72 乗馬大会結果
少し休憩した後、大会が再開した。
最初に呼ばれたのは、アンディだった。
「同じ馬だな」
「そうだ。次に進んだ者達が乗っていた馬は、皆バラバラだったからな」
担当教師が、そう言うと、アンディは満足そうに頷いた。
「なら、乗り心地が分かっていて良いです。またよろしくな」
すると、尻尾を揺らし、甘える様な仕草をする。
「こら。私を乗せてくれ」
アンディは何とかなだめて、馬に乗った。
「始め!」
順調に障害物をこなして行ったが、最初とは違い、難易度が少し高くなっている。
そして、最後のジャンプの障害で、足がバーに引っかかり、失敗してしまったのだ。
乗っていたアンディに怪我はなかったが、馬はしょんぼりとしてしまった。
「済まない。私のせいだ。落ち込むな」
手で馬を撫でて、なだめるアンディ。
アンディが決勝には進めないことは変わりないのだが、失敗してしまうと、馬の自信がなくなってしまうので、もう一度挑戦するのが決まりになっている。
障害物は、少し高さを下げてもらい、もう一度挑戦する。
「さ! 行くぞ!」
今度は、綺麗に決まった。
「よくやった」
アンディの言葉に、馬は尻尾をブンブン振った。
次はリーナの番だった。
「また、よろしくお願いしますわ」
馬にまたがると、「ぶるる」といなく。
危なげなく障害物をこなし、最後のジャンプも上手くいった……かに思われた。
着地はしっかり出来たのだが、肝心の障害物のバーが、着地する寸前に落ちてしまったのだ。
「もう一度、飛びましょう」
リーナが優しい声をかけると、「ひぃん」と馬が鳴き、バーを先程よりも低くしてもらった。そして、軽々とジャンプを披露した。
「格好良かったわ!」
そう言うと「ぶるる」と嬉しそうにいなないた。
三番目は、穏健派の男子生徒だった。
領地で馬を育てており、名馬が生まれると評判の家だ。
「よろしくな」
馬は尻尾を振り、落ち着いている様子だ。
またがって、定位置に着く。
「始め!」
スイスイと障害物をこなし、最後のジャンプをする。
しかし、着地した後に、バーが落ちてしまった。
これには、周りも本人も呆然となった。
彼は、どんな馬もきちんと操れる様、教育されていたからだ。
こんな失態は初めてらしく、どうしたら良いのかわからない。
彼は、馬に乗ったまま、指示を出そうともしない。
仕方なく、調教師達が馬から固まった彼を引きずり下ろし、代わりに調教師が馬に乗り、先ほどよりも低いバーを飛んだ。
彼は、教師二人に担がれ、その場を後にした。
気まずい雰囲気が漂う中、次は、ドリスの番だ。
ドリスの馬は、先ほど乗っていた馬とは、別の馬だった。
「初めまして。よろしくね」
非常にクールな馬だった。
人間で言うと、冷静で真面目と言うのが適当だろうか。
尻尾を一振りして、挨拶を返してくれた。
「よし! 行こう!!」
馬はドリスの指示で、ゆっくり動き出した。
「始め!」
とても優秀な馬らしく、障害物も難なくこなしていく。最後のジャンプは、ギリギリだったのでヒヤッとしたが、何とか綺麗に着地が出来た。
「ありがとう。乗りやすかったよ」
すると、当然だとばかり「ぶるる」といなないた。
次はエルだった。
「また、よろしくな」
尻尾をブンブン振りながら待つ馬に、少し苦笑する。
「よし! 次も気持ち良く飛ぼう!」
「ぶるる」といななく馬と、意気揚々に定位置に向かった。
「始め!」
馬は、リズム良く障害物をこなし、最後のジャンプも綺麗に決まった。
「気持ち良かったな!」
エルは、馬を降りてから言葉を掛けると、馬は少し興奮した様子で、尻尾ブンブン振っていた。
最後はトールだ。
「さ! 次もよろしく!」
馬は嬉しそうに、尻尾をずっとブンブン振っており、若干興奮状態だった。
「さっきが気持ち良かったみたいで、興奮が収まらなくて……」
「なるほど」
事情を調教師から聞き、納得した。
「おい! そんな興奮して、良い走りが出来るのか?」
ちょっと冷たい口調で問うと、馬は察して段々と大人しくなった。
「よし! 良い子だな」
馬は、乗ってくれないのかと不安そうだったが、やっとトールが馬にまたがったので、一安心したようだ。
「始め!」
馬はスイスイと障害物をこなして、最後は余裕を持ったジャンプを見せつけた。
これには、会場の歓声も湧いた。
「よくやったな。次もよろしく!」
それに応えるように「ひひぃーん」といなないた。
最終戦に進めるのは、バーを飛び越えた、ドリス、エル、トールの三名となった。
障害物の変更後、最終戦がすぐに行われた。
最初はドリス。
「またよろしくね!」
「ぶるる」と一応は応えるものの、あまりこの馬とは心を通わせられなかったようだ。
「始め!」
先ほどよりも障害物が難しく、ゆっくり丁寧にこなして行く。
そして最後のジャンプは、バーを落としてしまい、失敗に終わった。
「また、飛ぼうか」
「ぶるる!」と当然だと訴える馬に、申し訳ない気持ちのドリスだった。
少し低くして貰うと、難なく飛べた。
恐らく、ドリス以上の乗り手なら、さっきのバーも飛べる馬なのだろう。
自分の力不足に、馬には本当に申し訳なかった。
「私に合わせてくれて、ありがとう」
すると、尻尾を一振りした。
次はエルだ。
「これが最後だ。楽しむぞ!」
馬は「ぶるる!!」と楽しそうに、足を進める。
「始め!」
軽快な足取りで、障害物をこなして行き、最後のジャンプをしっかり決めた。
「よくやったな!」
「ぶるる!!」
馬から降りて撫でてやると、嬉しそうに、尻尾を振った。
最後はトールだ。
「よ! 最後だ。飛ぶぞ!!」
「ひひぃーん!!」
「元気良いなぁ!!」
馬に乗ると、馬も自信満々な気持ちが伝わってくる。
「こいつに応えなきゃな」
トールは、気を引き締めて、最終戦に臨んだ。
「始め!」
スイスイと水を得た魚の様に、テンポよく障害物をこなしていった。最後のジャンプもかなり高い位置にバーがあったにも関わらず、それを余裕を持って飛び越えた。
完璧な競技に、皆、歓声を上げる。
「最高だな!」
「ひひぃん!!」
乗馬大会の結果が発表された。
「三位 ドリス・アルベルツ」
ジャンプをミスしたドリスは、当然ながら三位に入った。
ドリスは、三位のお立ち台に上がる。
「二位 エルヴィン・アピッツ」
「最後のトールの歓声には、敵わなかったもんな」
そう呟いてから、二位のお立ち台に上がった。
「一位 アナトール・ファルトマン!!」
そう言うと、客席から歓声が上がった。
「まさか、優勝しちゃうとはな」
そう言いつつ、満更でもない顔をして、一位のお立ち台に立った。
トールがトロフィーを貰って、高々と上げると、歓声が上がった。
それを見ていた、とある令嬢は、密かに頬を赤らめ、トールを見つめていた。
どうして、メガネ掛けている文系タイプっぽいのに、運動神経抜群なの!? どうして、剣術大会でも凄かったのに、乗馬まで出来るの? 確かに領でよく馬に乗っているみたいだけど……なんでなんでなんで? どうして貴方はそんなに格好いいの!?
とある令嬢から見たトールは、実物の十倍以上も格好良く見えていた。
「おめでとう、トール!」
「おめでとう」
「どうも! エルとドリスもおめでと!! いや~! こんなに注目されたの初めてだから、照れるな!」
顔をくしゃっとして笑った。
「絶対、トールのファン出来ているよ!!」
「え!? 本当!! どこ!?」
「……そうやらない方が、モテると思うぞ」
「クールに……かぁ。俺の辞書にないなぁ」
「ぷっ! 無さそう」
「あ! 笑ったな? ドリスももっと慎ましくした方がモテるぞ!」
「私の辞書には無いもん!!」
「だろ?」
互いに笑い合った後に、アンディとリーナと合流した。
「お疲れ様です、皆様」
「三人共、良かったぞ!」
「ありがとう! リーナ、殿下!」
「リーナもアンディも良かったぞ。特にアンディは大分成長したよな」
「休みの時が嘘のようだ」
「わ……私も頑張ったんだ」
「ワシューに居た頃とは、比べ物にならないほど、成長致しました。これも皆様のお陰です。ありがとうございます。そして、おめでとうございます。トール様、エル様、ドリス様」
「あ……ありがとうございます」
「ご丁寧に」
「どうも。リコさん」
皆笑顔で、乗馬大会を終えた。
その日の夕食。
「これが……リーナの家のコックが作った特別メニュー!!」
いつもよりも綺麗な彩りと芸術を感じる皿が、今日、乗馬大会に出場した選手達の前に並んでいた。
さすがに一品ずつ出てくるわけではないが、コースメニューのような食事が並んでいる。
「うん。うちの味ですわ」
「美味しい~!! 幸せ~」
この日のご褒美が忘れられず、ドリスは来年も頑張るのだった。




