71 乗馬大会男性陣
「アンディ」
「いってくる」
二つの意味も込めて、二人に言った。
リコもアンディの後をついていく。
すると、アンディの前から、ドリスとリーナがやってきた。
「殿下! 頑張ってね」
「応援していますわ!」
アンディはすれ違いざまに、二人に向かって、極上の笑顔を見せる。
それを見た、ドリスとリーナは、顔が真っ赤になってしまった。
さらにその周りにいた、他の生徒達も男女関係なく皆、足を止め、ポッと顔をピンクにし、突っ立っていることしかできなくなった。
「アンディの笑顔は、周囲の時間を止めるっと」
「今もメモ帳、持ち歩いているのか?」
「当然! それよりエル。顔恐いぞ」
「……そうか?」
「嫉妬だな。……誰だって、あの顔向けられれば、ああなるよ。馬に乗るんだから、平・常・心!!」
「……っ」
分かってはいるのだが、どうしても抑えられない。
あの顔は俺だけに向いて欲しいのに!!
アンディに対して、悔しさが滲む。
先ほど、顔を真っ赤にさせた二人がやって来た。
「いや~、殿下にやられちゃったよ。リーナ愛が強ーい」
「ドリス!! 何言っているのですか!?」
「シー!! ドリス。過激派がいるかもだから」
「あ!」
聞かれたらマズイと、ドリス両手で口に蓋をした。
「そ……それにしても、アンディは大丈夫なのでしょうか?」
「授業を見る限りは大丈夫」
「多分、最初はクリアすると思う」
「そうなんだ。楽しみだね」
「それよりドリス。大丈夫だったか?」
「馬のこと? 平気だったよ。割と素直な馬だったし」
「そっか」
アンディの競技を見るため、皆が馬に乗ったアンディに集中した。
その少し前、厩舎に入って、馬を紹介してもらうと、アンディは馬に話しかけた。
「今日はよろしくな」
馬は、アンディに擦り寄る動作をした。
人懐っこい馬だな。俺は当たりを引いたようだ。
「行こうか」
アンディが馬にまたがるだけで、歓声が上がった。
「いつも通りで良いからな」
興奮させないよう、なるべく優しい声で話しかけながら、手で馬を撫でた。
「始め!」
馬は危なげなく、障害物をこなし、最後は余裕の大ジャンプをして決めた。
ドリス達は嬉しそうに、アンディの成長を褒めた。
「うん。休みの時よりスムーズだったね」
「そう考えると、大分上達が早かったな」
「馬が最後興奮していたような……さてはアンディに惚れたか?」
「怪我しないで良かったですわ」
「リーナ。それだと、失敗するのが前提のようじゃないか」
「し……心配してはいけませんの!?」
「男はそういう時、格好良かったって言って欲しいものなんだよ」
トールが茶化すように言うと、リーナは顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。
一方アンディは、あの報告をするため、リコを連れて馬を管理する責任者の教師に話しかけた。
「尋ねたいことがあります。アルベルツになぜ、あの落ち着きがない馬を渡したのかを」
「あー……俺が気づいた時にはすでに、競技が始まっててなぁ……」
ちなみにこの学園の教師は、王族であろうと、敬語では話さないことがある。それは、学園に通っている間は、あくまで生徒だからだ。
敬語で話す教師もいるが、大体その生徒に対して媚びていることがほとんどだ。
アンディは教師が嘘を言っていないことをジンに確認を取ってから、犯人と指示をした者が誰かを告げた。
「わかった。すぐに外す。生徒達にも厳罰を与えなきゃな。報告、感謝する」
「お願い致します」
「エルヴィン・アピッツ」
アンディが戻る前に、エルの名前が呼ばれた。
「じゃ、行ってくる」
「お……応援してる!!」
どもってしまい、頬が少しピンクになったドリスに、エルは心の底から、生きてて良かったと実感した。
「……あぁ!」
エルは、自分の胸が熱くなるのを感じていた。
それでも、馬と対面する時は、冷静にいられた。
「よろしくな」
「ぶるる」と馬がいななくと少し威圧感を感じた。
こいつは、本当に気性が荒いな。
「……お前を気持ちよく走らせてやる」
すると伝わったのか、急に大人しくなり、尻尾を揺らした。
またがっても、嫌がるそぶりを見せない。
「よし! 行こう」
「始め!」
馬は、スイスイと早いペースで障害をこなし、最後は余裕の大ジャンプを決めた。
「良くやった! 気持ち良かったか?」
馬から降り、そう声をかけると、尻尾をブンブンと振った。
「珍しいね」
厩舎に戻ると、エルは女性の調教師から、声を掛けられた。
「この子は女性好きで、男性は嫌いなの。なかなか、男性は懐きにくいのに、貴方は気に入られた様ね」
「どうして、男の俺にこの馬を?」
「実は、当てがう予定だった馬に、興奮する作用の草を嗅がせた者がいてね……すぐ出られる馬がこの子ともう一頭しかいなかったの」
「それは先ほど、女子が乗っていた……?」
「そう。その子に貴方を乗せる予定だったのよ」
今大会ではさすがに、全員が違う馬は用意が出来なかったらしく、ローテーションで馬に乗ることになる。
調教師が言ってた事が正しいならば、エルがドリスが乗った馬に乗るはずだったということだ。
「その馬はどうなったのですか?」
「残念ながら、続行不可能ということになって、現在は治療のため、移動しているよ」
「そうですか。早い回復を願います」
「ありがとう」
「アナトール・ファルトマン」
「お・呼ばれたから、行ってくる~」
「頑張れ~」
厩舎に着くと、目に傷がある馬がギロっとこちらを見た。
「よろしく」
フイッと馬はそっぽを向いた。
あれ~? 一番の問題児っぽくない?
トールは調教師の方を向くと、困った様な顔をした。
「ごめんね。急遽連れてきた馬だから、その……ちょっとやんちゃで」
話を聞くと、急病になった馬が出たため、大会に出場予定ではなかった馬を連れてくる必要があった。しかし今日に限って、元気な馬がこの馬と、もう一頭しかいなかったらしい。
「……分かりました」
馬にまたがってもイラついている様で、落ち着きがない。
「俺で悪かったな。お前の気持ちの良いように走らせてやるから、許してくれよ。こう見えても、実は上手い方なんだよ? 俺」
「……ぶるる」
「本当だろうな?」といぶかしむ様な声を出した。
「それはやって見てからのお楽しみ! さ! 行こう」
調教師が言っていた通り、目に傷のある馬は暴れん坊らしい。審査員の教員も、トールに同情の目を送っていた。
それでも、トールはきっちりと乗りこなす結果となった。
いつもはあまり人の言う事を聞かない馬だが、トールはしっかりと手綱を握り、うまく障害物をこなしていった。
それに味をしめた馬が最後に調子に乗って、大ジャンプをしたのだが、それも見事に決まり、馬も鼻を高くした。
トールがその馬から降りると、馬の方がトールに擦り寄るくらい懐かれた。
これには調教師も驚きを隠せない。
「お願い! 次もこの子に乗ってくれない? この子がこんなに気にいるなんて初めてで……」
「良いですよ」
「またな!」と馬に挨拶してから、皆のところへ戻った。
トールと合流してしばらく経つと、次に進める選手の発表があった。ここで十五名から、六名まで絞られる。
成績が良い順から発表された。
「アナトール・ファルトマン」
「エルヴィン・アピッツ」
「ドリス・アルベルツ」
四番目に呼ばれた選手は、穏健派で優勝候補の一人だった。
「アンジェリーナ・ブローン」
「アンディ」
その結果を聞いて、皆唖然とした。
「私達全員!?」
「私も進めたのか……」
「やりましたわ!!」
「おめでとうございます。皆様」
リコが嬉しそうに祝言を送ると、皆、照れた顔をした。




