、バシリウスがシュテファンの手伝いが出来ないのです? あの子こそすべきでしょう!?」
「能力不足だ。あれを勉強嫌いに育てたのはお前だろう?」
そう。エリーゼは、子どもの嫌がることを徹底的にさせない親だったのである。
「しかし……!!」
「口説い。一緒に食べたいのなら、私に合わせろ。それが出来ないなら、食べない」
「ならいっそのこと、全員で食べようではありませんか! ジークベルトももう三歳になったことですし」
「まだ三歳だ!」
「バシリウスのお祝いですのよ? 皆で祝いたいではありませんか!!」
側女が王の言葉で開き直り、結局全員で朝、食事を取ることになったのだ。
「今日はバシリウスの進級パーティーだもの。良い天気になって良かったわ!」
「そうですね、母上」
「いっぱい着飾らなきゃね」
「はい、姉上」
「私が見立ててあげるわ」
「それは助かります!」
バシリウスは、学園の学期末試験をギリギリとはいえ、合格できたのだから、確かに気分も良いだろう。
「誰をエスコートするんだ。バシリウス」
珍しく話しかけてくる王アウグストに、バシリウスは少し驚きながらも嬉しそうに答えた。
「勿論、エミーリアです」
「はて……それは誰だ?」
「ボーム家の娘ですわ」
「とっても良い子なのですの」
「お前には、婚約者が居たはずだが……」
「あー……そうですね。ただ……私が一緒に居たいのはエミーリアなのです」
「そうね……あの子はちょっと……」
「髪の毛が……ねぇ?」
この国では、黒髪は大変珍しい。
それ故、その色を嫌っている者もいる。
特に過激派側は、敏感だった。
「瞳の色も珍しくて、この国には馴染まないのではなくて?」
「そうですね。この国の色なら、ホッと出来るのですが」
リーナのオレンジの瞳も、この人達が嫌う原因の様だ。
確かに、その色もこの国では馴染みがない。
だからといって、蔑ろにする理由としては、あまりに身勝手な理由だが。
「折角、私が選んだ婚約者だというのに……」
「申し訳ありません」
「そう言えるなら、なぜ、今日のエスコートを頼まない」
「それは……一緒にいるのも辛いからです」
「あれを隣になんて……」
「私も……ありえませんわ」
王と王妃側の王族達は怒っていた。
婚約者のリーナを放置しておいて、自分は男爵令嬢と堂々と浮気をしている事に。
そしてこれで、王の心が決まった。
「そうか……今日は、遅くなるかもしれないが、そちらにも駆けつける予定だ」
「本当ですか!」
「あぁ。一言……いや、長ったらしく、話そうかな?」
「出来れば……簡潔にお願いします」
「なんだ、つまらんな」
会話が終わると、側女側はすぐに席を立った。
「久々の一緒の朝食、美味しゅうございました。では、バシリウスの準備があるので、これで……」
エリーゼ、アリーナ、バシリウスは、立ち上がり、退出した。
過激派側の侍女や侍従達も、それに続く。
側女側の者達が部屋を出て行くと、シュテファンが口を開いた。
「滑稽ですね」
「全くだ」
「はぁ……」とアウグストは息を吐いた。
「これで決心がつきましたか?」
アウグストに、きつい眼差しのシュテファンが問う。
「あぁ。もう分かっていたことだがな。いざとなると……少し来るものがある」
「お祖父様の尻拭いをしただけですよ。父上は」
「そうです。私も分かっているつもりですわ」
「ティーナ……」
「ちゃんとお父様は、私を愛してくださいましたもの。今度は私がそれを返す番です」
「……私は、最低な父親だよ?」
「例えそうだとしても、私を蔑ろには、しなかったではありませんか。褒めてくださったことは、今でも嬉しい思い出です。それに、友人も私に選ばせてくださいました。それだけで十分です」
ユスティーナは、ドリスの姉、デリアと親友である。
そこに、アウグストの画策はなかった。
……なって欲しいとは思ってはいたが。
「貴方は十分耐えましたわ。私に泣きついたことも、今では良い思い出です」
「こ……こら!! クララ!! 子ども達の前で……」
「おじーさま。おばーさまに、ぎゅーとしてもらったのですか?」
いつの間にか、シュテファンの息子、ジークベルトがアウグストの側まで来ていた。
「ジーク!? いつの間に」
「申し訳ございません!! ジーク。ダメじゃないか、座ってなきゃ!!」
エラが立ち上がろうとするのを止め、シュテファンが慌てて、ジークを諫めた。
「申し訳ございません。私達こそ気づくべきでした」
侍女や侍従達が、頭を下げた。
「良い! 頭を上げろ。ジーク、なんでお祖父様の元に来たんだー?」
アウグストは猫撫で声でジークを自身の膝に座らせると、ジークは悲しそうな表情で答えた。
「あのね。おじーさまが、なきそうなかおをしてたから! ぎゅーとしてほしい?」
「ジーク……お前は良い子だなぁ!!」
アウグストは可愛い孫をぎゅーとすると、ジークもぎゅーと返した。
離すと、ジークはシュンとした顔になった。
「どうしたんだ?」
「わたしは……エリーゼさまたちがきらいです。すきになれなくて……ごめんなさい」
「いいんだよ。黙っているだけ立派だ。これからもそういうことがあっても言ってはいけないよ。本人の前では特にね」
「はい!」
アウグストは改めて、心を固めた。
こんな小さな子も耐えているんだ。もう、終わらせよう。
一方、側女側では、こんなやり取りをしていた。
「母上。このような場を用意して頂き、ありがとうございます」
「いいえ。ダメ元で言って見るものね。もう、こんな食事会は二度とないから」
「えぇ、本当に。何だか向こう側が間抜けに見えたわ」
それには、皆、クスクスと笑いながらうなずく。
「お母様はよろしくて?」
「良いのよ。政略だしね。新しい相手なんてすぐ見つかるわ。あ! バシリウスには迷惑かけないようにするつもりよ!!」
「お願いします」
「貴方も、覚悟は決まっているの?」
「当然ですよ。姉上は迷っているのですか?」
「いいえ。確認よ」
「今夜は、私達にとって、素晴らしい日になるのだから!!」
「あの人達が牢にいる姿が目に浮かぶわ! ……どうしようかしら?」
「まだ早いですよ」
「えぇ。全ては、今夜……ね」
側女側は、怪しい笑顔を浮かべた。
この日に思っていた以上に互いの相手が予想外のことをするとは、誰も思わなかった。




