68 それぞれの思い
朝、ドリスが教室に行くと、なぜかエルが来ていた。
ちなみにクラスの人は、まだ一人も登校して居ない。
「昨日、また襲われたって?」
「うん。でも、対処出来て良かった。アイリスが頑張ってくれたんだよ」
「すごいな」
『えへへ~。それ程でも~』
アイリスはエルに視えないにも関わらず、照れていた。それに、エルに憑いている下位の土の精霊が、拍手を送っている。
「怪我は?」
「全く」
「そっか。良かった」
ホッとした表情に、なぜかドリスの胸が温かくなった。
「おはようございます。ドリス、エル」
「おはよう、リーナ」
「おはよう」
「昨日の件……ですわね」
「リーナは怪我していないか?」
「ドリスに守ってもらいましたから、大丈夫ですわ。ブリギッドも居ましたし」
「そうか。アンディに聞いた。昨日の賊は女だって」
「うん。ギラザックの賊と同じローブだったから、多分ギラザックからの刺客だと思う」
「ギラザックの賊で、女は初めてですわね」
「テレシアの賊は、女も一人いたけどね」
「二人共。もう少し、危機意識ってものを持たないのか?」
「持ってるけど、ずーっと気を張っているのは疲れるだけだし」
「ですね。私も同感です」
「そういうものなのか」
エルは肩を竦ませると、クラスの人が登校して来た。
「じゃあ、俺はこれで」
「また、放課後ね」
ドリスが、エルの後ろ姿に目を向けていると、リーナはニヤニヤして来た。
「エルは心配で仕方がないのですね。ドリスのことが」
「そ……そんなこと」
「心配して貰えるのは、幸せな証拠ですわ」
「……うん」
リーナは満足そうな表情になり、ドリスはちょっとうつむきながら頷いた。
頬がピンクになっているドリスを見て、リーナは内心、悶えていた。
エルが教室に戻ると、登校したばかりのトールが席に着いていた。
「トール、おはよう」
「おはよ~、エル。行って来たの?」
「あぁ。大丈夫そうだった」
「まぁ……ドリスだしなぁ」
「……それでも心配なんだよ」
「もっと皆の前で、俺のものだって主張したら? エル。今、注目されてるからさ」
「注目? 何かしたか、俺?」
「したよ~。優勝しただろ? 剣術大会。あれで、色んな意味で注目が集まってるんだよ」
「色んな意味か……なんだ?」
「男からは見直した声。女からは是非婚約者に……って所だな」
「……困る!!」
「だーかーら、はっきりしとけってこと!」
エルがトールから注意を受けていると、横から声を掛けられた。
「何の話だ?」
「お! アンディ! おはよ」
「おはよう。で? 何の話だ?」
「エルがモテモテで困るって話」
「ほぅ?」
「何だよ。その笑顔は」
「ようやく自覚したかと思ってな。それより、二人に伝えておきたいことがある」
「何だ?」
アンディがこう言う時は、かなり真面目な話なので、二人は姿勢を正して耳を傾けた。
すると、あまり聞かれたくない話らしく、互いに円陣を組むように、顔を近づかせ、小声で話した。
「剣術大会の話だ。トールは、絡まれたろ?」
「うん、まぁ……」
「現在第二王子が、王に叱られ謹慎中だ」
「え?」
「トールを陥れようとした者が、退学したのは知っているだろう? 誰の指示でやったか吐かせたら、第二王子だった訳だ」
「マジかよ……そこまで?」
「しかも、第二王子の愛人がいたろ?」
「あぁ。エミーリア・ボームな。そういえば最近、側近達にも手を出しているとか?」
「さすが、話が早いな、トール。それも問題になっていてな。エミーリア嬢が、それを理由に、いじめを受けているらしい。それに怒って、中立派に報復しようとしての行為だったそうだ」
「え? 俺、本当にただの巻き込まれ?」
「その通りだ」
「嘘だろ。勘弁してよ~」
「でも、いじめは良くないよな」
「良くはないよ。だけど、だからって他に当たるのもなぁ……」
「だから今後、第二王子の八つ当たりが来るかもしれないから、気をつけろってことだ」
「うわぁ最悪!」
トールは頭を抱えて、机に突っ伏した。
「アンディ、それって俺も?」
「エルは剣術大会で優勝したからな。それに過激派ではなく、中立派というのがバレたから、トールと一緒に攻撃されても不思議はない」
「最悪だ……」
エルも顔が青くなり、目が虚ろになった。
寮の王族用の寝室では、一人の男が怒っていた。
「何で! 私が怒られねばならねのだ!!」
バン! ガン! ドン!
物を手当り次第壁にぶつけてうさを晴らそうとするのは、第二王子のバシリウスだ。
「仕方がないですよ。陛下にバレてしまったのですから」
そうなだめるのは、バシリウスの侍従であった。
「これくらいのことで謹慎とは……父上も困ったものだな」
「はぁ……」
バシリウスは分かっていない。
指示したことが、騎士を目指している者にとっては、大きな侮辱に当たることを。
元々バシリウスは自分には合わないと、勉強も剣も乗馬さえ、力を入れてはいなかった。こんな人間に騎士の誇りなど、分かるはずもない。
しかも、退学した者は、バシリウスの騎士の側近候補だった。
バシリウスを信じてやったのに、自分は騎士にも貴族にもなれない。そんな自分を平気で切ったバシリウスに、復讐をしそうなところを押さえ込んで、田舎の仕事を紹介し、何とか納得してもらったのだ。
「大体! エミーリアをいじめる中立派が悪いのだ!! 中立派など、なくなってしまえばいい!! おい! あの話は本当に進んでいるんだろうな?」
「はっ! じわじわ追い込む予定にございます」
「俺は、直ぐにでも消えて欲しいのだが……仕様がないか」
ニヤッと笑って、侍従に顔を向ける。
「乗馬大会でも仕掛けよう」
「それはお辞めになった方が……馬は、うまくこちらの言うことを聞くか分かりませんし、エミーリア様が怪我でもしたら、目も当てられないのでは?」
「確かにそうだな。辞めよう」
「大人しくしていれば、エミーリア様にもすぐ会えるでしょう」
「大人しくねぇ……俺も何かしたいなぁ」
「もう、色んなところで動いております。あと少しですよ、バシリウス殿下」
「そうだな! 大将は動かないとも言うしな!」
「もうそろそろ中間試験ですし、勉強したら、エミーリア様にも褒めてもらえるのでは?」
「なるほど……よし! やるぞ!!」
何で、バシリウス殿下は王太子殿下と比べて、こんなに出来ないのだろう? 血は繋がっているはずなのに……
侍従は、心の中でため息をついた。




