74 ダンス大会のパートナー問題
乗馬大会が終わり、ホッとしているのも束の間。
今、生徒達はある問題に悩んでいる者が多かった。
ある日、ドリスの担任ボイス先生が、皆に向かってダンス大会の要項を発表した。
「もうそろそろ、ダンス大会の時期だ。知っていると思うが、男女一組のパートナーのみが、出場することができる。
婚約者同士が通例だが、婚約者じゃなくてもお互いに同意していれば、出場可能だ。
優勝者は、年度末に開かれる進級パーティーのトリを務める権利を与えられる。
これが今年最後の大会だ。頑張ってくれ。
あぁ!! それと、大会後すぐに、学年末試験があることを忘れるなよ!」
これは数日前の出来事。
発表を聞いた瞬間、皆、ダンス大会のことで、頭を悩ませていたのだ。
「ドリス! エルと出場しませんの?」
目をキラキラと輝かせながら、ドリスを見つめるリーナにタジタジになった。
しかも、リーナの瞳はオレンジ色なので、余計にキラキラして見える。
「……分からない」
「こちらから、誘ってみては?」
「お誘いなんて、いっぱいありそうじゃない」
エルは今や、婚約者にしたい男子ナンバーワンを手にしているほど、人気者になってしまった。
剣術大会、乗馬大会でも好成績を残し、テストでも十位以内には入っている。なので、乗馬大会の後は、常に女の子がエルの周りにいて、いつの間にか、遠い存在になってしまった。
「それに最近……会ってないし」
「私この後、アンディと精霊授業をするのですけど、その時にエルへの伝言をお伝えしましょうか?」
「……ううん。良い。ありがとね、リーナ」
「ドリス……」
「それよりリーナは?」
「……私は、パスですわ」
「アンディは?」
「……ドリス。私、これでも婚約者が居ますのよ? 婚約者を差し置いて、出る訳には参りませんわ」
「その婚約者は、他の子と出るんじゃない?」
「私がアンディと出たら、ふしだらな女として、噂になりますわ。公爵家にも傷がつくのです。……いつもいつも。損をするのは女の方です! 今の私には、選ぶ自由がないの!!」
「……リーナ」
「けれど、練習は出来ますわよね!」
「……そうだね」
精霊授業に向かったリーナを見送り、ドリスは久々にある場所へ向かった。
カラカラと引き戸を開ける。
ここは、エルと出会った温室だ。
しばらく来て居なかったが、たまに気分を落ち着かせたい時に来て居た。ここへ来ると、アイリスの調子も良くなるので、どちらにも得なのだ。
ベンチに座ろうとすると、先客がいた。
「エル!?」
「……ん? ……………………ドリス!?」
ベンチで寝ていたエルが飛び起きた。
「どうしたの?」
「い……いや。最近、女子が集まって来て、息苦しいから……ここなら来ないと思って……」
「そうだったんだ。……大分お疲れ?」
「……かなり」
「そっか……」
少し沈黙が流れた。
「ドリス、ここ座れよ」
「あ……うん」
ドリスがエルの隣に座ると、何故か身体がさっきより熱くなるのを感じる。
「そういえば! エルはダンス大会に出場するの?」
「ドリスは?」
「まだ」
すると、意を決した様にエルは立ち上がり、ドリスの前に立って、ひざまづき、手を差し出した。
「……ドリス。俺の……ダンス大会のパートナーになってください!!」
「ふぇ!? ……え? 誰か他の人がパートナーになるんじゃ……」
「ドリス以外とする気はない!! ……ドリスが良いんだ!!」
「……はい」
エルの手を取ると、エルが顔を真っ赤にさせながら、震えていた。
「……ダメかと思った」
片手で顔を覆いながら立ち上がり、弱々しい声を出す。
その姿に、ドリスはエルを愛おしく思った。
「エルじゃなかったら……断ってた」
「え……」
エルが片手を顔から離すと、ドリスはうつむきながら、顔を赤くしている。
「じゃあ! すぐに、大会に応募しよう!!」
「……うん!」
二人は手を繋いで、大会の申請場所へ急いだ。
精霊授業をしていたリーナは、わざと傷つけたアンディの手を治す訓練をしていた。
「もう! わざと傷つけるなんて!」
「たまたま紙で切っただけだ。気にするな!」
「いえ、紙でわざと……」
「リコ!!」
「私の授業のためとはいえ……もうやらないでください」
「そうですよ。傷つけるなら、私を……」
「リコさんも!!」
「……分かった。では、これを治してくれ」
「……はい。ブリギッド、お願い。治してくれる?」
『うん! リーナの頼みならチャチャっとやっちゃうよ!!』
リーナに傷がある所に向かって、手をかざす様指示したブリギッドは、力を使った。
ボッ!
炎がアンディの傷があるところに灯った。
普通なら、慌てるところではあるが、これは浄化の炎と言って、穢れを浄化したり、体力を回復したり、治癒にも効果があるものだ。
アンディの手の切り傷は、見る見るうちに治っていき、綺麗に治ったところで炎が消えた。
「やりましたわ! ありがとう! ブリギッド!」
『当然!』
えっへんとブリギッドが、鼻を高くしていると、アンディは冷静に口を開いた。
「リーナ、手を見せてくれ」
「はい?」
アンディはリーナの手を取り、何かを確認している。
「うん。移ってはいない様だ。成功だな」
「移るって……傷が移ることがあるんですの!?」
「前も言っただろう。自分に傷を移してから治す術者も居るんだよ。リーナの場合、正しく治らなかった場合に起こるかもしれないことだ。ちゃんと覚えててくれ」
「分かりましたわ」
『そんなヘマしないもん』
「万が一の話だよ。これで今日の授業は終了だ」
「ありがとうございました」
精霊の授業が終了すると、リーナは気になっている事をアンディに尋ねた。
「アンディはダンス大会……出ますの?」
「いや、今回は見送るよ」
「誰か居ないのですか? 人気がありそうですけれど」
「積極的な女子に押されて困っているよ。けれど、私は本当に踊りたいと思う相手とそうなりたい」
リーナの瞳を見て、アンディは真面目な顔を向ける。
「リーナ。私はいつか、君と踊れればと思っている」
「え……」
「君には婚約者がいるから、表立って誘えないだけだ。君を色んな意味で傷つける訳にはいかないからな」
「そ……それは……」
「もし、婚約が無くなることがあれば、すぐに私は君を婚約者にしたい」
「え……えぇ!?」
リーナの顔が真っ赤になった。
「ワシューに来る気はあるか?」
「行きたいとは……思っていました。けれど……」
「焦らなくていい。どうなるかは分からないからな」
それを聞いて、シュンとなったリーナを見て、アンディはクスリと笑う。
「諦めた訳ではない。それだけは覚えていてくれ」
「は……はい」
その様子を見ていたリコは、アンディの成長に心の中で涙していた。
やっと、腹黒坊ちゃんなアンディ様にも、春が……!!
二人の周りには、暖かな空気を纏っていた。
この時期にリーナとアンディが二人きりになるのは、危ないのではないか? と思った人もいるでしょう。
しかし、この時期はダンス大会のパートナー探しに皆、奔走しています。
二人が友人として一緒にいることを知っている周りは、それどころではないのです。
もう当たり前の光景になりつつあるので、二人きりになっても、騒ぐ人はいないのでした。
まぁ……ご都合主義だから出来ることかもしれませんね。




